芥川龍之介「偸盗」その15

 ふけやすい夏の夜は、早くも亥の上刻に成っていった。

 月はまだ上がらない。京の町は、重苦しいやみの中に、重苦しく眠っている。どこも森閑と音を絶って、たまに耳にするのは、筋向かいのほとどぎすの他になにもない。夜は、深々として更けていく。


 その時、王城の北、朱雀大路のはずれにある、羅生門のほとりには、互いに呼びつ呼ばれつして、あるいは一人、あるいは三人、と怪しげでない出で立ちをしたものの姿が、次第にどこからともなく集ってきた。

 星明かりに透かしてみれば、太刀をはくもの、矢を背負うもの、斧を取るもの、矛をもつもの、皆それぞれ、得物に身を固め、門の前に渡した石橋へ、むらむらと集って、列を作る。

 その列の先には、太郎がおり、昼の喧嘩を忘れたように猪熊の爺が居た。続いて、次郎、猪熊のおばば、阿漕もいる。それに囲まれて、黒い男装束に身を固めた沙金は、一人音頭をとる。

 「いいかい。今夜の相手は、身分の高い武士だよ。

 実入りも良いが、その分、手強いと思って、覚悟しておくれ。

 さしずめ、十五人は、太郎さんと一緒に裏から、あとは私と一緒に表から入ってもらうよ。

 めぼしいのは、裏の東北の三才馬だからね。

 太郎さん、しっかり取ってきてね」と沙金。

 太郎はこれを聞くと、唇をゆがめながらうなずいた。


 「それから、下手に女子供を人質に取ってはいけないよ。

 騒がれて余計なものを起こしては手間だ。それから無用な恨みを買ってはいけない。

 身分の高い人間の恨みを買っては、後が面倒だからね。

 阿漕は待っておいて、皆、帰ってくるからね。」と沙金。

 阿漕は、納得して残った。


 「それでは出かけよう」と沙金。

 猪熊の爺は、嬉しそうに矛をきらめかせた。

 隣の男は、鍔を鳴らした。

 誰かが「影法師におびえまいぞ」と漏らして、一同笑った。

 そのうちに、この影の一行は、大路に押しだし、しばらくして、闇に消えた。


 一人残された阿漕は、しばらく、その場に止まっていた。

 しかし、しばらくして、姿が消えたかと思うと、羅生門の門上から小さな女の顔が出た。

 阿漕は、月明かりに照らされ、次第に明るくなっていく京の町を眺めながら、一人嬉しそうに微笑んでる。


 

 

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