状態:死霊術師見習い見習い

第二話:分類の話

「さぁ、セリナ様。起きてくださいませ。夜が始まりましたよ」

老婆特有の優しい声でミセス・グレースは私を起こす。


 眠い。でも起きなきゃ。ノワール様の指定した時間までに行かなければ「予定が狂った」と言って相手にしてくれなくなる。


「朝食の準備が整っておりますよ」


 ミスター・グレースも老父特有の優しい声で私に呼びかける。大概の年寄りは優しい声をしているものだ。


 私がキッチンに着くと、そこには簡単な朝食が置いてあった。朝食?まぁ、今は夜の7時。普通ならディナーよね。

 メニューはパンとチキンとコーンスープ。昨日も一昨日もこのメニューだった。私がそのことについて文句を言うと、ミスター・グレースが「なら明日は大ムカデのムニエルにしましょうか」と張りきっていた。あれは私も好きだ。

・・・見た目以外は。


 この老人たちは私の世話をしてくれているグレース夫妻だ。詳しいことは知らないけど、一週間前、私がノワール様の弟子になった時から私のために衣食住を用意してくれる。


 死霊術師の弟子らしい黒の服の上に黒のローブを羽織り、私はグレース家の玄関を出た。家の前に馬車が用意してあり、私が乗ると騎手は無言で馬を走らせた。


 グレース家はレイブンスケール山の麓の村にあるグレース村の村長家。レイブンスケール山というのは吸血鬼が巣食う腐敗の土地で、私の師匠、ノワール様はこの山の頂上にある吸血鬼の城、ローゼンクライツ城の中庭の塔を拠点にしている。

 そしてグレース村は古くからローゼンクライツ城に忠誠を誓い、庇護をうけて存続してきた。人間が住む村でありながら吸血鬼の支配を受ける村だ。でも、村人たちはそれを苦にしている様子はないし、むしろ偉大な吸血鬼の統治のもとで生活していることに誇りを持っているみたい。


 しばらくガタついた山道を上ると、ブラッドゴース砦が見えてきた。レイブンスケール山には4つの砦が存在し、それぞれが山頂にあるローゼンクライツ城の四方に位置し、人間の襲撃を常に警戒している。これまで幾度かの襲撃があったけど、破られたことは一度もない。


 とまぁ。これが昨日の講義の内容。弟子になる際にテストとして人殺しをさせられたものだから、いざ死霊術の授業ならば一体どんな非人道的な行為をさせられるのかと思ったらまさかの一般教養からだった。

 まぁ、どんな学問でも最初はこういうところから学ぶものだと思う。


 ローゼンクライツ城の城門をくぐると、ようやくガタガタした山道は終わる。毎朝おしりにこんなダメージを与えられ続けたらネクロマンサーとしての才能よりも先にマゾヒストとしての才能が開花してしまいそう。ノワール様が使うような転送魔法が使れば便利なんだけれど。


 城門をしばらく行くと城の敷地に入れる。城の中に入らなくても中庭には行ける。だから城内に入ったことはまだ一度もない。吸血鬼を見たことも。


 ようやく乗り心地の悪い馬車を下り、塔の扉の前にたどり着いた。この扉を外側から開けるには特殊な暗号が必要だ。

 3回ノック。すると扉から不気味な低い声が聞こえてくる。


「赤の花嫁は何を求めるか?」


答えは簡単だ。


「髪切り鋏よ」


 この暗号の意味をノワール様に聞いたけれど「意味なんてない」と一蹴された。問と答に関連性があってはいけない。推測されてあてずっぽうで入られたら困るから、と。


バタン と勢いよく扉が開く。中に入るとノワール様のメイド、フレシアさんが立っていた。


「お嬢様は研究室にいらっしゃいます。こちらへ」


 促されるままについていく。この塔の中を一人で歩いたら間違いなく迷子になってしまう。正直、この塔はどう考えても外観と内部の縮尺がおかしい。多分魔法で内部を引き延ばしてるとか、そんなだ。

研究室の扉を開けると、私の師匠、ミス・ノワールが昨日と全く同じ位置で昨日と全く同じように何かの瓶を等速で振っていた。


「あの、ノワール様」


ノワール様は瓶を見つめたまま答えた。


「なに?今薬の調合をしてるのよ」


「昨日、私が帰る時もそうしてましたよね?まさか半日ずっとそこで薬の調合を?」


「あら、そんなに経っていたの」


 嘘でしょう?10時間よ?飲まず食わずで薬の調合をしていたっていうの?

