ギルバート 3 ―闘気と才能―



「君はとんでもない奴だな。ギル君……、おそろしい子!」


 昨日考えたと通りヴァレンタイン邸に行って、シャルとシルヴィア様が仲良く話しているのを見て僕は颯爽とヴァレンタイン邸を抜け出しヒカリさんが待つ森まで駆けてきた。


 それでヒカリさんにひと通り今日これまでのことを説明したらそんなことを言われた。


「とにかく、約束通り教えてください。魔素マナの多さと剣の強さの秘密を!」


「ああ、うん。その事なんだけど……。ギル君、やっぱり心は決まってる? 魔法は全然興味なし?」


 ヒカリさんは名残惜しそうに、昨日も言われたことをまた言ってきた。


 うーん。別に興味が全く無いわけじゃないんだけどなぁ。

 それよりも剣士として強くなりたいって気持ちか強いから、ここは一応はっきり言ったほうがいいのかな?


「はい! とにかく僕は早く父様に追いつきたいんです! 魔法はとりあえず置いておいてください」


「うん、わかった! そこまで言われたら私ももうなにも言わない。とにかくギルくんが強くなるために、一肌脱いじゃうゼッ!」


 ヒカリさんは舌をペロっと出して親指を僕に向かって突き立ててきた。


 よくわからないけど、ヒカリさん気合十分だ。

 僕も負けないようにしないと!


「はい! よろしくお願いします!」


「……ノーリアクションってのは流石に傷つくゼ……」


 あれ? なんか僕、また間違えちゃったかな?

 まあ、いいか。


「このことは確か正式に軍隊とか入隊したり、騎士になったら教わることらしいんだけどね。魔素マナって魔法の素になるだけじゃなくて、人間の体そのものを強化する力があるの。普段、魔素は血管みたいに体中を流れてて、体の中の魔素マナをコントロールして魔力に変換して魔法としてこの世に発生させるの。その魔素マナコントロールを応用して自分の体、細かく言うと細胞一つ一つを魔素マナで覆って肉体の限界を底上げすることができるの。その肉体強化法を俗に“闘気とうき”って言うんだ」


 闘気。そういえば近衛騎士団の騎士様たちがそんな言葉を言っていたのを聞いたことがある。


――闘気が切れかかってるぞ!


――もっと闘気を纏わせろ!


 とかなんとか、騎士様たちが訓練中に言い合っていた。


 なるほど闘気ってそういうことだったんだ。

 つまり、誰もが持ってる魔素マナを使えば闘気を纏って強くなるってことなのかな?


 あれ? でもそんなものがあるなら、なんで今まで教えてくれなかったんだろう?


 公開訓練の時は闘気の使い方どころか、闘気って言葉自体聞いたことがない。


「それはね、闘気は強いけどそれを覚えちゃったらわざわざ体を鍛える必要がないじゃん! って思う人がいるからなんだって」


 ヒカリさんが言うことはつまりこうだ。


 闘気っていうのは、あくまで本人の肉体っていう土台があってこそすごい力を出せるってことらしい。


 特に体を鍛えてない人でも闘気さえ纏うことができれば、子供でも大人に力比べで勝てることができてしまうらしい。


 しかし普段から身体を鍛えてる人がその上で闘気を纏うと、もうそれだけで誰も手がつけられないくらいの力を発揮するらしい。


 つまりは、闘気って掛け算なんだ。


 自分の体の強さかける闘気の強さイコール本人の強さってことだ。


 なるほど、下手に闘気のことだけ覚えてしまって、魔素マナの多い人が闘気の強さにあぐらをかいていたら、もうそこでわざわざ身体を鍛えることはやめてしまうかもしれない。


 だから既にある程度身体を鍛えた上で剣士や騎士になった人にそこでやっと闘気が教えてもらえるんだ。


 そう考えたら納得できる。

 うんよくできてるな。


「それだけじゃないんだよ。闘気を纏うだけの魔素マナコントロールってかなり難しいんだ。才能っていうかセンス? が必要でさ。不器用な人だとうっすら纏うことができるようになるまで数年とかかかるらしいの。だから闘気を纏うのに一生懸命になってたら、身体を鍛えるのがおろそかになっちゃうでしょ?」


 確かに、強くなるためといって、すぐに使い物になるかわからない物のために時間を取ってしまったらそれこそ本末転倒というやつだ。


 そう考えたら、闘気って本当によくできてる。

 簡単に強くはなれない。日々の努力の結晶って感じだ。


「本当はギル君くらいにこのことを教えるのは早いとは思うんだけど、その異常なくらいの魔素マナ量を闘気として纏えれば、多分剣士としては最強クラスになれると思う」


 なんと! そんなことがありえるのだろうか!


