ギルバート 4 ―猛火の中の邂逅―



「よう、坊主。ここは領主様の町でいいんだよな?」


 ヒカリさんと別れて街道に戻って町にの入口に来た時に、少し風変わりな男の人に声をかけられた。

 頭はボサボサで、服もやたら小汚い。


 それだけだったら、ただの旅人だと思っただろうけど、その人の腰に差した年季の入った剣と、その人自身の纏う空気が今まで感じたことがない雰囲気放っていて僕はつい身構えてしまった。


 父様や騎士様たちと訓練を通して触れているおかげで、なんとなくだけど相手がどれくらい強いとか弱いとかわかるようになってきた。

 多分魔素マナとかいろんなものが関係してるんだろうけど。


 改めてその男の人をよく見てみる。

 強いか弱いか、わからない。

 わからないってことが、解る。


 なんだろう、得体が知れないってこういうことなのだろうか?

 普段なら、僕はちゃんと言葉にして説明したんだろうけどその人のことがどうにも怪しくて素っ気なく頷いただけになってしまった。


「そおかい、へへ……。ありがとよぉ、坊主」


 その人はお礼を言って町とは逆方向に歩いて行った。

 ますます怪しい。


 でも僕はそれ以上疑問を持たないで、シャルの待っているヴァレンタイン邸に駆け出した。


 あとからこのことを僕はずっと後悔することになる。

 この時にどうにか出来ていればと。


 でも、結局どうにもならなかっただろう。

 そんな力、この時の僕は持っていなかったんだから。


       *


「うえぇーーーん! 兄様のばかあああああ!」


 僕がシャルのところに戻ってきた時、思った通り、いやそれ以上に大泣きしていた。


 顔をぐしゃぐしゃにして僕に抱きついてわんわん泣いた。

 いつもみたいに髪を梳かすようにシャルの頭を撫でて多少は落ち着いた。


「ギル! 妹を放っておいてどこに行ってたの!」


シャルを必死にあやしているとシルヴィア様が腰に手を当て凄まじい剣幕で仁王立ちをいていた。

 なんてこった、シャルの面倒を押し付けてしまったシルヴィア様もかなり怒ってる。


 謝ろうとして「申し訳……」と言ったところでシルヴィア様の頬が破烈しそうなくらいパンパンになる。


 ああ、一体どうしたら……


「ゴメン、シルヴィア。シャルのこと押し付けちゃって……」


「そんなことはいいの! 私もシャルのことは大好きだから、一緒にいることはいいの。でも! こんなに兄を慕ってる妹を放ったらかしにするなんて、恥ずかしいとは思わないの!? 謝るならシャルに謝りなさい!」


