騎士団結成 2 ―追憶の姿―



「はぁーーー……。なんかまたお腹痛くなってきた……」


 酒場を出てしばらく歩き、人通りの少ないところまで出てきてシルヴィアは大きなため息を吐いた。

 護衛のため旅に同行してきたギムレットには立場上精悍せいかんな態度をとっていたが、内心シルヴィアは重責により胃をやられていた。

 清く逞しい外面と違って、中身は年相応の女の子なのだ。


「ダメダメ! せっかく女王陛下が私を信頼して任せてくださったんだから! しっかりしないと!」


 自分の両頬は軽く叩き、気合を入れ直す。

 いくら悩もうと結果が変わるわけでもなく、実際もう旅にも出てしまった。

 それならば女王の期待に十分に応えることが先決だ。


 決意を新たに、シルヴィアは改めてブライストンに歩き出す。


 ――それにしても……


 シルヴィアが酒場から出て幾分も歩を進めないうちに、酒場の活気とは掛け離れた陰鬱とした雰囲気を感じた。


 この街に来る前からわかっていたことだが、ブライストンは『宣戦』後の復興は言うほど進んでおらず、活気があったのは酒場や宿が並ぶ一部だけだった。


 そもそも十年程度ではかつての活気が元に戻る訳もなく、それに合わせて柄の悪い人種の存在がブライストンを平穏という文字から遠ざけていた。


 シルヴィアは道の端に座る浮浪者たちに目を向けた。

 彼らの中には年端の行かない子供もいる。

 彼らは旅人や行商人に慈悲を貰おうと道の目立つところでわざと座っている。


 シルヴィアも歩きながら子供たちから物乞いを受けてはいたが、それをしたところで本当の意味で彼らを救えるわけではないことは知っていた。

 痛む良心を必死に無視し、足早にそこから離れる。


 ――吐き気がする……。本当にここはブリティアなの?


 ついには耐え切れず、人が居ない路地まで入り込んだところで口を抑えへたり込んだ。

 先程とは違う意味で胃の痛みに晒されていた。


 しかし、自分の住む国の街がこのような惨状になっていることを知れてよかったと思えた。

 王国騎士団の中で愚直に鍛錬を続けていては見れなかった景色だ。


 ――女王陛下には本当に感謝だわ。私がこの国……ううん、この世界をただしてやる!


 そんなことを思っていると、路地の奥が妙に騒がしい。

 注意して聴くと言い争っているようにも聞こえる。


 シルヴィアには無視するという選択肢は無く、路地の奥へと進む。

 角を曲がった先に男が数人と、シルヴィア位の歳の女性が何か大声で話している。


「何だァ? 別にいいじゃねえかよ。ちょっと我慢するだけで金が手にはいんだぜ?  なぁにすぐに良くなるって」


「ふざけないで! 絶対にいやっ! こんなことしてまでお金が欲しいわけじゃないわ!」


「往生際がわりぃな。でもま、嫌がってんのを無理矢理ってのもそそるよな」


 男は女性の細い腕を掴み詰め寄っていた。どう見ても淫行の強要だ。


「ちょっと! ホントに大声出すわよ!」


「ゲハハハハ! 出してみろよ! それで人が見たところで俺らに対抗しようってやつがこの街にいると思ってんのか?」


「そうそう、この街にいる奴ぁ、自分のことしか考えてねぇ酷い奴なんだぜ? そう考えたら俺らの方がまだ人道的ってなもんだ」


「バカじゃないのっ、あんたら! 誰かぁ 誰か助けて!」


「おいおい。それは襲ってくださいってことか? それならリクエストに答えないとなぁ」


 シルヴィアは我慢の限界だった。

 男たちの醜悪な言動にはらわたが煮えくり返っていた。

 さらに女性には明確な拒絶の意思がある。

 助けない理由がない。


「そこの貴方たち! その女性を離しなさい!」


 シルヴィアは男たちの前に出て、大声を出す。

 案の定ビクッと身体を震わせ男たちはシルヴィアに目を向けた。

 しかしすぐにニヤリと下卑た笑い顔を滲ませた。


「なんだよ……、まさか助けに来たと思ったら参加希望かよ」


「しかも、この女より美人で乳もデケェときた。今日はツいてるぜぇ」


 男たちはシルヴィアの怒気など意にも介さず、それどころかシルヴィアまで淫行の標的に定めた。

 女性もシルヴィアに何かできるとも思っておらず、未だ悲痛な表情をしていた。     


 確かに剣を腰に差してはいるが、シルヴィアの第一印象だけで国を代表する実力を持つ騎士だと思う者はいないだろう。

 しかしそんなことも知らない彼らはただ新しく現れた獲物の品定めに終始していた。


「もういい、お前たちは下劣なその口を開くな」


 口でどうこうできないと思ったシルヴィアは腰の剣の柄に手を添えた。


「お! よく見れば剣なんか差しちゃってよぉ! 女騎士のつもりか?」


「なんだよなんだよ! 余計に燃えてきたなぁ! なぁ,お前ら!」


 男の一人がそう言った途端、どこからともなくガタイのいい男たちが路地を埋め尽くした。


 ――こんなに大勢!? ただの暴漢じゃないの?


