騎士団結成 1 ―銀髪の麗騎士―



「テメェ! 今イカサマしただろ!」


「ああ!? んなもんするわけねぇだろ! テメェじゃねぇんだ!」




 街にあるとある酒場。店の端でカードをしていた二人の男が言い合いをしている。

 いつしか殴り合いのケンカに発展していった。


 しかしそれを止める者はいない。

 誰もが「ああまたか」といった風に食事や賭博に興じる。


 ブリティア王国南端の街ブライストン、通称「サウスエンド」と呼ばれる街がある。

 ブリティア王国と隣国コロンズとの国境に隣接する街だ。

 この街は以前、炭坑で働く者と国をまたぐ行商人で賑わう活気のある街だった。


 しかし十年前に『黒い逆十字』によって行われた『血の宣戦』によって一度街は壊滅状態に陥った。

 その後、国による復興作業が行われるが、その間にどこからともなく現れた浮浪者や犯罪者によって街の治安は著しく悪化した。


 現在はその時と比べ、落ち着きを取り戻しつつはあるが、以前ほどの活気と平穏とは程遠い荒廃した街へと変貌した。

 そのため、街は昼間とはいえ街の荒くれ者や犯罪者が自由に往来し、喧嘩や盗み暴力が蔓延していた。


「うおっ、また喧嘩か。しっかし、首都から離れれば離れるほど荒れるとは言うが、ここは特に酷ぇな」


 カウンターでステーキを乱暴に口に入れる大柄な男、ギムレットが店の端でのケンカに苦言を漏らす。

 しかし、すぐに興味を無くし目の前のステーキを口に送り込む作業に没頭する。


「全くです! 南端の街とはいえ、女王陛下の治める国でこんな治外法権が許されるなんて! 見て見ぬふりをしている人たちも何ですかっ!」


 ギムレットの隣ではこの街には似合わない清潔で高価な服を身にまとった長い銀髪を後頭部でコンパクトに纏めた女性、シルヴィア・ヴァレンタインが鼻息を荒くしてサンドイッチを頬張っていた。