 シルヴィア様がこんな大声を出して怒ることにも驚いたけど、それ以上にシャルの想いを僕は裏切ってしまったということに衝撃を受けた。


 全くの正論だ。何も言い返せない。


 足が竦んでへたりこみそうになったけど、シャルが抱きついていたからそうはならなかった。

 昨日の夜、ふざけたことを考えた僕をぶん殴りたくなった。


「ごめんな、シャル。もうどこにもいかないから」


 もう一度シャルの頭を撫でた。

 そして僕は、一生シャルを守ることを誓った。


       *


「もう! ギルったらほんっとかいしょーなしなんだから!」


「うん、反省してるよ」


 素直にシャルに謝って、シャルも大分落ち着いて僕のことも許してくれたみたいだ。

 だからシルヴィア様も言葉は怒っているけど、さっきみたいな怒ってる感じは無くなっていた。


 今までシルヴィア様はちょっと大人しめの方だと思ってたけど、こんなふうに人を怒るんだな。


 なんだろう、怒られたのに嬉しい。

 変な気持ちだ。


「ホント、お兄様にそっくり! お兄様もお父様の跡を継ぐためって言って私のこと全然構ってくれないんだから!」


 そうか、シルヴィア様は他人事じゃないからあんなに怒ってたんだ。


 領主様であるジョージ・ヴァレンタイン様にはシルヴィア様の他に一人、ロナウド様というご子息がいらっしゃる。


 僕より十歳くらい離れていて、現在はブリティアの首都の大学で修学されている。

 シルヴィア様が言っていたように、将来このロイフォード領の領主となるため頑張っているんだ。


 ロナウド様は僕もあんまり会ったことないけれど、ジョージ様と同じく優しくて頼りになるお方だった。

 僕もゆくゆくはロナウド様をお守りするために働くんだ。


 でも、だからって自分の兄弟を蔑ろにしてはいけないんだな。

 自分の家族も守れない人が何を守れるっていうんだ。


 それに気づかせてくれたシルヴィア様には、感謝してもしきれないな。


「ありがとう、シルヴィア」


「え? ええ!? なななに急に? そんな真面目な顔で。……ばか」


 あれ? お礼言っただけなんだけど、顔を真っ赤にしてそっぽを向かれてしまった。

 でもそんな仕草がとても可愛く見えた。


「あははは」


「ちょっと、なに笑ってるの!?」


 つい口から笑いが漏れてしまって、いつもみたいに頬を膨らませて怒ってくる。


 うーん、もう何をしても可愛く見えてしまう。


「兄様、シルヴィア様。けんかしないで……」


 そんな様子を見て不安になったのか、シャルがまた泣きそうな声で訴えてきた。


「あ……、違うの。喧嘩してるわけじゃないのよ?」


「うん、兄様とシルヴィアは仲良しだから。安心しろシャル」


 僕とシルヴィア様でそう言ったらシャルはすぐに笑顔いっぱいになった。

 なんてこった、ここにも可愛いやつがいるぞ。


 少し和んだところでうっすら警笛が聞こえた。

 確かこれは騎士団の警笛の音だ。


 でも訓練にしては変な時間だし。なんだろう?


 僕の疑問が解決しないうちに、騎士団の人が僕たちのところへ駆け寄ってきた。


「お嬢様! ああ、団長のお子様たちも、ちょうど良かった!」


「騎士様? 何があったんですか?」


 すごい剣幕で駆け寄ってきた騎士様に驚いて僕の影に隠れたシャルを守るように、騎士様にそう聞いた。


「賊です! この町に賊が入りました!」


 賊? こんな昼間に?


 でもそれも含めても変だ。

 こういう時のために騎士様たちは訓練してきたのに、今目の前にいる騎士様は大げさなくらいに慌てている。


「ただの賊ではありません。その数は一個大隊に匹敵する程で、しかも魔法を使える者も多く。既に町の一部は奴らの手で……! とにかくお嬢様たちは地下へ避難してください!」


 大隊? なんだそれ、つまり軍隊が攻めてきたってことじゃないか。


 そんな人数がこんな田舎の町に来たらいくら父様たち近衛騎士団でも……。


 いや! 父様が負けるなんてありえない!


 報告に来てくれた騎士様は僕たちに避難するようにを言ったきり、踵を返して外に戻っていった。

 そしてそのあとすぐ、ヴァレンタイン家の使用人の人たちが来て僕たちを避難させようと連れて行こうとする。


「お嬢様! 早く地下室に! ギルバート様とシャーロット様もお早く!」


 呆気にとられてるシルヴィア様とシャルの手を使用人さんたちが引いていく。

 僕の手にも使用人の人の手が掴まれたけど、僕はそれを振り払って外に駆け出した。


「ギル! どこに行くの?」


「シルヴィアはシャルをお願い! 大丈夫、すぐ戻るから!」


「やああ! 兄様あ!」


 シルヴィア様とシャルの声を無視して走る。


 僕が行って何ができるともわからない。

 そもそも何もできないかもしれない。

 でも放っておけなかったし、家にいる母様のことも心配だった。


「やだ、行かないで! ギルぅーーー!」


 シルヴィア様が泣き出しそうな声で僕を呼んだ。

 あまりにも悲痛な声に耳を塞ぐように僕は街へと駆け出した。


       *


 ヴァレンタイン邸の敷地に出た途端、僕の知ってる町の雰囲気は無くなっていた。

 少し先には真っ黒な煙が上がり、そこら中から悲鳴が聞こえる。


 なんだこれ、なんでこんなことになってるんだ?


 頭の整理が追いつかないまま僕は自分の家に向けて走り出した。

 逆方向に逃げ出す町の人とぶつかりながら死に物狂いで走る。


 でも僕の足はすぐに止まった。


 町の大通りに真っ黒な服を来た連中が町の人を剣で切りつけたり、家に魔法で火を放ったり、無茶苦茶にしていた。


 ひと目で解る。奴らが賊だ。


 僕の胸のところにドロドロして熱いものが流れてくる感覚がする。

 気持ち悪くて、吐き気がする。


 立ち尽くしている僕に気がついた賊が、こちらに歩いてくる。

 その男を見て愕然とした。


 その男は、町の入口で僕に質問してきた怪しい男だった。


「よお、坊主。久しぶりだな、どうした、ボーッとつっ立って? そんなとこにいるとわるーいおじさんにいたずらされちまうぞ?」


 そこで僕は気がついた。

 この男は偵察をしていたんだ。


 こんな飄々とした男にいいように使われたとわかって、とてつもない怒りが僕の中で噴火した。

 そいつは僕が怖がって動けないと思っていたのか、完全に舐めた手つきで僕に斬りかかった。


 ふざけるな、そんな剣筋じゃカインさんも倒せないぞ!


