02-刹那



あれから、一週間が経ちました。

御主人様─ごうさん(御主人様と呼ぶと、怒られます)は、片腕を失って久しいというのに一向にお医者も呼ばず、ふらりと一度出掛けたかと想うと戻った時には完全に肩口から腕を切り離されてしまわれて、ゆったりと何事も無かったかのように過ごされています。

流石に気にするなと仰られても自分の所為には変わりなく、たまらず「残っていた部分はどうしたのですか」、と聞けば

「ほら、良ければお前にあげる」と肉は剥がされすっかり漂白された丸々腕一本の骨を無造作に寄越されました。


別段、そういった劫さんの心遣いに対して嫌悪などはありません。

けれど、自分自身は未だに戸惑っているのです。


─最期。あの時、元々病弱であった私は窓際でいつものように、木漏れ日に身を預けながら本を読んでいたはずでした。

ところがあの日、いつも留守を守ってくれている小姓が呼び出しに応じ数時間だけ屋敷を空けたあの時。

確かに誰かに私はくびり殺され、次に目覚めたときはもうあの座棺で座禅を組んでいたのです。

何故、自分が目覚めたのかは解りません。頸にはしっかりと誰ぞの指の痕がくっきりと残り、気道を遮断され遠退く意識の中で骨身に感じた、相手の狂気と窒息の恐怖。

思い出せば自然と震えがくるほどの最期であったはずなのに、蘇ってしまった自分に。


「お前は、私に逢うために蘇ってくれたんだ。何も、厭なことなど思い出さなくていい」


劫さんは、混乱し当時の暴漢と錯覚しカニヴァリズムを働いた私にそう、優しく宥めて下さいました。

最初こそこんな無体を働いたばかりか初対面、ひいては奇怪な黄泉還りを起こした私に岡惚れをしたと仰る劫さんの意図が解らず身を引くばかりでしたが、この数日は、少しだけ。ほんの少しだけ、劫さんの心に触れた気がしました。

この腕もそうです。

劫さんは、良ければあげる、なんて言い方をしましたが、意図はなんとなく汲み取れました。

私が、少なからず血肉を喰らった事。

そしてそれを、私が酷く恐れ怯えていることを。劫さんは、それを解っていて、下さったのでしょう。

私が、それを戒めと出来るように。ほんの少しの、独占欲を乗せて。


──私も、自分が狡いことをしていることは解っています。

彼の気持ちに線を引いて、初な素知らぬ顔で懐に寄りかかっている。

これはもしかしたら、世間で言う”恋“と同義なのかもしれないけれど、私にも、劫さんにも、それを確かめる術はありません。

一つだけわかっているのは、

屋敷という檻で病弱という鍵を掛けられ甘んじて飼われていた自分。

受け入れている癖に、外界を羨み外を知る人達を嫉む自分。

清廉を装って、獣をただ押さえ込んでいるだけなのかもしれない自分を今、このとき。

受け入れて、再び飼い慣らしてくれるのは劫さんだけなのだと。


だから、私は言います。

この見えぬ首輪の先の、荊のような手綱の先を、彼の手へと確りと結び付けるように。

刹那の永劫を剥き出しの白腕に夢見るように。



「──大事に、大事に、いたします──」




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