女王様と重要参考人
「ここ? 何か汚ぇとこだな。どうせならもっとおしゃれなとこに呼んどけよ」
「雰囲気です雰囲気。紳士淑女の社交場みたいなところは密会に相応しくありません」
黄金の絹のような髪と呪われた萌え耳をニット帽に隠し、海の宝玉のような瞳を眼鏡でカバー。純白のドレスでなくジーンズにパーカーなエリサ様です。
マスクは早々に外されました。ちょっとだけ息苦しかったそうです。こらえ性ゼロですね知ってました。
外されたマスクはこっそり回収。帰ったら間接キスし放題……いや、食うか。いっそ。
扉を開けばカランコロンと音が鳴り、足を踏み入れれば木床がぎぃ。バーカウンターには妖艶な美女がいて、ぽつぽついる客の眼光はみな鋭い。
しかしここから見える客に用はない。カウンターに肘を突く女主人に声をかける。
「ご主人、ここで一番弱い酒を」
「は? お前昼間っから酒飲む気かよ。余の前で職務放棄とはいい度胸だなてめー」
「違いますエリサ様、これは符丁なのです。こう告げると秘密の部屋に案内してくれるという寸法です」
「何それすごい余もやりたい。ご主人、ここで一番弱い酒を」
「ふふふ。噂には聞いていたけれど、女王様は本当にかわいらしいわね。どうぞ、こっちよ」
女主人に案内され、秘密の部屋へ。
薄暗い部屋にテーブルが一つ、そこに座るフード付きのローブで顔を隠した一人の男。どうやらミルクティーを飲んでいる模様。
「何か飲み物は?」
「カルーアミルク! 昼間っからお酒飲みたい!」
「いけませんエリサ様。未成年の飲酒は法律で禁止されております。ご主人、飲み物は結構」
「はー!? 余、女王なんだけど! この国で一番偉いんだけど!」
「法律は法律です」
「ふふふ。それじゃあごゆっくり」
女主人が立ち去ったのを見届け、不満げなエリサ様と一緒にいかにも怪しい男の対面に座る。ローブを目深に被った男の顔は見えないが、おそらくエリサ様の美しさを目に焼き付けているのだろう。そうに違いない。
テーブルに腕を乗せ、男に尋ねる。
「それじゃあ話してもらおうか。お前が知っているエリサ様の秘密とやらを」
「は?? 何で余の秘密探ってんの?? 趣旨違くない??」
「具体的な理由を話す訳にはいきませんし、どんな内容であれエリサ様の秘密を知ってる平民なんてまずいませんから。そんな訳で褒賞金付きで秘密を知る者を募った訳です。ご理解頂けましたでしょうか」
「いや全然分かんない」
これ以上ないぐらい簡潔かつ的確に説明したと思うんだけど。バカに理解してもらうのは骨が折れるな。
だがそれがいい。エリサ様はこうでなければ。
「では黙っていて頂けますか。金目当てのでっちあげならお帰り願うまでですので」
「いやいや。こいつ? 誰? 男? 女? まぁ誰でもいいんだけどさ、その秘密が本当か嘘かなんてお前に分かんねえじゃん」
「そうですね。ですからエリサ様にご同行頂いた訳ですが?」
「あー! なるほどね! お前すごいな!」
「敏腕執事ですから」
もっとも、エリサ様に関して僕が知らない事なんてほぼないはず。それでも万が一億が一という事もある、かもしれないし。
「ではもう一度初めからやり直しますね」
「うん。余、黙ってる」
という訳でまた尋ねる。
「話してもらおうか。お前が知ってるエリサ様の秘密とやらを」
「ここだけの話ですが、エリサ様はかなりのバカです」
「そんな事はみんな知ってる! 秘密でも何でもないぞ!」
「おい待てこら待てちょっと待て!!」
「うるさいなぁもう。さっき黙ってるって言ったとこじゃないですか」
ニワトリでも三歩歩くまで忘れないのに。エリサ様は鳥以下なのカナー?
「余、バカじゃないから!! 絶対バカじゃないから!! あと何? みんな知ってるってどゆ事!?」
「失礼しました。エリサ様がバカなのは国家機密でした。謹んでお詫び申し上げます」
「バカじゃな――――――いっ!! 余、バカじゃないから!!」
知ってる。バカは自分の事バカって自覚ないよね。あと無知の知をちょっとかじったぐらいで「私バカだから分かんな~い」とか言うやつもやっぱりバカ。
しかし、エリサ様がバカなのはマジで国家機密だ。それを知るこいつは一体何者だ?
というかこの声、女……?
「ふふふ。どうやら正体を明かす時が来たようですね」
「お前、まさか……っ!?」
不敵に笑い、怪しい女がローブを脱ぎ捨てると――
「うわぁーっ!! やっぱりーっ!!」
青い髪を後ろで団子に結んだ、メイド!!
