騎士団結成 3 ―等身大の心―
彼が大好きだった。
真面目で、ひたむきで、努力家で。
頑固で、愚直で、不器用な彼が、大好きだった。
自分のことは、あくまで領主の娘としか見ていなかったとしても。
時々ふと向けてくれる優しくて真っ直ぐな笑顔を見ると心臓が爆発しそうになった。
今思えば、彼は知りもしなかったのだろうが、実は彼とは将来を約束されていた。
それを自覚してからは、彼の顔を見ることすら難しくなった。
けれど、自分はこの人と結ばれるのだ。
この人と共に歩んでいくんだと思うと不思議とやる気に満ちた。
そんな、素敵でありふれた未来を望んでいた。
しかし、そんな未来を真っ黒な影が突然奪っていった。
幸福に満ちた未来も。
世界で一番好きだった彼も――。
*
シルヴィアが幼少期の幼馴染、ギルバートと十年ぶりの再会を果たしたそのまもなく。シルヴィアは宿の受付の端のソファで、膝を抱えてむくれていた。
感動の再会に感動しすぎて、ギルバートの名前を聞いて胸に込み上げてくるものを抑えている内にギルバートは爽やかな顔をして「それでは」と言って路地から去っていった。
慌てて追いかけるも、ギルバートは人ごみに紛れ姿が無くなっていた。
シルヴィアも人ごみに混ざりしばらく探し回ったが、到底見つけることはできなかった。
日が暮れるまで街を探し回っていたが見つけることは叶わず、すごすごと宿へと戻ってきて、絶賛落ち込み中であった。
「ん? うおお! シルヴィア殿! 何してんだ、こんなとこで丸くなって!」
宿の部屋で眠っていたのか、眠そうな顔をしてギムレットがむくれてるシルヴィアを見て驚き問いかける。
「別になんでもありません!」
シルヴィアはふてくされるようにそっぽを向いた。
目の端には涙が見えていた。
シルヴィアのそんな姿を見て、ギムレットは驚愕した。
ギムレットは王宮騎士団の中隊長でシルヴィアのことは入隊の頃から知っていた。
とてつもない美人で、とてつもない実力を持つ少女が入団したと当時から話題だった。
入隊後の活躍はめざましく、めきめきと騎士団の中でも頭角を現してきた。
しかも実力を鼻にかけるわけでもなく、真面目で、目上の人間には敬意を払い、同期や下の者にも彼女を嫌う人間はいなかった。
そしてその少女は入団わずか三年で大剣闘舞にて第四位という華々しい結果を残した。
ギムレットは隊こそ違うものの、彼女の活躍は耳に入っていた。
強く、清い女性。
それがシルヴィアの印象、だった。
しかし目の前にいる彼女は自分が思っていた人物とはかけ離れていた。
まるで癇癪を起こした子供のようだった。
「……何でもないこたぁないだろ。んなガキみたい縮こまってよ」
ギムレットはシルヴィアその座るソファに付かず離れずの距離で腰掛けた。
「何があったんだよ? 話してみろよ。案外話してみると、どうでも良くなるもんだぜ」
そう言って歯を見せて笑いかけた。
シルヴィアはそこで気を使われてると気付き、子供っぽく落ち込んでいることが急に恥ずかしくなった。
「実は……」
落ち込んでいるところに優しくされたことに気を許したのか、シルヴィアは全てをギムレットに話した。
十年前、自分には同い年の幼馴染がいたこと。
十年前の『宣戦』で死んだと思っていたこと。
実は生きていて先程十年ぶりに再会したこと。
しかし、自分の名を明かせぬまま離れ離れになってしまい、探しても見つからなかったこと。
少し昔を思い出し、少し怒ってみたり、落ち込んだり、でもやっぱり嬉しかったということ。
全て話した。
ギムレットの言ったとおり、話してみてかなり気が楽になった気がした。
「そおかい、まさかそんなことがなぁ。まるで作り話みたいだけどな」
話を聞いたギムレットは感嘆するように息を吐き、ソファに背を預ける。
「はい、私も今でも信じられません。十年間全く関わり合いもなかったのに、いきなりこんな場所で再開するなんて……。でも何なんでしょうね、再開したことに嬉しすぎて声も出せなかったなんて、自分の間抜けさが嫌になります……」