 その頬はサンドイッチで膨らんでいるのか、それとも不機嫌で膨らんでいるのかギムレットには判断できなかった。


「まぁまぁ……、誰も彼もあんたのように清く正しい訳じゃねぇんだから。何でもかんでも気にしてたら疲れちまうぜ、シルヴィア殿」


「……そういった気持ちが問題なんです」


「あん? 何だって?」


「何でもありません!」


 シルヴィアは残りのサンドイッチを流し込むように口に入れた。


「しかしまぁ、この街でも骨のある奴はいなさそうだな。さっさと街から出ちまうか?」


「そうもいきません。一応この街の状況を一通り見て回ります。問題があるようならこの領地の領主と中央議会に報告しなければなりません。一応そういう役目もあるんです」


「はぁー……。仲間集めの他にそんなこともするんだな。ホント女王陛下も人使いが荒い……」


 ギムレットが伸びをするのを横目に、シルヴィアは傍らに置いていた剣を持ち立ち上がった。


「ご主人、ご馳走様でした。サンドイッチ、美味しかったです」


「おいっ! 待ってくれ、すぐに俺も食べ終わる!」


 代金を払い立ち去ろうとするシルヴィアを見てギムレットは焦ってステーキに手をつける。

 シルヴィアはそれを見て軽く制した。


「ゆっくりしていて構いません。私はしばらく一人で街を見て回ります。後で、横の宿で落ち合いましょう」


「いやいや! 俺はあんたの護衛で来てんだ! これであんたに何かあったら職務怠慢になっちまう!」


 ギムレットがそう言いながらもシルヴィアは足を進めていた。

 そして言い終わった頃に立ち止まりギムレットに向かって振り向いた。


「私は出来るだけこの街のありのままを見たいんです。貴方みたいに威圧的な見た目の人がいると、それだけで警戒心を与えてしまいます。だから私一人でいいんです」


「でもよぉ!」


「それに……」


 なおも食い下がろうとして立ち上がったギムレットに対して、ため息混じりに肩を竦めてシルヴィアは言った。


「護衛とはいいますが、私の方がギムレットさんより強いじゃないですか」


 柔らかい微笑みを残し、シルヴィアは颯爽と酒場を後にした。


 残されたギムレットは呆然とした後、ストンと席に着く。

 そして言い返せない自分に虚しさを感じていた。


「……ごもっとも」


「旦那、がんばんな」


 その様子を見ていた酒場の主人がギムレットにドリンクのサービスをしてくれた。

 慰められたギムレットは冷めたステーキをちびちびと口に運んだ。


     *


 シルヴィアがブライストンに訪れる一月前、シルヴィアはブリティアの首都にいた。

 ここで王宮騎士団として日々研鑽けんさんを積んでいたシルヴィアは、ある時王宮にいる女王に呼び出されることになった。

 ただ、女王に呼び出されたからといって、直接本人に会うわけではないだろうとその時シルヴィアは思っていた。


 このブリティアでは女王は人前に滅多に出ることはなく、重要な式典等位にしか出席せず、さらにそこでも女王はただ居るだけで何かを発言したりということもない。

 他国からはお飾りの王とまで言われるくらいだった。


 実際ブリティアは立憲君主制により統治されており、女王自身は政治に大きな発言権があるわけではない。

 そのため、シルヴィアも大方代理人の大臣か使用人を介した話になるだろうと思っていた。


 しかし、シルヴィアが呼び出されたのは大臣が仕事をする執務室でも、簡単な話をするくらいに丁度いい応接室でもなく、荘厳な宮殿内にあるには空気が明らかに違う、穏やかで暖かい日差しに包まれた宮殿内の中庭のテラスだった。


