芥川龍之介「偸盗」その14
「おぬしがわしを殺せば、理のない殺しをした畜生よ。
さあぁ、殺せ、殺せ。
阿漕に薬をやるのを止めたのも、きっと腹の親がお主だからにまちがいあるまいて。畜生、畜生。」と調子に乗って老人は、はやし立ててつつ、及び腰で移動して屋外に逃げる用意をした。
太郎は唾を吐きつつ「おぬしの様な畜生には、これが丁度だ」と言った。
「大体、沙金は、お主ばかりの女か、弟の女ではないか。
弟の女を盗むお主は、やはり畜生だ」とさらに調子に乗って老人。
太郎は、殺さなかったことをまた悔やんだ。しかし、この老人にまた殺意を覚えることをおそれた。そこで、黙って、席を立って家を出ることにした。
「おぬしは、今の話を本当だと思ってるか?全部嘘じゃぞ。
おばばと昔なじみというのも嘘なら、沙金がおばば似だと言うのも嘘だからな。
わしは、うそつきの畜生だぞ。
おぬしに殺され損なった畜生だぞ。」と去る太郎の背に老人は、罵声を浴びせた。
太郎は、嫌悪感を覚えながらその場を去った。
「さて、どこへ行こう」と太郎は、考えた。日暮れまでまだ大分時間がある。
その時、川の橋を渡る男女の一組を見た。
そこで「羅生門に行こう。人通りが多いから眺めて時間をつぶすことが出来るだろう」と太郎は考えた。
この考えには、「沙金に会えるのではないか?」と言う思いがある。
最近、沙金は、盗みの時に男装束に着替える。
その装束は、羅生門に巧みに隠してある。
羅生門に向かって歩み始める、その瞬間、「弟の女を盗むお主も畜生ではないか」と言う老人の言葉をふと思い出した。
「どうせみんな畜生だ」と太郎は、苦しそうに呟いた。
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