女王様と鏡

 今日も今日とて玉座で美しいおみ足を組むエリサ様。

 長い髪は黄金の絹、瞳はまるで海の宝玉。肩も露わな純白なドレスを身に纏い、頭からは呪われたらしいロバの耳。ただでさえかわいいのに萌え耳まで生やすとかやり過ぎじゃないの? 

 しかし当のエリサ様はパない萌え耳がご不満のようで、この秘密を知るのは今のところ僕だけのはず。あ、あと呪ったやつ。手掛かりは今のところない。


「うーん」

「いかがなさいましたか」


 先ほどからエリサ様は僕に持ってこさせた大きな姿見を見てうんうん唸っております。ご自分の美しさに驚きを隠せないのでしょうか。


「やっぱさ、王子様だと思うんだよ」

「私が白馬の王子様に見える、という事でしょうか」

「バッカ違ぇよこのクソ執事が。呪い解くつったらやっぱ王子様の……その、キス……なんじゃないかなーって」

「申し訳ございません私としても心の準備というものが」

「だからお前関係ねえつってんだろ」

「せめて手を繋ぐところから始めませんか」

「人の! 話を! 聞け!!」


 うーん。

 さすがに王子は難しいな。

 建国したところで僕は王だし、息子は王子になるけどそれはあまりに倒錯的。

 娘だったら王女だしどうすれば……あっ。


「僕がエリサ様の養子になればいいのか」

「何が!? ねぇ何が!? 分かんねえけど何にもよくねえ!!」

「大丈夫です。血の繋がりはありませんからセーフですお母様」

「反吐が出る!!」


 さすがはエリサ様。清々しいほどのツンデレっぷり。まったく照れちゃってかわいいんだから。


「こっちは真面目に呪い解く方法を考えてんだよ。つーかおかしくない? 何でよその国から結婚の話とか来ねえんだろ。どう見ても世界で一番かわいいのにな」

「なるほど、それで姿見をご覧になられていた訳ですね」

「そうだよそういう事だよ」

「失礼ですがエリサ様。鏡が必ずしも真実を映しているとは限りません」

「何だとてめぇ。余が本当はかわいくないとでも言いてえのか」

「逆です。エリサ様の美貌はどんなに磨かれた鏡でも映しきれません」

「………………うぜぇ」


 この人を虫のように蔑む目。ゾクゾクしちゃうびくんびくん。

 ま、求婚やお付き合いの話がないのは僕が握り潰してるからなんですけどね。


「しっかしこの耳マジでどうにかなんねえかなー。クソ執事は役に立たねえしなー」

「いいじゃないですかかわいくて。何か不都合でも?」

「生えてる事自体が不都合なんだよ。分かれよそれぐらい」

「ですが、例えばゾウの鼻よりマシなのでは。もし仮にゾウの鼻だったら私も全力で何とかするのですが」

「はー!? てめぇ今まで本気じゃなかったのかよ!?」


 ……そんなの今更言われてもなぁ。

 萌え耳生えてる方が二割増しでかわいいし、僕だけが秘密を知ってるおいしい状況なのに、どうして僕が全力で何とかすると思ってたんだろうか。それぐらい分かりそうなものだけど。


