ギルバート 2 ―ギルくんの憂鬱―
「んっほおぉぉぉう……。ええのう、ええのう。本物のショタはええのう。ぐへへへへ。」
……一体何だろう、この状況は。
どうしてこうなった?
僕が正気を取り戻した時には、僕は黒髪のお姉さんの膝の上で座らさられ、全身を撫でくりまわされていた。
「黒髪ツンツン、赤い瞳にツリ目、そして凛々しいお顔! はあぁぁぁぁ、可愛いよう。尊いよおぅ。うぅ、ううう~……」
とうとう泣き出した!
どういう事なんだ、訳がわからない。
子供が好きなのか?
それにしてはなんだか度が過ぎている。
そして何より、なんで僕はいいようにされているんだ。
この人のことは全く知らない。
悪い人ではなさそうだけど、だからといって見ず知らずの人にこんな全身を撫でくりまわされるのは、とりあえず良くない気がする。
良くない気はするんだけど、どうにも変だ。
このお姉さんにこうされているのが悪い気がしない。
いや、気持ちがいいとはいえない。
むしろちょっと気持ちが悪い。
それでも逃げたいとは思えない。
根拠はないけど、僕はこの人を信頼してしまったみたいだ。
どうしてだろう?
「あの、お姉さん。ちょっといいですか?」
それでもこのままいいようにされてたら永久におもちゃにされてしまうと思って、お姉さんに意を決して話しかけてみた。
「えっ!? なになに? おねぇさんに質問? なんでも聞いて!」
声をかけた瞬間、お姉さんは飛び上がるような声を出した。
うん、聞きたいことは、というか言いたいことは山ほどあるんだけど。
「とりあえず、膝から降ろしてくれませんか?」
「えー……せっかくこんなクオリティ高いショタっ子と触れ合えてるのにぃ〜。ねっ! もちょっとだけ!」
すごい、言葉は通じるのに言っている意味が全くわからない。
こんな人初めてだ。
いいかげん時間の無駄になりそうだったから、無理矢理お姉さんの手を振りほどき膝から飛び降りた。
お姉さんが名残惜しそうに「あぁっ!」と言っていけど流石にこれ以上はちょっと恥ずかしくなってきた。
「あの、失礼ですがお姉さんはどちら様でしょう? このあたりでは見ませんし、外国の方でしょうか?」
「え? ああ、私? うーん……まぁこの国の人ではないねぇ……」
なんだかハッキリしない言い方だな。
あんまり聞かれたくないのかな?
「じゃあ、お名前は?」
「あ、名前? 私はヒカリって言うんだ。よろしくね」
ヒカリさんはそう言って手を差し出した。
握手かな?
とりあえず僕は手を出して握手に応じた。
「はい、よろしくお願いします。僕はこのロイフォード領領主付きの近衛師団長ライザック・デイウォーカーの息子、ギルバート・デイウォーカーと言います」
「そっかぁ、ギル君かぁ。カッコイイ名前だね!」
さらりとヒカリさんは僕を『ギル君』と略称で呼んできた。
でも満面の笑みでそう言われては文句も言えないし、からかっているようにも見えない。
それに素直に名前を褒められて嬉しかった。
「ヒカリさんはどうしてここに? 街道からも逸れていますし、お腹が空いたなら街に宿も食事処もありますよ?」
「ん? んー、お腹はすいてるんだけど、今お金無いしー……」
やっぱり何か理由でもあるんだろうか、どうしても煮え切らない反応だ。
「でも、そうなると野宿ってことですか? それでも今は暖かいとは言え、風邪をひいてしまいそうですが……」
「んー? 心配してくれるの? 優しいーなー、ギル君は!」
ヒカリさんは誤魔化すように僕を抱き寄せて頭を撫でてきた。
どうにも恥ずかしさはあっても、嫌という気持ちが無い。
不思議な感覚だ。
「大丈夫だよ、私は野宿は慣れてるからね」
なんだか寂しそうにそう呟いていた。
僕の家に呼ぼうとも思ったけど、いきなり家に呼んだら皆びっくりするだろうし、見ず知らずの人を家に泊めるとなるとなんて言ったらいいかわからない。
流石に今日会ったばかりの人を、お金がなくて泊まる宿がないから泊めてあげてって言って泊めてくれる人はいないだろうなぁ。
「本当に優しいね、君がそこまで悩まなくていいんだよ」
そんな僕の考えを読んだように、ヒカリさんが困ったように微笑んで僕の頭を撫でた。
「その代わりに、おねぇさんの話し相手になってよ。ずっと一人だったから退屈でさ!」
そう言ってヒカリさんはまた笑った。
その笑顔がなんだかシルヴィア様と被って、僕はドキッとした。
どうも僕はそういう笑顔に弱いみたいだ。
それから僕はしばらくヒカリさんと他愛のない話をした。
僕の好きなものとか、剣の修行をしていること、騎士である父様のこと、将来は父様のように立派な騎士になってこのロイフォード領を守りたいってこと。
ほとんど僕が喋ってばかりだったけど、ヒカリさんは楽しそうに聞いてくれていた。
「そっかぁ、じゃあ将来はお父さんと同んなじで騎士団長になるのが夢なんだね」
「はい! 父様は一介の近衛騎士ですが、剣の腕前はこの国でも五本の指に入るほどだと領主様も仰ってたんです! だからそんな父様の名前に泥を塗らないためにも僕はもっともっと強くなりたいんです!」
僕は胸を張って意気込んだ。
でもヒカリさんはなんだか複雑そうな顔をして唸っていた。
「んー、騎士かぁ。あぁ、ゴメン! バカにしてるわけじゃないんだよ? すごい頑張ってるみたいだし、将来はきっといい剣士になれると思う! でも、もったいないなぁ……」
もったいない?