しばらくすると、ノワール様の手の中の瓶の中の液体が紫から黒へ変色した。


「ああ、また失敗だわ」


 すかさず「ゴミ箱」と書かれた札を首からかけた死人が四足歩行で歩み寄り、お座りして口を開ける。ノワール様はその死人の口に失敗した調合薬を流し込んだ。うえ。


「じゃあ講義を始めましょうか」


 ノワール様は10数時間ぶりにその場から立ち上がり、部屋の手近な壁に魔法で字を書き始めた。


「今日から魔法の話をしましょう」


いよいよだ。せっかく死霊術師の弟子になったのだから魔法を使いたいに決まってる。


「けれど、その前に確認しておきたいことがあるわ」


「なんですか?」


 ノワール様が指を鳴らすと、フレシアさんが布に包まれた何かを持ってきて、私の前で布を捲って差し出した。

布の中にあったのは緑色の石だった。


私がその石を受け取ると、ノワール様は私に問いかけた。


「その石には魔力が圧縮されているわ。貴方はそれを持って何か感じた?」


私は手の内にある石を見た。どう見てもただの石だし、それ以外の何物でもない。


「いえ・・・何も」


「まったく何も感じない?」


「まったく何も感じません」


「そう。なら貴方には魔法の才能が一切ないことになるわ」


「え・・・」


魔法の才能がない?なら、私は魔法を学べないということ?


 私は不安になって、すぐにノワール様に問いただそうとしたけれど、その前にノワール様が事を放った。


「でも、問題ないわ。魔法には魔力が必要なものとそうでないものがあるから」


それを聞いて、私は胸をなでおろした。ここまで来て私が死霊術を学べないなんてことになったら、犠牲にしたルークに申し訳が立たない。


「じゃあ、始めましょう。まず、魔法の分類についてよ。セリナ、魔法と言えばどんなことができるかしら?」


「え・・・っと、例えば、火を起こしたり、物を浮かせたり、怪我人の傷を癒したり・・・」


本の中でしか見たことがないけれど、普通の魔法使いならきっとそういうことをするはず・・・よね?


「そうよ。あなたが今あげた魔法はどれも神力魔法に分類されるわ」


「神力魔法?」


 魔法に分類が存在するという話がそもそも初耳だ。

ノワール様はすらすらと壁に何かの図のようなものを書いた。


「火をおこす、物を浮かす、傷を癒す。そのどれも人間だけでは達成できないの。必ず神の力に頼ることになるわ」


「魔法使いは常に神に頼ってるってことですか?」


「そうよ。魔法使いが魔法を使うとき、こんな感じで神と交渉するの」


 ノワール様は壁の右に人間を表す記号を描き、左に神を表す記号を描き、人間のさらに右に敵を表す記号を描いた。


「例えば、一人の魔術師が炎を敵に浴びせたいのなら、まず現世の魔力を吸い出し、それを炎を司る神のもとに送るわ」


人から神へ矢印が引かれる。つまり魔力ね。なるほど、魔力という概念を扱えない私は神力魔法全般が使えないというわけね。


・・・致命的じゃない?


「そして神から炎を受け取り、それを敵にむけて放つわけ」


神から人へ矢印が引かれ、人から敵へ炎が放たれた。


「魔力と炎を交換してるってことですか?」


「そうよ。魔術師が送る魔力が多ければ多いほど、神はそれに見合った大きく洗練された炎を魔法陣を通じて魔術師に送るわ。」


「えと、魔術師が炎を貰うために神様に魔力を送るのはわかるんですけど、どうして神様は魔術師から魔力を貰ってるんですか?魔力を食べて生きてるとか?」


そう考えるとなんだか笑える。


「似ているけど、少し違うわ。魔力は神にとって・・・そうね。糧とでも言おうかしら。人間から集められた魔力が多いほど、神は力を増すのよ。セリナ、知っている神をできるだけ挙げなさい」