 僕は男の懐に飛び込むように剣を避けて、その勢いのまま鳩尾に思いっきり拳を叩き込んだ。


「ぐほっ……!」


 完全に油断していたのか、一撃で男は腹をおさえて崩れ落ちた。


「んだぁ、ガキ! ぶっ殺されてぇのか!」


 近くにいた賊の仲間のうちの三人が僕に向かって来るのが見えた。


 その時は自分でも驚く程迷いが無かった。

 殴り倒し悶えている男の剣を手に取り向かってくる数人に突撃した。


 この時は無我夢中で気づかなかったけど、僕は無意識のうちに闘気を使っていたみたいだった。

 まるで身体が自分のものじゃないみたいに軽く、相手の動きがスローに見えた。


 でもそんなことに驚くよりも目の前のクソ野郎共をやっつけることしか頭になかった。


 向かってきた男たちが剣を大振りするのを見て防御するより振り上げた腕を切り落としたほうが楽だと思って、正面の奴の腕を切ってひるんだところを思いっきり金的を食らわせ、後ろの怖気づいた二人を通りすぎる時に脇腹を切ってやった。


「がああ! なんだこのガキ、さっきのザコ騎士よりやるぞ!」


 のたうちまわる三人を横目に大通りにいた連中を睨みつける。


「ひっ……!」


 なんだこいつら。

 ちょっと状況が悪くなっただけで、戦意を失いだした。


 こんな奴らが、この町の騎士団を圧倒したのか?


 こんな奴らが、僕の故郷を焼いたのか?


 あまりの怒りで気を失いそうだった。

 ただじゃ済まさない。

 やつら全員斬り殺してやる。


「何をしているんだ、貴様らは……」


 僕が賊に向かって怒りの視線を送っていると、炎の中から冷ややかな声が聞こえた。


「ボ、ボス! いやでも、あのガキ普通じゃないですぜ!」


 これから一歩を踏み出すという時に、炎の中から馬に乗って悠然とボスと呼ばれた男がやってきた。


 そいつは辺にいる賊たちとは見た目からして全然違う。

 真っ白な髪を腰辺りまで伸ばした奴で、一瞬女の人と見間違う程綺麗な顔出しをしていた。


 でもその表情はこんなに轟々と燃え上がる炎とは正反対なくらい冷たく厳しかった。


 あれだけ怒っていたのに、僕が正気に戻るくらい圧倒的な威圧感を放っていた。

 ごくりと唾を飲み込んでボスと呼ばれた男に向かって話しかけた。


「お前がこの町を襲ったのか?」


「そんなことを聞いて何になる?」


「僕が止める。そして、町をこんなふうにしたお前らを皆殺しにしてやるんだ!」


「ほぅ。大層な口を聞くじゃないか、小僧」


 僕の心の底からの憎しみの言葉を、その男はまるでそよ風が吹いたみたいに平気そうな顔をしている。

 まるで相手にしてないんだ。


「き、気をつけてくだせぇ。あのガキ、一瞬のうちに四人やっちまいやがって……」


「ああ、見ていたさ。貴様らがあの小僧にいいようにやられていたのをな。さらにそれに怖気づいたところもな」


「いやでも」


「黙れ」


 あの男が一言吐き捨てるように言っただけで周りの賊は僕に対して抱いた以上の恐怖を感じたようだった。

 中には頭を抱え蹲る奴さえいた。


「なんにせよ、こんな小僧一匹に時間をとっている暇はない。さっさと終わらせる」


 そう言った男は馬に乗ったまま僕に手を伸ばしてきた。


 その時に体中の血が凍ったんじゃないかってくらいの寒気が襲ってきた。


 何か来るっ!


 直感的に思った僕は剣を構えた。


「――」


 男がなにか呟いた。


 そう理解できた瞬間、僕は身体から大量の血を出した。


 右肩口から左脇腹に袈裟斬りにされたような傷を負い、明らかに死ぬとわかる血を噴出させて僕は倒れた。


「ス、スゲェ……。あんな初歩的な魔法なのに何が起こったのかわからねぇ位の速さと威力……」


「これが、バイス様の力……」


「何をしている。さっさと町を焼け」


「は、はい!」


「バイス様、あのガキどうします?」


「捨て置け。何をせずとも、結果は変わらん」


 あの男、バイスって言うんだな。

 覚えたぞ。


 でも、ちくしょう。指一本動かない。


 ちくしょう、ちくしょう……

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