 そこで宮殿の使用人に先に紅茶を出されて、テーブルに腰掛け待っていた。

 ただそんなところで待たされたところでシルヴィアは落ち着くどころか、緊張と不安でガチガチになっていた。


 ――ななな、なんでこんなところに? 場違い過ぎて胃が痛い……。


 出された紅茶は最高級の茶葉だったが、緊張で味など全く解らなかった。


「ごきげんよう。お待たせしてごめんなさい」


 ふとシルヴィアの背後から可憐な少女の声がした。


 その声の方に顔を向けたシルヴィアは愕然とした。


 そこにいたのは自分より少し幼い少女。

 ガラス細工のように繊細で透き通った肌、太陽のように光り輝く金色の髪と瞳。

 紛れもなくブリティア王国女王本人だった。


 シルヴィアとしては代理人の大臣かそこらが来るものだと思っていたため一気に体中の血が引いた。


「も、申し訳ありません! じょ、女王陛下の前で断りもなく……!」


 規律を重んじるシルヴィアにとっては、今の自分の有様はありえないものだった。

 用意されたとは言え女王の庭のテラスで紅茶を飲み、あまつさえ女王が立っていて自分だけが座っているなど考えられない失態だった。


「ふふふ……。そんなに畏まらないでくださいな。こんな場所で権威も何もあったものじゃないもの」


 女王は優しく、まるで友人に対して言うような軽々しさで言った。

 よく見てみると女王はいつもの豪華なドレスではなくて、軽い外出に使うような質素な出で立ちだった。


 シルヴィアが呆気にとられているうちに女王はシルヴィアの正面に座り、使用人から紅茶を淹れてもらっていた。


「シルヴィアさん。今日は貴女にお願いがあって来てもらったの」


「お……お願い?」


「そう。命令じゃありません。私の些細なわがままです」


 女王ははにかんだ笑顔でそう言った。


        *


 女王のお願いというのは、シルヴィアに女王直属の私設兵団の設立というものだった。


 十年前の『血の宣戦』以降、『黒い逆十字』を名乗る集団による犯罪行為は世界中後を絶たない。

 殺し、盗みを始めとして、違法賭博、違法薬物の蔓延。それに伴う治安の悪化。

 挙げ句の果てには『逆十字』の名だけを語りやりたい放題する輩が現れる始末だった。


 『血の宣戦』が起こってから世界中の人間は『逆十字』による報復を非常に恐れた。

 自分が逆らったり、機嫌を損ねるような事をしたせいで自分の住む街や大切な人を奪われるということを恐れている。

 例えそれが虚言だとしても、万が一本当に『逆十字』だったらと考えると、善良な市民はそれだけで動けず、理不尽な略奪に晒されていた。


 もちろん国家としてはそれを見過ごせるわけではない。

 世界中の国では『逆十字』に対抗するための策が立てられていた。


 四大国のスカーディア、エトルリアでは既に、対『逆十字』のための組織が編成されているということだった。


 そしてブリティアも『逆十字』に屈しないため、新しい憲法の立案、騎士団の再編成等が行われていた。


 今回の女王の私設兵団もその一環だという。


「しかし……、なぜ私なのでしょうか?」


「貴女は十年前の『宣戦』によって滅ぼされた街の生き残りですね?」


「……はい」


「……辛いことを思い出させてごめんなさい」


 シルヴィアは『宣戦』の言葉を聞いたとたん纏う雰囲気を変えた。

 明らかにその凛然とした表情が悲痛な面持ちになった。

 女王はそんなシルヴィアのことを労わりつつも話を続けた。


「あれから今年でちょうど十年経ちました。しかし未だにその傷は人々の心に大きな根を張っています。そして、今日こんにちではあなたのように『逆十字』に対して恨みを持つ者が国の未来を担う世代になってきました。だからこそ。あなたのように『血の宣戦』を経た者にこそ立ち向かって欲しいのです。貴女なら実力も申し分ないでしょう? この国の大剣闘舞だいけんとうぶにおいて、並み居る強豪相手に五本の指に入る実力を見せた貴女なら……」


 この国で四年に一度行われる剣と魔法の祭典、それが大剣闘舞だ。


 これはブリティア内の騎士や傭兵、そして魔法使いが一堂に会し自分の実力を示すというものだ。

 この祭典は国の正式な騎士団の人間だけでなく、野良の剣士や傭兵も自由に参加できるというものであり、国からも多額の賞金が出るということで一般からも多くの参加者が出る。


 しかし本来の目的は国がようする騎士団の実力を国民に示し、自分の国の騎士団はこんなに強くて頼れるものなのだと知らしめるのが目的だ。

 そのため騎士団の気合の入り方は尋常ではないし、上位入賞もほとんどが騎士団の役職持ちばかりだった。


 そんな中、昨年行われた大剣闘舞において、当時若干十九歳にして参加者総勢千を超える中で入賞枠がたったの五枠の中に入った少女がいた。


 星の輝きのような美しい銀髪をひるがえし、見るものを魅了するような鮮やかな剣技で参加者を薙ぎ倒した王宮騎士団員。

 余りの美麗さに、観戦した者たちが夜空に浮かぶ天の河だというほどだった。


 それこそがその後『天のミルキーウェイ』と呼ばれることとなるシルヴィア・ヴァレンタインだった。


 シルヴィアは十年前の『血の宣戦』では自分の生家であり、街の一番大きな屋敷のその中で一番強固な地下室の中で自分と屋敷の使用人を含む数人その難を逃れた。

 『宣戦』から数日過ぎ、知らせを聞きやっとの思いで救出に来た王国騎士団によってシルヴィアらは助け出された。


 そして、シルヴィアはそこで初めて自分の生まれ故郷の惨状と大切な両親や知人の死を知った。

 絶望に打ち拉がれたシルヴィアは、『黒い逆十字』を憎み、それらの脅威に晒され絶望する者をこれ以上出さないために、シルヴィアは王宮騎士団になることを決めた。


 そのために立場も身分もそして年相応の女の子の幸せもかなぐり捨てて立派な騎士になるための剣の技、そして知識と教養を学んだ。

 その甲斐あって大剣闘舞で優秀な結果も残せる程になった。


「……はい! わかりました! このシルヴィア・ヴァレンタイン。謹んで拝命いたします!」


 元より女王の命令に逆らえる訳もなく、その上公然と『逆十字』を討つ大義名分まで与えられるわけだ。

 シルヴィアには是非もなかった。


「よかった! 貴女なら受けていただけると思ってました。では、まず最初のお仕事。仲間集めをしていただきましょう」


「仲間……ですか?」


「ええ。シルヴィアさん、貴女自身の目で、貴女が信用できる人材を集めてください。『黒い逆十字』に対抗出来るだけの力を有し、そして『黒い逆十字』から世界を救おうとする強い意志がある方々を」


「そんな……急に。それはやはり王宮騎士団の中からでしょうか……?」


「そんなことはありません。大剣闘舞でも見ましたが、無名の剣士の中にも優れた力を持つ方々が沢山いらっしゃいました。そういった中から選ばれても構いません。貴女が選んだ人材なら、文句はありません」


「なるほど……。かしこまりました」


「そうだわ、いっそのこと国を超えてスカウトしてくるのも面白いですね! 表向きは各地の『逆十字』の被害と復興調査ということにしていろんなところを旅してくるといいわ!」


「は、はい?」


「そうと決まれば早速手配しましょう!」


「え? えええ? えええーーーっ!」


 というわけであれよあれよという間にシルヴィアの転属手続きから、出張の手配までが決まっていき、シルヴィアは半ばヤケクソになって旅に出ることになった。

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