「じゃあ、ヒカリさん! その闘気の使い方を教えてもらえますか?」


 僕は逸る気持ちが抑えきれなくてヒカリさんに詰め寄った。


 そしたら目の前が真っ暗になった。


 え? なに? どういうこと?

 何も見えない、っていうか息ができない。


 なんだか顔が柔らかいものに押し付けられてるってことが遅れてわかった。

 なんだかこの感覚知ってるような気がする。


 なんというか懐かしいような安心するような。


 そしてやっとわかった。

 この感じ、おっぱいだ。


 僕は何故かヒカリさんのおっぱいに顔を埋められていた。


「ちょ! ちょっと何するんですか!」


「あ……ゴメン。目の前にカワイイショタがいたから……」


 急いでヒカリさんの拘束を振りほどいて距離を取ったら、またわけのわからないことを言い出した。

 しかもなんだか目が虚ろで薄ら笑いしてて凄く恐かった。


「いいから早く教えてください……」


 いい加減ヒカリさんにイライラしてきた。

 できるだけ怒ってる感じを出さないようにヒカリさんを諌めた。


 僕、もしかしたら初めて人に対してイライラしてるかもしれない……。


「はい、スミマセン……。まあそうは言っても、闘気ってけっこう感覚的なものだから、理屈で教えようがないんだよね。でもコツとかきっかけくらいなら教えられる」


 そう言ってヒカリさんが人差し指を立てる。


「熟練の魔法使いや剣士は、自分の体の中の魔素マナをちゃんと感じて、それをコントロールできるんだ。でもそれを感じることが難しいの。」


 次にヒカリさんは立てた指を僕の額に置いた。

 指でさされたところがじんわりあったかい。


「だから、これがきっかけ。私が今からギル君の中の魔素を少し動かしてみるね」


 ヒカリさんの言ってることは随分とざっくりしていて、いまいちピンと来なかった。

 けど、ヒカリさんの言葉が終わった途端に身体がどんどん熱くなる。


 心臓がドキドキして、体の中で何かがぐるぐる回っている感覚がしてきた。


「どう、ギル君? どんな感じ?」


「はい、なんだか身体の中で熱いものが全体に回っている感じです」


「うん、その熱いのが魔素《マナ》だよ。集中して、その感覚を忘れないで」


 ヒカリさんの指が離れても僕の体に巡る魔素マナの感覚は残っていた。

 だんだんぐるぐる回っていたモノの動きがゆっくりと、そして薄くなってきそうだったから、慌てて元に戻そうと試みてみた。


 案外簡単にそれは元に戻って、さっきみたいに体中をぐるぐる回ってる。

 これが魔素マナをコントロールするってことなのかな。


「じゃあ身体の魔素マナが動いているうちに、身体全体に広がるようにイメージしてみて? そして身体の細胞ひとつひとつに魔素マナを覆いかぶせるようにイメージするの。それが闘気を纏うってイメージになるから」


 身体全体……。


 僕は身体の中の魔素の動きを止めて、言われた通り身体中に行き渡るようにイメージする。

 だんだん身体中がポカポカしてきた。


 ……これでいいのかな?


「まぁ、そんなこといきなりポンポン言われても困るよねー。アハハハハ。もう魔素マナの感覚切れちゃったでしょ?」


「え? 言われた通りしましたけど……?」


「またまたぁ。そんな強がんなくていいんだよ? いくらきっかけを作ってあげてもちゃんとコントロールできるのに何年も掛かるって言ったじゃん! 負けず嫌いだなぁ、ギル君は! そこもカワイイけどー!」


 なんかやたら元気だな。

 もしかして気を使ってるとか?


「いえ、ちゃんとできてますよ? 身体中に広がるようにイメージして、なんか体が熱くなってきました」


「いやいや、嘘でしょ? やだなーギル君。流石におねぇさんをからかうのはよくないよー。ハハハハハハー」


 何が何でも信じてくれない。


 ちょっとムカついてきた。

 こっちはできてるっていうのに。


 魔素マナの熱さと相まって身体中がかなり熱い。




「……え、マジで? ホントにできてるの?」


「だからそう言ってるじゃないですか!」


 つい大きい声を出してしまったけど、本当にヒカリさんは信じられないと言った感じだった。


「ギル君、ちょっとジャンプしてみて?」


 そしたら急にヒカリさんがそんなことを言ってみた。

 とりあえず言われた通りその場で飛んでみた。


 そして気づくと、僕の身体は大空に放り出されていた。


「……え?」


 だけど実際には、僕がいた森の木々を飛び抜けただけだった。

 そうは言っても森の木は十メートルはある立派な木だし、町を見渡せる場所にある森を飛び抜けたものだから余計に高く感じた。


「う、うわああああああ!」


 一瞬の浮遊感が過ぎ去り、引力に従って僕は落下した。


 まずい、死ぬ!


