ギルバート 5 ―血の宣戦―
「ギル君! 気がついた? 良かったぁ!」
まどろむ目を開けたら目の前にヒカリさんがいた。
あれ、どういうことだ?
僕は夢を見ていたのだろうか。
いまいち記憶がはっきりしない。
確かヒカリさんから闘気のこと教わって、よくわからないうちに使えてそれで信じてないヒカリさんにジャンプしてみてって言われて、それですごい飛んで。
んん? それで落っこちで気を失ったのかな? 嫌でも確かその後シャルを迎えに行った覚えがあるけど……。
「ホント死んじゃうかと思ったよ! 町が騒がしくなって見に行ったら大変なことになってるし、一瞬ギル君の魔素が爆発して消えたから心配して見に来たらいっぱい血流してたし!」
そうだ、町に戻ってシルヴィア様と話してたら警笛がなったんだ。
それで街の中から炎が上がってて。
「ギル君ゴメンね。なんとか直そうとしたんだけど遅かったみたいで傷が残っちゃって……」
傷?
ヒカリさんの言葉に不思議に思って、上半身に風が当たる感覚がして不意に僕は自分の体を見た。
何故か僕は上半身裸で、そして僕の右肩から左脇腹にかけて生々しい傷跡が付いていた。
その傷を見て、僕の頭の奥から真っ赤な記憶が呼び起こされる。
そうだ、そうだそうだそうだそうだそうだ!
奴らが! 僕の故郷を!
「えっ!? ちょっとギル君!」
ヒカリさんの声も無視してとにかく駆け出した。
ここはヒカリさんといた森だ。くそっ、なんでこんなところに!
とにかく町の様子が見たくて、高台から町を見下ろせる場所まで走った。
そこはすぐに着いた。
そこから見える町を見て僕は頭が真っ白になった。
僕の故郷が、炎の山になっていた。
ヴァレンタイン様が治める、お世辞にも大きいとは言えないけど活気のある、僕の大好きな町が炎に包まれていた。
「う、うわああああああああああ!!!」
現状を理解した瞬間、僕の頭がそれを否定して、それでも目の前の炎は僕の町だという避けられない事実が行ったり来たりして、気がついたら絶叫を上げていた。
「あああああ! 父様! 母様! シャル!」
叫び声を上げながら高台から駆け下りて、町だった炎の塊に飛び込んだ。
*
僕は言葉にならない声を出しながら大通りだった町の通りだったところを走っている。
よく武芸書や、英雄記を買いに来た大きな本屋も。
母様が好きな紅茶の茶葉を売っている喫茶店も。
シャルがいつもショーケースの中のクマのぬいぐるみも見ていた玩具屋も。
全部。全部燃えていた。
「誰か! 誰かいませんか? 誰でもいいから! 返事をしてください!」
明らかに誰もいないってわかっててもそう言いたかった。
もう賊共でもいいから誰かに会いたかった。
「父様……、母様……どこですか? シャル、シルヴィア様助けて……」
僕は僕だと思えないくらい情けないセリフを言っていた。
だんだん走る足に力が入らなくなり、トボトボと歩いていた。
いつの間にか僕はさっきいた大通りまで出てきた。
そしたらゆらゆらと、炎の先に人影が見えた。
僕は嬉しくなって走り出した。
でもその先はとても見て安心できるものじゃなかった。
大通りには、通りの端に柱が立てられ、そこに裸にされた街の人たちが逆さに磔にされていた。
中にはお腹から血を出している人がいっぱいいた。
内臓が飛び出したのかお腹の部分が不自然に凹んでいた。
「うっ、おええええ!」
あまりの惨状にその場で吐いてしまった。
顔からは涙と鼻水が流れ、口の周りは吐き出したものでベタベタになっていた。
「ひどい……。どうしてこんな……」
まるで亡者のように歩き出していた。
目的があるわけじゃないけど、はやくここから逃げ出したかった。
磔にされた人の中には見知った顔がちらほら出てきて、その度また吐きそうになった。
そんな時、少し先に通りの真ん中に一本だけ長い柱が見える。
そこにも人が磔にされていた。
その人は女の人だろうか、逆さになった頭から長い髪がゆらゆら揺れていた。
見たくなんてなかったけど、どうにもその磔の人を確かめたくちゃいけない気がして近くまで歩いていた。
その人は澄んだ金色の髪で、サラサラだったんだろけど自分の血でベタベタに固まっていた。
その白くきめ細かい肌も血で汚れ、炎であちこち焼け爛れていた。
呼吸が早くなる、心臓が異常に脈打つ。
見間違うわけがなかった。
磔にされているのは紛れもなく、母様だった。
「ぎゃああああああああああ!!!」
とうとう我慢できなくなって、僕はまた絶叫した。
母様も他の人と同様に逆さまにされ、お腹を切り開かれて歪な形をしていた。
優しくて穏やかな顔は苦悶の表情に変えられていて、顔の逆さにされた状態で土から血を吐いたせいか口から上が赤黒い仮面を被っているようになっていた。
