女王様とメイド様
長い髪は黄金の絹、青い瞳は海の宝玉。肩の出た純白のドレスが最高にお似合いのエリサ様には、どこかの誰かに呪われたらしく、かわいらしいロバ耳が生えている。
マジかわいくてかわいくて震えるのだが、本人は不満らしい。まったく訳が分からないよ。
しかし今、エリサ様はパない萌え耳よりも深刻な悩みを抱えているご様子で、頭を抱えて顔は真っ青。
「メイド……メイド怖いよぅ……」
「さすがに怖がり過ぎなのでは?」
確かにメイドは恐ろしい。おもしろそうな気配を嗅ぎ付けてどこにでも出没する。青髪団子のマリーに至ってはついに僕とエリサ様の楽園、謁見の間までやってきた。誰にも邪魔されないよう僕が直々に作った鍵をぶち壊して。
「昨日も夢に出てきたんだ……青い髪のメイドが余を丸呑みにしたんだ……腹の中にはちっさいメイドがうじゃうじゃ……」
「明らかに恐怖の肥大化」
いかに恐ろしいとはいえ丸呑みはない。恐怖のベクトルが完全にずれている。怯えているエリサ様もかわいらしいが、ストレスはお身体に障るし、今ならメイドへの恐怖が勝って萌え耳を出したまま外に出かねない。
「こんな事もあろうかと、私に一つ提案がございます」
「何……夜逃げ……?」
「私と二人で逃避行ですか。それも悪くないですね」
「いやお前とは行かないけど」
そこは普通に返してくるのか。今ならいけると思ったのに。
「夜逃げではございません。メイドは確かに恐ろしいですが、エリサ様は過剰な恐怖を抱いております。現実のメイドを知れば意味不明な悪夢にうなされる事もなくなるかと」
「つまり?」
「第一回! メイドと食事会をしよう! 敵を知り己を知れば百戦危うからず編!」
「めっ、メイドと食事!? 余が食われちゃうだろうがっ!」
「ご安心くださいエリサ様。メイドとて人ですので人間を食べたりは致しません。もし仮に万が一食うタイプのメイドならさすがに城には置きません」
「マジ……? メイドは余を食べたりしない……?」
うるうるした目で僕を見上げるのやめてくれませんかね。理性が焼き切れそうなんですけど。
それにしてもメイドへの恐怖は思った以上に深刻らしい。エリサ様とメイドを会わせるのは僕にとってもリスクが高いが、早急に手を打たねば。
「という訳でさっそく食事会会場です」
「えっ、いつの間に!? 何か王冠被ってるし!!」
会場といっても、エリサ様が普段お食事を取られるお食事の間。白いテーブルクロスが掛けられた無駄に長いテーブルのお誕生日席にエリサ様、その隣に僕が立っているいつもの構図。
「細かい事はいいじゃないですか。王冠はロバ耳を隠すものですから外しちゃだめですよ」
「えっ……でも余、さっきまで玉座に」
「今からマリー、青髪のメイドですね。あれがやってきますので、現実のメイドがどのようなものか知って頂きます。少なくとも人を食う化け物ではないのでご安心を」
「いや、やっぱり謁見の間にいたはず」
「敏腕執事ですから」
エリサ様の頭の上にハテナマークが浮かんでいるが気にしない。
そんな事より問題はこれからだ。エリサ様の萌え耳をマリーに知られる訳にはいかないし、僕の秘密をエリサ様に知られる訳にもいかない。まさしく正念場。
「ま、いっか。つーかさぁ、メイドと会うのも嫌なんだけど、余、食事してるとこ見られるの嫌なんだけど?」
「えっ。いつも私がおそばにいるのに?」
「えっ、お前いたっけ?」
おいおいマジかよ嘘だろおい。何ならエリサ様が離乳食の頃からいたってばよ。
あれ? 僕、もしかして存在感薄い……?