「エリサ様危険ですメイドです!! 早く逃げましょう!!」
思わず立ち上がりイスが転げ、エリサ様の手を取り逃げようとしたその時、ハッと我に返った。
てっ、手を繋ぐのはまだちょっと早いかな……?
噂されると恥ずかしいし……。
メイドは極めて危険だが、エリサ様を置いて逃げる訳にはいかない。どうやら僕はハメられたらしい。おのれメイドめ!
ちなみに青髪団子のこいつはマリーという史上最悪のメイド。メイド服を着ている事だけがメイドの仕事だと思っているようで、仕事なんて全然しないしているところを見た事がない。
「落ち着けよ。うちの国のメイドじゃん。別に危なくないだろ」
「何を呑気な事を言ってるんですか! メイドですよ? 口軽噂好きの代名詞メイドですよ? エリサ様と私がお忍びデートしてる現場を見られたんです、明日には挙式で子供が二人、子供は上が女の子で下が男の子ですよ?」
「でっ、デートじゃねえっつってんだろ!! いいなメイド、これはデートじゃねえからな!?」
「真実か否かなど関係ありません。要はその話がおもしろおかしく膨らむかどうかなのです。ご成婚、おめでとうございます」
「あっ! こいつヤバい!! エリック何とかしろ!」
すまし顔でパチパチ拍手するマリーと焦りまくるエリサ様。しかし、何とかしろと言われてもな……。正直こればかりはどうにもならない。
「申し訳ありません。具体的な理由はごにょごにょですが、私はメイドに対してどうする事もできないのです」
「何だよ!! 言えよ、そのごにょごにょ教えろよ!!」
「この変態執事はですね、実は」
「わーっ!! わーわーわ――――――っ!!」
危ない!! エリサ様とマリーが一緒にいるのは僕の危険が危ない!!
「帰りましょうエリサ様! このようなところにいるのは精神衛生上よろしくありません!」
「あっ、メイドはお前の秘密知ってるんだった! メイド言え言え!」
「わーっ! わーわーわーっ!!」
しまった困ったどうすればいい!? エリサ様と手を握るのはまだ早いし、かと言ってマリーを強引に連れ出したらエリサ様をお一人にしてしまう! だがあの事を知られる訳には絶対にいかない!
のっぴきならない状況にあたふたしていると、マリーは僕とエリサ様の顔を交互に見遣り、すまし顔でこう言った。
「嫌です無理ですお断りです。言えと言われて言いたくなくなりました」
「は?? お前何言ってんの?? 余、女王なんだけど??」
エリサ様がぽかんとする中、マリーは優雅にカップを口に付け当たり前のように言う。
「それが何か? 私はメイド様ですよ。大体、言えなんて人にものを教えてもらう態度ではありません。教えてくださいと頭を下げるのが筋ですほら早く」
「はぁ――――――!? おいエリック、このメイドおかしいぞ!」
「存じ上げております」
ああそうだ。マリーはこういうやつだった。
というかエリサ様、僕の名前覚えていてくださったんですね。随分と久しぶりに名前で呼ばれた気がします。
「メイドとはそうした生き物です。言えと言われれば言わない、言うなと言えば喧伝して回る。火のない所に煙を立て、根も葉もない噂を大草原に仕立て上げ、尾ひれ背びれくびれを付け、勝手気ままに嗅ぎ回り泳ぎ回るのです」
「仕事しろぉ――――――ッ!!」
うん。まぁそうなるよね。
「嫌です無理ですお断りです。人に働けと言うならまずあなたが率先して働くべきです。一体何様のつもりですか」
「女王様だよバーカ!! おいエリック、こいつ即刻クビにしろ!!」
「申し訳ありません。敏腕執事たる私をもってしてもそれだけはできないのです。具体的な理由はごにょごにょですが」
「ごにょごにょ――――――ッ!!」
エリサ様が取り乱し始めた。そろそろ潮時か。
「こんなやつがメイド……? こんなやつが執事……? 余の周りヤバ過ぎない……?」
「女王様も大変ですね」
「やかましいわお前が言うなお前が!!」
「エリサ様、そろそろ帰りましょう。メイドには近寄らない方が身のためです」
「分かったおうち帰る……」
ぐったりしたエリサ様を促し、萌え耳の呪いに関して何の収穫もないまま城へ帰る事に。
マリーの瘴気にあてられたらしく、エリサ様はそのままご就寝。
翌日。
国内はおろか近隣諸国からも婚約の祝いが届き、エリサ様のお耳に入る前にすべて握り潰し訂正しておいた。
だって、噂されると恥ずかしいし……。
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