「本気出せ本気!! 今からでも遅くねえから本気で何とかしろ!!」

「ではまずメイドにそのお耳の事を打ち明けます」

「は?? 何で?? だめだろそれ一番だめなやつだろ」

「尾ひれ背びれくびれは付きますが、メイド達は光の速さで噂を国中、世界中に拡散していきます」

「やっぱだめじゃん! 言うなよ、絶対言うなよ!」

「職務放棄に関しては超一流のメイド達ですが、ことおもしろそうな事に関しては全力を発揮します」

「全員クビにしろ!! つーか何で役立たずばっか雇ってんの!?」

「やがてメイド達はじゃあ原因は何だ犯人は誰だ? みたいな話で盛り上がり、勝手に犯人を見つけ出します」

「マジかよ……。使えるのか使えねえのか分かんねえやつらだな……」

「メイドとはそうしたものです」


 まさにバカとハサミは使いよう。

 上から目線でエリサ様に求婚してきた某国の王子はこの方法で社会的に抹殺しましたし。


「その方法は絶対だめだけど、やっぱそれお前何にもしてなくない? メイド達だけで事足りてない?」

「部下にはお耳の事は伏せてそれとなく調べさせておりますが、私自身が分かりやすい行動に出るのは難しいのです。エリックの様子がおかしい、何だどうしたとメイド達が勘繰り始めますので。これに関しては私が既に甚大なる被害を被っておりますので間違いありません」

「いろいろ面倒くせぇな……」


 ため息をつかれるエリサ様も憂いを帯びてお美しい。

 しかし、僕のエリサ様を呪ったやつに相応の報いを与えたいのは確か。呪いを解かせるかどうかは別として。ネコ耳バージョンとかもできるなら見てみたいし。

 でもそうなるとやっぱりメイドが邪魔――


「大変な事を忘れておりました! エリサ様、すぐに王冠をお被りください!」

「えっ、何なに? これはマジなやつ?」

「マジなやつです! 可及的速やかに! カウントスリー、ツー、ワン!」

「何だ何だよどうしたんだよ!?」


 急いで王冠を被ってもらったのと同時、しっかり鍵をしていたはずの扉がバタン! と勢いよく開かれた。

 ノックもなしにずかずかと僕とエリサ様の聖域に踏み入ってきたのは、青髪団子のおすましメイドことマリーだった。


「今何かおもしろそうな話をしてませんでしたか」


 やっぱり。来ると思った。


「ほら、メイドが来たという事は昨日私が見た夢はやっぱりおもしろいんですよ。メイドはおもしろそうな話を嗅ぎつけてきますからね。うぷぷっ! いやー思い出すだけで笑っちゃう。マリーも聞いてくれよ。頭に赤い洗面器を乗せた男が出てきてさ、僕が『どうして洗面器を乗せてるんですか』って聞いたら――」

「他人の夢の話ほどつまらないものはないですね。変態執事の夢なら尚更です。耳が腐り落ちる前に退散しましょう」


 それだけ言ってマリーはすぐに出ていった。開け放していった扉を閉め、ここをこうしてちょいのちょいで鍵を直す。

 唖然と固まっているエリサ様のおそばへ戻り、失礼ながら耳打ちさせてもらう。


「……このようにメイドはおもしろそうな話、もしくは厄介なタイミング、あるいはその両方を鋭く嗅ぎ付け駆け付けます。お気を付けください」

「何だよ、何なんだよ……。メイド怖い、怖いよぅ……」

「ご安心ください。エリサ様は私が必ずお守りします。しばらく王冠は被ったままでお願いします。念には念を入れて念のため」


 やめてください泣かないでくださいエリサ様。思わず抱きしめちゃいそうになっちゃうから。

 しかし困った。エリサ様を半泣きにさせるとは許し難いが、相手はよりにもよってマリーだ。マリーは僕の最も重要な秘密を知っておきながら、今のところ他のメイドには漏らしていない。自分だけが優位に立てるよう考える策士メイドだ。

 今だって外で聞き耳を立てている。僕には分かる。


「ところでエリサ様。この姿見、実は真実を語る魔法の鏡なんです。鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ? の鏡なんですよ」

「……ぐすっ。そんなの要らない。言われなくても余だし」

「ですよねー。でも一度試してみるのもおもしろそうじゃないですか? 是非是非」

「……鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ」

「それはエリサ様。あなたです」

「お前が言うのかよ!」

「じゃあ次は私ですね。鏡よ鏡、世界で一番かっこいいのは私」

「聞けよ! あと少なくともお前じゃねえよ!!」


 ……しばらくそんなやり取りを続けていると、マリーの気配が消えた。

 まったく、油断も隙もないやつだ。

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