話しながらシルヴィアは俯いた。
銀色の髪でよく見えなかったが、ギムレットには泣いているように見えた。
「向こうも私のことに全く気づいてなかったですし、少しくらい覚えてくれててもいいですよね?」
なんだか愚痴のようにもなってきていた。
抱えたものを話したことによって、十年溜め込んでた思いも一緒に吐露しているのだろう。
「でも、もういいんです。生きていることがわかっただけでも、それだけで満足です。いつかまた会えるかもしれませんし、その時にはちゃんと名前を言えるようにします」
「いいこたぁないだろ」
シルヴィアが明らかに無理しているのは見ていてわかった。
本当なら今すぐにでも探しに行きたい気持ちはあるだろう。
しかしギムレットも、シルヴィアが女王の勅命を投げ捨てて私事に走るような性格ではないことはわかっているつもりだった。
それでもシルヴィアが、今までは強く勇ましく凛然とした雰囲気の彼女がここまで疲弊するようなことは、どう考えても放っておいていい事態ではない。
「まだ、そんな時間も経ってねぇ。こんな時間によその街に移動するようなことはないだろ。まだこの街に居る可能性は高いぜ」
「でも、女王陛下の命令で来てるのに、個人的な事で動くのは……」
「それに、そのギルバートって奴、何人もいる男を一人でノしちまったんだろ? だったらシルヴィア殿のつくる騎士団の仲間にぴったりじゃねぇか」
「え?」
「話に聞いた感じじゃ実力に申し分はねぇし、『黒い逆十字』に故郷を壊されたっていう行動原理もある。人材としてはこれ以上ないと思うぜ」
「そう、か……。そういうことですね」
シルヴィアもギムレットの言い分に合点がいったというふうに頷いていた。
「あんたは、十年ぶりにあった幼馴染に会いにいくんじゃねぇ、騎士団員の勧誘に行くんだ。これなら面目も立つだろ?」
「はい! そうですね! そういうことなら仕方ありません! 早速探しに行きましょう!」
「はあ? 今からか?」
「はい、この時間なら夕食にどこかの飲食店に居るかもしれません! この街ならそう多くもないでしょう!」
先程のメソメソしていた姿はどこへやら、シルヴィアは意気揚々と立ち上がり宿の入口へ向かった。
「ギムレットさんも手伝ってください! これは任務ですからっ!」
「へいへい、合点承知……」
ギムレットがため息混じりに立ち上がりシルヴィアの後に従う。
――やれやれ。しっかりしてると思ってたが、案外ガキだな……。
「きゃあ!」
先走って宿を出たシルヴィアが出先で軽い悲鳴を上げた。
「何だ? どうした?」
急いで外に出たギムレットが見たものは、道端に倒れている年端もいかない少女とその横に心配そうに駆け寄るシルヴィアだった。
「どうしたの? ケガない?」
先程の浮き立つ思いなどどこかへ行ってしまい,目の前の異常事態に飛びつくシルヴィア。
少女を抱き抱え何度も呼びかけた。
「うう……」
少女は呻くような声を出した。あまり顔色が良くない。
「おいおい、こんな時間にこんなガキがなんでここに……?」
「そんなことより、ギムレットさん! 早く医者を呼んでください!」
「ま、まって……」
シルヴィアが切羽詰った声を出すと少女は小さな手を差し伸べシルヴィアの髪に触れた。
「……! 大丈夫? 痛いとこない?」
シルヴィアが少女に問いかけた瞬間、腹の虫が盛大に鳴る音が響く。
それを聞いてシルヴィアもギムレットも目を点にした。
「へ、へへ……。うへへ……。さらさら、つやつやの、ぎんぱちゅ……」
黒髪の少女が謎のセリフを吐き恍惚とした表情を浮かべた。
「とりあえず、そこの酒場に行くか」
「そうですね」
二人は恐ろしい程淡々とした声でそう言った。
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