 突然襲いかかってきた死のイメージに僕は絶叫をあげた。

 森の枝をぶち抜き、さっきいた場所から少しそれた場所に、僕は抵抗できないまま激突してしまった。


「ギル君! 大丈夫!?」


 僕が地面に横たわってるところにヒカリさんが切羽詰った声で駆け寄ってきた。

 僕は唖然としたまま動けなかった。


「しっかりして! どこも怪我無い?」


「はい……なんともないです」


「なんともって……! あんなとこから落ちたんだよ!?」


「そうなんです。どうしてでしょう、どこも痛くありません」


 そう、怪我どころか、どこも痛くなかった。


 ありえない。

 いくらなんでも森の大きな木より高いところから落ちたんだから怪我どころじゃすまない。

 いや、そもそも僕はなんであんなところにいたんだ?


「そっかー、無事ならいいよ〜。でもギル君、あんな思いっきりジャンプしなくていいんだよ? ちゃんと闘気が纏えてるかの確認だったんだから」


「いえ? 僕も軽く飛んだつもりだったんですが……」


 軽くどころか、跳ねるくらいの気持ちで飛んだんだけど。


 つまりこれが闘気の力ってことなんだ。

 もしあそこで本気でジャンプしてたらどうなってたんだろう。


「……ギル君、君ホントなんなの? そんな化物みたいな魔素マナの量持ってて、しかもちょっと聞いただけで魔素のコントロールまで体得しちゃって……」


 ヒカリさんも驚いている、というより怖がってるようだ。


 そんな顔しないで欲しい。

 僕も戸惑ってるのだから。


「なんということだ。私はとんでもない化物を生み出してしまったのかもしれない……。スミマセン、つい好みのショタだったから、手とり足取りナニ取り教えたかっただけなんです……」


 ついにはヒカリさんは天を見上げてブツブツとうわ言を呟いている。


 どうしよう、どんな状況だこれ……。


       *


「よくやったぞ、ギル君よ。お主に教えることはもう何もない」


 お互いに落ち着いて、話を戻そうとした時ヒカリさんがやたら古臭い喋り方で、物語に出てくる剣の師匠みたいなこと言ってきた。


「いえ、僕は貴方から認めてもらえるほどの何かを成し遂げた覚えはありません」


「ノリ悪いなー、そんなんじゃ大きくなった時困るよ?」


 そうなの? そういうものなのかな?


「でもねー、闘気どころか、魔素マナのコントロールだってすぐにできるとは思わなかったからさー。やっぱ魔法使い向きだよ、ギル君」


 ヒカリさんはまたしてもそう言ってくる。

 でもそれだけ僕に魔法を使う素質があるってことなんだろう。


 でも、それはそれで悪い気はしない。

 これからは魔法の勉強もしてみるのも悪くないかな。


「そうですね、ゆくゆくはいろんな魔法も使ってみたいと思ってきました。でも、やっぱり僕は父様の跡を継ぎたいので。それに今のはヒカリさんが助けてくれたからできただけです」


 実際、僕は自分の体の中の魔素マナを感じることはできるけど、自分の意思で動かしたりはもう上手く出来ない。


 不思議だ、ちゃんと感じるのにさっきよりぼんやりとしていて、ちゃんと意識しないと認識できない。


「もー、謙遜なんかしちゃってー! ホントにすごい事なんだから、素直に喜んでいいんだよ?」


 そう言って僕を撫でてくれる。

 あまりこんなふうに褒められることがないからやっぱり恥ずかしい。


 この年になると父様も母様もシャルみたいに頭を撫でてくれることもないから。


 あ、そうだ。シャルのことを忘れていた。


 ここに来て結構時間が経ったし、ずっと僕がいないとそれはそれでシャルは泣き出してしまうかもしれない。

 そうなってしまったら面倒を見てもらってるシルヴィア様に申し訳ない。


「すみません、ヒカリさん。もっといろいろ教えてもらいたいのですが、妹のことが心配なので……」


「ん、そう? まあ、そうは言ってもホントに教えることも特に無いんだけどね」


「それでも、ヒカリさんとはもっとお話したいのでまた来ます」


「うん、ありがとね。ホントに君は私の好みのタイプだなー!」


 さすがにもうわかった。

 僕を抱きしめてこようとしてきたので僕はサッと後ろに身体を引いた。

 そしてその勢いのままヒカリさんに背を向けて走り出した。


「では、ヒカリさんまた明日来ます!」


 ヒカリさんは僕に逃げられてガックリしてたけど、僕が手を振ったら嬉しそうに振り返してくれた。


 ヒカリさんは変な人だけど、いい人だし今まで話してきた人とは違ったタイプで面白かった。

 また明日会うのが楽しみだった。

 でも、僕が望んだ明日なんて来なかった。


 僕はこの日のことを、一生忘れない――。

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