ヒカリさんは何を言ってるんだろう。
「えーっとね、ギル君。なんというか私は、相手が何が合ってるかとか何が得意かっていうのが解る能力というか、特技があるんだ」
「えっ! そうなんですか!? ……ということは僕は騎士の才能がないんでしょうか……?」
どうしよう、生きてきた中で一番のショックだ……。
「ああ、ゴメンね! 違うの、そうじゃないの!」
「あ、そうなんですか」
何だ良かった、びっくりした。
「ん? あれ? そんなすんなり信じちゃうんだ?」
ヒカリさんが戸惑ったような顔をしている。
どうしたらいいんだろうか?
「嘘だったんですか?」
「いやいや! もちろん嘘吐いたわけじゃないよ! ショタに誓って真実さ!」
「だったら、いいじゃないですか。母様にも、人から信じて欲しかったら、まず自分から信じなさいと言われているので」
「そっか……。うん、良いお母さんだね……」
確かに母様は素敵な人だ。
でもよくわからないけど、今度はヒカリさんは疲れたような顔をしている。
忙しい人だな。
「あのね、別にギル君に剣を使う才能がないっていうことじゃないの。ただ、それ以上に君は魔法の才能があるんじゃないかなーって思ってさ」
魔法?
それは考えたこともなかった。
魔法は今の時代は基礎くらいなら誰でも習うし、近衛騎士団でも魔法を使う人だっていっぱいいる。
僕も火を灯すくらいならできる。
でも、魔法使いどころか、僕が魔法を使うということ自体考えがなかった。
今は剣の修行で手一杯だし、父様も魔法は一切使わないけど強い。
目標である父様がそうであるから、僕も剣で強くなることだけしか頭になかった。
だから、ヒカリさんにそう言われたところでピンと来なかった。
「はぁ……、そうなんですか?」
「うん、今の時代は基礎魔法学がしっかり広まってるからギル君も大体知ってるよね? 人は体内で
確かにそんなことを学んだような気がする。
個人で作り出せる
自分がどれだけ魔素を蓄えられるか、どんな魔法を使えるか、個人で大きく差が出る。
……だったかな? 正直あんまり興味がなかったから覚えてない。
僕が頭を傾げているのを見てか、ヒカリさんは苦笑いしながら話を続けた。
「あのね、
ヤバイ? なんか随分とざっくりした表現で言われたなぁ。
「ヤバイって……。つまりは全然ダメってことですか?」
「いやいやいや! むしろ逆! ギル君の魔素量はそこら辺にいる魔法使いの何倍もあるんだよ! てゆーかこんな量持ってる人、世界でも何人もいないよ!」
「……はぁ」
ヒカリさんは随分と興奮していらっしゃる。
そうか、僕は魔素量が多いのか。
でもそんなこと言われても別に僕は魔法使いになりたいわけじゃないから、いまいち喜べない。
「……君は事の重大さを理解していないようだね」
なんかヒカリさんの雰囲気が変わって深刻そうな顔つきになった。
そうは言われても困ってしまう。
「はぁ、でもそうだね。結局は本人の気持ち次第だからね、私がとやかく言える問題じゃないし。ギル君はまだ子供だもんね」
僕が黙っているうちに、ヒカリさんの中で解決してしまったらしい。
そう言われるとちょっとだけ悪いことした気分になってしまう。
「それに
「そうなんですか! それなら僕、騎士として素質があると言えますね!」
そうだ、そういうことなら話は別だ。
そんなことを言われては聞き捨てられない。
「おおう……、わかりやすい奴だな、キミわ」
「ヒカリさん、教えてください!