 現れた男たちは先程から居る男らと似た風情で剣を差している者もいる。

 おそらくこの街を根城にしている山賊か何かなのだろう。


 先程の自分たちに抵抗する者はいないと言っていたが、そう言った意味もあったのだろう。


「あんたみたいな上玉、俺らだけで楽しむのも心苦しいからなぁ。せっかくだし全員で輪姦まわさせてもらうぜ」


 目の前にいる男はシルヴィアは内心怯えているだろうと思い先程以上の下卑た笑顔を刻んでいたが、シルヴィアにとっては「細い路地だと剣を振りづらいわね」としか思ってなかった。


 そんなシルヴィアたちを取り囲む男たちの一番外側、まるで行列を作るように路地を塞いでいた男に声をかける青年がいた。


「すみません、さっきここで女の叫び声が聞こえたのですが……」


「おお、兄ちゃんも混ざるか? へへへ、馬鹿な女が俺らに逆らってよ。これからちょっとお仕置きしよってんでな」


「はぁ……。そんなことだろうと思いました。馬鹿な真似はやめてさっさと消えてください。この街の保安官も黙っていませんよ」


「ああ? んなもん怖かねーよ! 俺ら『逆十字』に逆らおうってやつぁこの街にゃいやしねぇってんだ!」


 男の勝ち誇った言葉に、青年の雰囲気が変わった。

 それは先程まで調子に乗っていた男が一瞬のうちに怯えるほどの気迫だった。


「……言葉で収まるならそれに越したことはないと思っていたが、お前らが『黒い逆十字』を名乗るならそうもいかなくなった」


 普段だったら青年の目の前にいる男は、青年が言った言葉を言われようものなら問答無用で殴りつけるところだった。

 しかしそんな選択肢など選べないほど青年の気迫は異常だった。


 ただの怒りとは違う。もっとドス黒い感情。

 それを惜しげもなく青年は男に送り込む。


 そんな風にたじろいていた時、男の顔に青年の手が覆われる。

 顔を掴まれた、そうわかったときは男の体は宙に浮いていた。


「……! ? ? ? !?」


 自信や自惚れなどではなく、男は自分が誰かに持ち上げられるような体躯ではないと思っていた。

 しかし目の前の青年は顔を掴んだ腕の力だけで男の身体を浮かした。


 そして青年はまるで小石を投げ飛ばすように、男を路地へと投げ飛ばした。


「もう謝ったっておそ……、ぐえぇっ!」


 シルヴィアの目の前にいた男は投げ飛ばされた男の下敷きになり、潰れたカエルのような声を出した。


「え!? なになになに!」


 自分より大きな体の男達に囲まれてもピクリとも表情を変えなかったシルヴィアはようやく怯えたような声を出した。


「ななな何だァ!? 急に降ってきやがった。おい! しっかりしろ!」


 男たちも突然の事態に正常な判断が出来ないみたいだった。

 まわりでも、事態が飲み込めず騒ぎ出していた。


「このアマァ! 何しやがった!」


「ええ!? わ、私は何も……」


 シルヴィアも混乱していたところに、何故か自分のせいにされた事の理不尽さにちょっと涙目になっていた。


「んだてめ……ごあっ!」


「コイツ……ぐおっ!」


 遠いところでは男たちの短い断末魔の叫びが上がっていた。


 それはだんだんと近づいてきて、シルヴィアの真後ろにいる男が「あべしっ!」という謎の断末魔を上げてシルヴィアの頭上を飛んでいった時、明らかに周りの男たちとは違う雰囲気の青年が現れた。


 黒い短髪、切れ長の目に赤い瞳、異常なほどに整った顔立ちで腰には細身の剣を携えていたが、青年は素手で男たちを薙ぎ倒し、片手には暴漢の一人の顔を鷲掴みしてその場に現れた。

 男は青年の握力にのたうちまわっていた。


「何だテメェ! 畜生、仲間がいたのか!」


 もちろんシルヴィアと青年は仲間ではない。

 しかしシルヴィアは青年の姿を見て、周りの男たちのことも忘れて見入っていた。


 ――あの髪に眼。それにあの顔どこかで……。


「助けを呼んだのは貴女ですか?」


「……え? 私!? い、いえ私じゃありません。そちらの女性の方です」


 青年はシルヴィアの視線に気付き、問いかけてきた。

 とっさに質問され慌てたシルヴィアだったが、落ち着いて現状を青年に説明をする。


「なるほど、貴女は助けに来た側でしたか。……貴女だったら俺が出しゃばる必要ありませんでしたね」


 青年はシルヴィアの佇まいを見て、それなりの実力を持つと直ぐに看破した。

 それはシルヴィアも同じで、青年がかなりの実力者であることがわかった。


「なに無視してやがんだ、テメェら! 俺らに、『黒い逆十字』に手ェ出して無事で済むと思ってんのかよ!」


 ――『黒い逆十字』!? こいつらが……?


