女王様とお茶会

 長い髪は黄金の絹、青い瞳は海の宝玉。肩の露わな白いドレス、そして呪われかわいいロバ耳……は王冠で隠しておられるエリサ様。

 本日も謁見の間ですが、エリサ様は豪奢な玉座から離れ、段を下りたところに用意した丸テーブルでご歓談中です。

 いやもう応接間行けよとかツッコミはなしでお願いしますね。


「じゃがりもうまいよねー。マリーも言ってたけどこんなおいしいもの知らなかったなんて人生損してた気がする」

「ほんとおいしいよね! コーラともバッチリ!」


 相手はまなみちゃん。比較的マシなメイドです。今日は普通にメイド服。ただ切ってないだけに見える膝くらいまでぼっさり伸びた黒髪、いつも笑顔のロリ巨乳。もっとも見た目がロリというだけで実年齢は知らない。もちろん調べれば分かるけどそれは無粋ってものだよ。

 あと、決してエリサ様の美乳を否定する訳ではないけど巨乳って目が行くよね、勝手に。いつの間にか。自然と。ほら今も。


「ウェイター、余にもコーラ」

「かしこまりました。……って誰がウェイターですか! 敏腕執事です!」

「似たようなもんだろうが。ほら、さっさとコーラコーラ」

「いけません。コーラはとても身体に悪い飲み物です。ほんとはじゃがりもだってだめなんですよ。せっかくの美貌がくすんだらどうするおつもりですか」

「は?? 余のかわいさが減る事なんてあんの??」

「ありませんでした。すぐお持ちします」


 たとえエリサ様が豚であろうと石ころであろうと、エリサ様がエリサ様である限り永久不変に世界で一番お美しい。

 お持ちしますと言うか、こんな事もあろうかと既にお持ちしている。美しく透き通ったグラスにこれまたきれいに澄んだ丸い氷。そこにコーラをどぼどぼどぼ。うん、泡の比率も完璧。


「エリッくんって何でも持ってるよねー! 不思議ー!」

「それな。あのジャケットの中どうなってんだろうな。……つーかお前、ギルマスにエリッくんって呼ばせてんの?」

「呼ばせている訳ではなくまなみが勝手にそう呼んでいるだけですが」


 あと、リアルで会ってるのにギルマスって呼んでる方がおかしいと思う。

 ギルマスことまなみちゃんがストローに口を付けたまま僕を見、首を傾げてきた。


「エリッくんも、いつもはまなみちゃんって呼んでくれてるよね?」

「そうだけど今はエリサ様の御前だからね」

「ん? んんっ? ちょっと待って、じゃあお前とギルマスって普段はエリッくんまなみちゃんの仲なの?」


 うん? やけにエリサ様の反応が過剰だ。

 もしかして嫉妬ですか、ついにデレ期突入ですか。


「そうだよ? エリッくんっていろいろ不思議だし、おもしろいよね!」

「えー、おもしろいかなぁ。どっちかっつーとキモいし不気味なんだけど」

「まなみは比較的マシなメイドなので普通に接しているのです。働かないのは他のメイドと同じですが、私を変態ともうじ虫とも呼びませんので」

「ふーん。あっそ」


 おおお!? エリサ様マジで不満そうだ! まだ何のフラグも立ててないけどほんとにデレ期なのかな!? コーラぶくぶくしちゃってるし!

 どうするどうする、ここは慎重にいかねば。恋愛シミュレーションゲームならルート変わるレベルの場面だ。


「よろしければエリサ様への呼称も変えましょうか。エリサちゃんとか」

「は? 何様だてめぇぶっ殺すぞ」

「……エリサお姉ちゃん?」

「ね!? ほらキモい!! 気ぃ抜いたらすぐキモいからこいつ!」


 なるほど、全然キモいとか思ってないしむしろ好きだけど好きだからこそ自分より仲のよさそうなまなみちゃんに僕をキモいと思わせようって魂胆ですね分かりました。

 でも大丈夫、まなみちゃんはいつも通り満面の笑顔! 他のメイドと違って虫を見るような目なんてしてない!