………………。
「失礼致しました。私の記憶違いでした」
「だよな? だから食事会じゃなくて別のでよくない?」
「しかしマリーはもうすぐそこまで来ております」
「お前何でそういうの分かるの?」
ばたむ! と扉が開く音がして、青髪団子ことマリーがずかずかと踏み入ってきた。
マリーは文字通り青い髪を後ろで大きな団子にした、見た目だけならすまし顔のかわいいメイドだ。エリサ様と同い年ぐらいだろうか? 詳しくは知らない知りたくもない。
「ひぃっ! メイドだ、メイドが来たっ!」
「人を呼びつけておいて何ですかその塩対応は。で、おもしろい話とは何ですか。おもしろくなければ二度とあなた方の呼び出しには応じませんよ。ほら早く手短かに」
こいつは一体自分を何様だと思ってるんだろう。あらゆる世界のあらゆる世界線でメイドが重宝されてるなんて思ってるなら大間違いだからな。
「そう慌てず席に着きなさい。今日はエリサ様との食事会だぞ」
「帰ります」
「そう言うと思ってもちろんメニューには趣向を凝らしてある」
「少しは様子を見ましょうか」
そう言ってマリーは図々しくもエリサ様のはす向かいに座った。エリサ様が視線で助けを求めているが仕方ない。荒療治も時には必要だ。
料理が遅い帰る慰謝料をよこせとうるさいマリーをなだめていると、やっと食事が来た。なおこの間二分である。
テーブルに置かれたのは、缶詰。
「何これ固い。食えんの?」
「それは缶詰と申しまして、中に一品の料理が入っているものです。中身は開けてのお楽しみ。エリサ様の分は私が開けます。マリーは自分で開けろ」
「別にいいですが。おもしろい缶詰というとあれしかないのでは」
「分かってても言うなよ! そういうのほんとだめだと思う!」
という訳ではい。シュールストレミング。
「うわくっさ!! くっさ、おい! 鼻が曲がる!! 早く閉じろ!!」
「開けた缶詰はそう簡単に閉じられませんし、そもそも召し上がって頂くんですよ」
「現物は私も初めてです。確かに臭いですね」
あれ、思ったよりマリーの反応が薄いな。さすがの僕も逃げ出したいぐらいには臭いのに。
補足しておくとシュールストレミングとは世界で一番臭い食べ物です。ざっくりいうと塩漬けのニシンですが、缶詰にしてもまだ発酵を続け、食べる頃にはもうニシンの原型を留めていないというロック過ぎる食い物。
「マジかよこれ食うの? 食えんの? メイド、お前先に食え」
「メイドではなくマリーです。マリー様でも構いませんよ。まぁ、以前から興味はありましたしさっそく」
特に表情を変えるでもなく、マリーはシュールストレミングをたっぷりパンに載せて口に運んだ。
「……おいしくないというか、ただただしょっぱいそして臭い。はい次」
「こんな臭いのにうまくもねえの!? 要らねえなぁこの何とか!!」
「シュールストレミングです。エリサ様もどうぞお召し上がりください」
「やだよ! お前が食えお前が!!」
「あくまでエリサ様とマリーの食事会ですので」
「やだーっ! 食べたくなぁーいっ!! あれ!? このイス動かねえ!!」
エリサ様が固定されたイスと格闘しているあいだに、シュールストレミングをパンに少々。薄切りにしたトマトとポテトサラダも添えて。
「エリサ様もはい、あーん」
「やだぁーっ!! おい、マジでやめろおい!!」
「あーん」
「やだ、やだよぉ、そんなの食べたくないよぅ……!」
「………………」
ぱくり。
もぐもぐもぐ。
「……なるほど。トマトもポテサラも意味を為さないただただ臭い。臭いだけですねこれ。正直吐きたい」
「ちょっと変態執事。何で女王に食わせないで自分で食べるんですか。空気読めない子は要らない子ですよ」
「うるさい黙れ! 本気で嫌がってるエリサ様に僕が無理強いできる訳ないだろ!」
空気読めてないのは分かっていたが、僕がエリサ様に嗜虐心を抱いたら正直おしまいだと思う。
自分で開催しておいてなんだけど、本当にこれでメイドへの恐怖が薄れるのだろうか?
前菜、シュールストレミング。
誰も完食しないまま終了。
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