ただの村娘とは言え、それくらいの教養はある。


「アストレウス、アポロニスカ、シウェリ、トゥール・・・えーっと・・・他には・・・」


「充分よ。そのうちアストレウスは例外として、アポロニスカは炎、男性的な魅力、闘志を司るわ。シウェリは水、女性的な魅力、清潔。トゥールは雷、速さ、刹那的な快楽」


ノワール様が壁にそれぞれの神の特徴を連ねていく。それを書き終えるともう壁にはほとんど余白がなくなっていた。


「じゃあ問題よ。もしあなたが炎を起こしたいならどの神に魔力を送ればいい?」


「炎を司るアポロニスカに送ります」


「じゃあ敵に雷を当てたいなら?」


「トゥールです」


「怪我人の傷を癒したいなら?」


「ええ?ケガを・・・治すなら・・・アストレウスですか?」


「ちがうわ。でも、これは少しいじわるだったわね。正解はシゥエリよ。彼女はケガや病気の回復にかかわる領域も支配しているわ」


ノワール様は「以上が神力魔法よ」と言うと指を鳴らした。すると壁いっぱいに書かれていた文字が一瞬で消えた。


「じゃあ次は例外の2柱よ。あなたが大好きな善なる神アストレウスと、我々死霊術師の祖、ゲデヒトニスの話をしましょう」


「別に大好きってわけじゃ・・・」


「まずこのニ柱の特徴として、生前は人間であったことがあげられるわ」


アストレウスが人間だった?それは初耳。


「人間が神になるなんてことがあるんですか?」


「正確には神ではないわ。この話はまたいつか話しましょう。今大事なのは後から神になった二柱は魔力を糧としないということよ。アストレウスは信仰心を、ゲデヒトニスは代償を糧とするの。そして信仰心を糧にする魔法を『奇跡魔法』と。代償を糧とする魔法を『呪術魔法』と分類するの。つまり、魔法には神力魔法、奇跡魔法、呪術魔法の3つが存在するの」


「呪術の『代償』ってなんですか?」


「命、血液、魂、苦痛、感覚、感情、記憶、臓器、エトセトラ、エトセトラ・・・」


 ノワール様は壁の端にある棚から一つの宝石のような紫色の石を取り出した。


「これは魂石よ。一人分の人間の魂をこの宝石の中に閉じ込めてるの。これ一つで下級の攻撃魔法なら3百発は使えるわ」


 ノワール様は私に魂石を握らせた。手のひらサイズの深い紫色の宝石で、中で黒い光が狭苦しそうにうごめいてる。


「この黒い光が魂ですか?」


 ノワール様は「そうよ」と言いながら魂石を握る私の手をとって私の目の前に近づけた。魂石を近くで見ると黒い光の中に人の顔のようなものが見えた。


「ひぃっ!?」


 魂石の中の顔がすごく恐ろしい顔で睨んできたので、私は思わず魂石を放り投げてしまった。魂石は床に落ちる寸前で宙にとどまった。ノワール様が魔法で浮かせたらしい。

そのまま魂石はノワール様の手の中に戻っていった。ノワール様は魂石に傷がついていないことを確認すると「そう簡単に逃げ出せると思わない事ね」と楽し気に魂石に語りかけた。

次に私に向き直ると


「だめよセリナ。魂石に少しでもヒビが入ったらそこから魂は逃げ出してしまうわ」


と言って魂石を私の手の届かない棚の高い欄に置いた。


「続きは明日にしましょう。次は実際に死体を動かしてもらうわ。そうね・・・カエルの死体を持ってきなさい。できるだけ大きい物が望ましいわ」


「あ、はい!ありがとうございました!」


私の礼に目もくれず、ノワール様は研究室から出ていった。私一人になった研究室の椅子に座り込む。


「カエル・・・かぁ・・・」


 カエル・・・触れないのよね。ブニブニしてるし、イボイボしてるし・・・。そもそもどこで捕まるのかもよくわからないのに。

 あっ!そうだ。メイドのフレシアさんなら頼めば用意してくれるかも!


「なりません」


いつの間にか私の後ろに立っていたフレシアさんが無機質な声で言った。


「うわっ!フレシアさんっ!?」


「セリナ様ご自身の手で捕まえさせるようお嬢様から承っております」


 フレシアさんは「こちらへ」と私を促した。私がどこへ行くのか尋ねると「カエルの元までご案内いたします」と言って研究室から出ていった。

 私も続いて出ると、塔の窓から綺麗な夜空が見えた。まん丸満月がぽっかりと空に穴を開けたみたいに鎮座している。思えば、ここに来るまでは夜に外を出歩いたことはほとんどなかったな。


 そう思うと、少し特別な気持ちになった。ちょっとした冒険かも!なんだか楽しくなってきて、私は階段を駆け下りた。


まだ夜は始まったばかりだ。

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