「女王様とエリッくん、仲よしだよねー。いいなぁ」

「はあぁ!? ぜんっっぜん仲よくないし!! 父上の遺言でしゃーなしそばに置いてるだけだし!! 欲しいんならあげるし何ならボーナスも出す!!」

「えっ、ほんとに? 何に使ってもいいの?」

「失礼ですがエリサ様。私はエリサ様のおそばから離れる訳にはいきませんので」


 ごめんねまなみちゃん。エリサ様のデレ期どころかモテ期到来みたいだけど、あいにく僕はエリサ様一択なんだ。


「そっかぁー。ざんねん。やっぱりエリッくんは女王様のものなんだねー」

「……遺言が、あの遺言さえなきゃなぁ……。すぐブタ箱入れて海に沈めてやるのに……」

「でもエリッくん、その程度じゃ何ともないよね?」

「当然。敏腕執事だからね。おやエリサ様、スマホで何を」

「お前の殺し方を検索してる」

「落とし方の間違いでは」

「そうだな。できれば地獄に落としてえな」


 まったく不機嫌になっちゃってもう。エリたんたら分かりやすいんだから。


「でも女王様、たまに借りるぐらいならいいよね? エリッくん前にマリーの部屋行ってたみたいだし」

「その話詳しく教えて!!」

「絶対に喋らないでくださいお願いします!!」


 必殺、一瞬で土下座。ここが正念場、プライドなんかゴミ箱にポイだ。

 というか何でそれ言っちゃうのまなみちゃん。天然? 天然なの?


「ふふふっ。ごめんね女王様、でも変な話じゃないんだよ?」


 よっしゃセーフセーフセーフ!!

 いや、やましい事は何もないんだけどね!

 必殺、一瞬でいつもの姿勢。


「………………女王様、かぁ」

「失礼ですがエリサ様。ここで権限を振りかざしても無駄ですよ。比較的マシとはいえまなみもメイド、権力に屈して仕事をするような子ではありません」

「別に振りかざさねえし部屋に行った件はマリーから直接聞く。……そんな事よりその……まなみ、ちゃん? あのさ、お願いがあるんだけど」

「うん、何なに?」

「……余の事、女王様じゃなくてさ……え、エリサちゃんって呼んでくれない?」


 ………………。

 あれっ、おっかしいなー? 何でこのタイミングでここ一番の照れ顔なんだろう。目も見れないで、耳まで赤くして。一二〇点の照れ顔ですよ。

 でも向ける相手、間違ってないですか? その顔とそのセリフ、僕に向けてくれるやつじゃなかったんですか? 向けてくれたらキュン死しますけれども。即死ですけれども。

 その予定だったんですけれども!

 しかもここでゆりゆりして終わるかと思いきや、ここでまさかの。

 ここでまさかの!


「女王様、それはだめだよー! まなみとマリーはメイドごっこ中だから、女王様は女王様じゃなきゃだめなの。ごめんね?」

「………………えっ」


 やっべ、ツッコミどころが多過ぎて処理し切れねえや。

 エリサ様めちゃくちゃショック受けて固まっちゃったし、えっ? お前らごっこ遊びでメイドやってたの? マジで? ちょっと待って国民の血税、えっ?

 訳が分からないので考えるのをやめよう。


「……余、もう休む」

「ほんとにごめんね? 『女王様』」


 その時、立ち上がりかけたエリサ様はピシリと凍り付き。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあんッ!!」

「エリサ様っ!?」


 マジ泣きして出ていってしまった。


「……まなみ、そんなに悪い事言っちゃったかな?」


 いくら笑顔がかわいいロリ巨乳でも。

 やはりメイドはメイドだった。


 追記。

 その後、エリサ様には国家の威信を賭けたメンタルケアを受けてもらい、元来の強メンタルもあって三日で回復した。

 まなみちゃんにはよく言って聞かせておいたので、次に会う事があればエリサちゃんと呼んでくれると思う。そう願いたい。

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