その姿は、あんなに大好きだった母様なのに、気持ち悪くて仕方なかった。
そんな母様をこれ以上見れなくて、母様だったものに背を向け走り出した。
もう嫌だ。いっそのこと僕もあのまま死んでいたかった。
それでもこの時の僕は知ってか知らずかヴァレンタイン邸の方へ走っていた。
ヴァレンタイン邸の方にはシャルやシルヴィア様たちがいるはず。
助けなきゃって思ったのか、それとも僕が助けて欲しかったのか、もうわからなかった。
大通りを逆に走っていたから遠回りになったけど、やっとの思いでたどり着いていた。
でもヴァレンタイン邸に入ろうとする目の前に横に並べられた机が目に入った。
その机の上には人の頭くらいの大きさの玉が乗っていた。
いや違う。そのままの人間の頭だ。
とうとう僕の心は折れて、その場に膝をついた。
絞り出すように泣く。もはや何故泣いてるかもわからなかった。
そして、本当に見たくないのに、机の上の人の頭を確認してしまう。
嫌な予感がしたから。それを確認して違うと証明したくて。
並べられているのは男の人ばかり、でも全員見覚えがある。
それはそうだ、その人たちはヴァレンタイン様の近衛騎士団の人たちだ。
だからこそ確認したかった。その人がいるか。
いや、その人がいないことを祈った。
でも、やっぱりダメだった。
その人はいた。
その人、ライザック・デイウォーカーは机の真ん中で、いつもの勇ましい顔のままで、頭部だけ鎮座していた。
そのあとは、もう覚えてない。
おもいだしたくない
*
町の外れ。ヒカリは町の周囲を歩いていた。
先日出会った自分好みの少年がこの大火に飛び込んでしまい、探そうと近くまで来たものの、火の勢いに尻込みしていた。
「ギル君……。お願い、早く出てきて……」
切実な呟きも火の勢いに焼かれていく。
ヒカリも半ば諦めていたその時。
「……っ! ギル君!」
少し離れた先、絶え絶えの足取りでギルバートが炎の中から現れた。
そして力尽きその場で倒れた。
ヒカリが駆け寄りギルバートの傷を確認したが軽い火傷以外目立った外傷はなかった。
「ギル君、ここにいちゃ危ないよ! もっと離れないとここもすぐに火の手が……」
「許さない……」
「ギル君……?」
ヒカリの存在など気にもせず、ギルバートは何かを呟く。
「許さない、許さないっ……! あいつら! あいつら! ちくしょうちくしょうちくしょう! あいつらよくも父様を、母様を、町を焼きやがって! 殺してやる殺してやる殺してやる……!」
ギルバートは聞くに堪えない呪いの言葉を絞り出すように呟いた。
まるで恨みの相手に爪を突き立てるように、ギルバートは倒れ込んだ地面を引っ掻く。
堅い石に爪が剥がれても、何度も何度も指を突きたて地面はギルバートの描く意味のない赤黒い線を刻む。
ほんの数時間前に目を輝かせて純粋に剣の道を志していた少年とは思えないほど、その表情は怒りに塗りつぶされ、素直に思ったことを喋る口からは聞くに耐えない憎悪の言葉を吐き出していた。
目も当てられず、ヒカリもどうにか励まそうとしても言葉が出ない。
この炎の中がどういった状況になっているかはわからない。
しかしギルバートの口ぶりから、どんな惨劇が行われたかというのは想像に難くない。
自分の故郷と両親が殺されたというのになんと声をかけられるか。
それは経験したものにしかわからない痛みだ。
それでもギルバートのことを放って置けずギルバートの体に手を伸ばすと、ギルバートはそれを掴みヒカリを真っ直ぐだが果てしない闇を抱えた瞳で撃ち抜く。
「ヒカリさん。僕には魔法の才能があるんですよね? お願いです僕に戦う力をください。どんなに時間が掛かろうとも、どんなに辛くても、僕は僕の大切なものを踏みにじった奴らを許せない! 絶対に復讐してやる……!」
本来ならそんなことを言われても、さしものヒカリでも首を縦には振れなかった。
しかし、今ギルバートのその願いを断ったりでもしたら、ギルバートは壊れてしまうかもしれない。
その危うさを考えたら、ダメだとは言えなかった。
そして、自分自身の目的の為にも。
「うん、いいよギル君。君が望むならなんでもあげる。戦い方でも魔法でもなんでも。私が君を強くしてあげる。だから――」
こうしてヒカリとギルバートとの間に一つの契約が交わされた。
*
大陸歴048年11月11日。
この日世界中で『黒い逆十字』と呼ばれる集団による、同時多発的大量虐殺が行われた。
彼らはこれを宣戦布告と称した。彼らの世界に対する宣戦布告。
いずれ、この日は『血の宣戦』と呼ばれるようになる。ギルバートがそれを知るのは少し先だった。
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