 まさかの単語が男の口から飛び出し、シルヴィアは驚愕する。

 とは言っても、シルヴィアもブライストンのように、『宣戦』によって荒廃した街にはこの男らのように『逆十字』を名乗る集団が街を支配しているという話は聞いていた。


 中には名前だけを借り好き放題生きる愚か者もいるのだが、おおよその人間は実際に『逆十字』に属していると言える。


 シルヴィアの驚きをよそに、青年は叫んだ男の元へ歩みを進める。


「『逆十字』だというのなら、放っておくわけにはいかないんでな。むしろ、無事で済むと思わない方がいいのは貴様らだっ……!」


「ひいっ!」


 青年が発した鋭い剣幕を含んだ声に、男が怯える。勢い余ってその場に尻餅をついた。


「な、何なんだよ、お前はよぉ! 俺に手を出してみろ 街中の仲間がお前を……」


「殺しに来るか? 丁度いい、どうせなら集めるだけ集めてみろ。俺がお前らを根絶やしにしてやる!」


 青年がそう言った途端に、男たちは蜘蛛の子を散らしたように、倒れた仲間のことなど放って逃げ出した。

 あっという間に路地にはシルヴィアと青年と女性、そして殴り倒された男たちだけが残った。


「……すごい」


 シルヴィアはうわごとのようにそう呟いた。

 青年が出てきただけで状況が一変した。


 自分も青年のように男たちを倒し伏せることは容易だったが、彼のように威圧だけであれだけの男たちの戦意を削ぐことはできない。

 青年は手に持っていた男を適当に投げ捨てて、最初に襲われていた女性のもとへ近づいた。

 ちなみに男はとっくに泡を吹いて気絶していた。


「大丈夫ですか? お怪我などは……」


「……」


 声を掛けられた女性は青年を見て呆けた顔をして返事を返さなかった。

 その女性は呆けてるというより、頬を紅潮させ青年に見蕩れている様子だった。


「あの……?」


「あ! は、はい! 大丈夫です! すすすスミマセン、私なんかのために!」


 女性は青年に手を伸ばされたところでようやく正気に戻り、慌てて礼を言った。

 そして乱れた服を正し、髪を整えながら尋常じゃないスピードで目を泳がせていた。


「気にしないでください。ほとんど俺の八つ当たりみたいなものなので。一人で帰れますか?」


「はい! 帰れましゅ! あ、ありがとうございましたあああ!」


 最後に青年に近づかれて気が動転したのか、女性は盛大に言葉を噛んで逃げるように路地を後にした。


「……申し訳ないことをしたな。貴女も、突然でしゃばってしまいすみませんでした」


「い、いえ。こちらこそありがとうございます」


 シルヴィアもいきなり声を掛けられてドキっとしてしまったが、だんだんといつもの調子を取り戻してきた。


「しかし、あの人には悪いことをしました。あんな風に奴らを脅した俺が詰め寄ってきたら怯えて当然ですよね。あんなふうに逃げ出して」


「え? いや、それは……」


 明らかにそんな理由ではない。

 女性はむしろ青年には怯えとは正反対の感情を抱いていただろう。

 終始顔を真っ赤にして、その表情は正しく恋する乙女といった感じだった。


 それはそうだろう。

 この青年のような整った顔立ちの者に自分の窮地を救い出され、あんな風に気を使われたら自分でも危うかっただろうとシルヴィアは思っていた。


「とにかく助かりました。貴方のおかげであの女性も必要以上に怯えることもありませんでした。私じゃこうはいきません」


「謙遜はしなくていいですよ。貴女、かなりの使い手でしょう? 俺が居なくても結果は変わらなかったと思いますよ」


 間違いなく謙遜をしているのは青年の方だ。

 なにせ彼は剣を抜かず素手で男たちを圧倒したのだから。


 しかし、シルヴィアはそんなことも思えないほど、青年のことが気になって仕方がなかった。


 それはさっきの女性のように青年に見蕩れているというわけでない。

 見れば見るほど、彼の面影に、過去のある少年の影がチラつく。


 十年前に自分の故郷を失った時、それと共に失った大切な人。

 なぜあの時に無理矢理にでも引き止めなかったのかと、何度も後悔した。


 あの街の跡に死体は見つからず、死体も残らないほど無残な死を遂げたと思っていた。

 だからこそ、周りのことが見えなくなるくらい強くなることに執着し続けてきた。


 しかし、死体がなかったということは生きているという可能性だってあったはずだ。それを考えたことをなかった。


「あの……、お名前をお聞きしてもよろしいですか? 改めてお礼もしたいですし……」


「ええ、もちろん」


 青年はシルヴィアに向かって正面を向き胸に手を当てかしずく様に頭を下げた。


「ギルバート・デイウォーカーと申します。ただお礼は結構です。俺は宛のない根無し草なものですから」

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