「え! マジでッ!? よっしゃあっ!!! ありがとうございます!!!!!」
あれ? なんか僕とんでもない失言をしたような気がする。
ヒカリさんはうっとりを通り越しただらし無い顔をして、涎を垂らしながら、「じゃあ私のことをおねえちゃんって呼んでもらうことも……?いやもっと踏み込んで、私と添い寝……。いやいやいや! ダメだダメだ! 直接手を出すなんて真のショタコンとしてあるまじき行為……」とかなんとか言っていた。
自分の発言に後悔していると、町の方から鐘の音が聞こえた。
多分、教会の鐘だ、もうそんな時間なのか。
「すみません、聞きたいことはいっぱいあるんですが、もう帰らないと……」
失言したとは思うけど、だからといって強くなるチャンスを逃したいとは思わない。
でもこんな時間になっているとは思いもしなかった。
辺りを見回したら結構薄暗くなってる。
流石に帰らないと家族に心配をかけてしまう。
「んえっ? ああ、そう? うん、そうだね。ひとまず今日は帰ったほうがいいね。大丈夫、私しばらくここをうろうろしてるから」
僕の声でヒカリさんも正気に戻ったみたいだ。
「はい。では、また明日!」
そうして明日またここで会う約束をして僕は家へと帰るため、街道へと戻ってきた。
*
「ただいま戻りました」
この町は領主が治める町とは言ってもそんなに広いわけではないから、僕の家であるデイウォーカー邸にはすぐ帰ってこれた。
流石に使用人にはちょっと小言を言われてしまった。
次はちゃんと時間を気にしておかないと。
「兄様! おかえりなさい!」
僕が使用人の小言から解放されたら、妹のシャーロットが抱きついてきた。
「兄様、すぐ帰ってくるって言ったのにぃ……」
「ごめん、ただいまシャル。ちょっと修行に熱が入っちゃってな」
そう言ってシャルの金色の髪を撫でる。
シャルは僕より五つ年下だからまだまだ甘えん坊なのはわかるけど、そろそろ兄離れして欲しいところだ。
でもシャルが不満そうに頬を膨らませているのが可愛くてついつい甘やかしてしまう。
僕も妹離れしなといけないな。
そういえばこの表情、シルヴィア様に似ているな。
「ギル? 帰ったの?」
「母様。只今戻りました。遅くなってすみません」
シャルをあやしていると奥から母様がやってきた。
相変わらず綺麗な金色の髪だ。
そういえばヒカリさんの髪を綺麗だって思ったけど、それは母様の髪みたいに細くてサラサラだったからなのかもしれない。
「いいのよ、きっと剣のお稽古に夢中だったんでしょう? お父様を目指してるのだからそれくらい一生懸命なくらいがちょうどいいわ」
そう言って母様は褒めてくれた。
それだけでやる気が湧いてくる。さすが母様だ。
「さあ、ギル。夕食の前に着替えてらっしゃい。シャルもそろそろ離れなさい、兄様が動けないわ」
母様が優しく言いながらシャルを僕から離してくれた。
その時にシャルが「いやぁ〜……」って言っててちょっとかわいそうになった。
でも今日はいろいろあったし、服も少し汚れているから着替えたかったから、シャルを母様に任せて着替えに行く。
*
「兄様、明日はお暇ですか?」
食事が終わって、談話室で本を読んでたらシャルがちょっとだけ泣きそうな顔でそう言ってきた。
シャルがこの顔をしてこういう時は大体かまって欲しい時だ。
でもどうしよう。
明日はヒカリさんのところへ行って話を聞く予定だったからシャルにかまってられない。
けどこういう時に間違って「予定がある」なんて言った日には絶対シャルは大泣きする。
かといってこうして黙っててもいつかは泣き出してしまう。
シャルの相手は一日がかりのつもりじゃないといけないし……。
とそこで、あることを思いついた。
「ああ、明日は父様たちの訓練を見学したあと、シルヴィア様のところへ挨拶に行こうと思ってたんだ。シャル、お前も来るか?」
「シルヴィア様に会えるんですか? はいっ、行きます!」
よし、計画通り。
騎士様たちに稽古を付けてもらうには公開訓練だけだけど、僕は父様の息子ということで、日々の騎士様たちの訓練はいつでも見学できる。
ヴァレンタイン邸には問題なく入れるだろう。
そしてシャルはシルヴィア様のことが大好きだし、逆にシルヴィア様もそうだ。
シャルがシルヴィア様と遊んでいるうちにちょこっと抜け出してヒカリさんの所に行こう。
あとでちゃんと迎えに行けば大丈夫だろう。
ちょっと自分でも心が痛まないでもないけど、もともとの約束もあったし、しょうがない。
「母様! 明日シャルは兄様とお出かけします!」
シャルがくるくる回りながら、ソファで寛いでいる母様のもとへ報告に行く。
「良かったわね。くれぐれもシルヴィア様にご迷惑がかからないようにね」
母様はシャルを抱き抱え膝の上にのせながらそう言った。
シャルはたいそう満足そうだ。
「ところで、ギル? 貴方まだシルヴィア様相手にそんな畏まった言い方をしているの?」
ん? 急にそんなことを言われても、どういうことだろう?
「それはもちろん、領主様のご息女ですから。それに母様もそうじゃないですか」
「私はそうよ? でもギルは直々に許されてるんだし、将来のために慣れておいたほうがいいんじゃない?」
何やら母様は含みのある言い方をしてきた。
将来がどうとかって、前にシルヴィア様もそんなことを言っていたような気がするけど、一体何なんなんだろう?
シャルもよくわかっていないようで、母様の膝の上で可愛らしく首を傾げていた。
とにかく、明日の予定は決まった。
とりあえず明日に備えて今日は早くベッドに入ることにした。
だけど僕はヒカリさんから教えてもらう事の想像でなかなか寝付けなかった。
早く明日にならないかな……
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