芥川龍之介「偸盗」その16

 次郎は、二人の侍と三頭の犬とを相手にして、血にまみれた太刀をふるいながら、小路を南へ下っていった。今は、沙金の様子を気遣ってる余裕もない。侍は、数を頼みに次々切りかかってくる。犬も逆毛をたてて容赦なく吠え掛かってくる。

 次郎は、そうした相手に四方を囲まれながら必死に切り結んだ。


 「敵を殺すか、自分が死ぬかだ」と覚悟を決めたとき、次郎は、自分の体に凶猛な勇気がみなぎるのを感じる。犬をかわして、侍に切り返す、この二つの動きをほとんど同時に次郎は、こなした。そればかりでなく、引く太刀で、犬を牽制することもある。

 傷を負ってるはずなのだが、死に身の次郎には、気にならない。


 そうした時が大分続いたのだろうか。

 やがて、侍の一人が上段に振りかぶって、体勢を大きく崩した。次郎は、その隙を見逃さずに浅く腹を刺した。

 もう一人の侍が、横から次郎に切りかかったが、次郎は抜きざまにこれを太刀を横なぎに払って牽制した。その太刀が運良く肘のところに当たって、侍が二人共、手負いとなった。


 侍達は、突如、背走した。

 次郎は、背に切り込もうとしたが、犬が噛みついて来た。

 噛みついてきた犬を下がってかわし、逃げる侍の背に、死闘を生き延びた気のゆるみを止められず見送ることになった。


 やがて、ここが、昼に通りがかった寺の境内だ、と言うことに気が付いた。悪夢から覚めたような心持ちだった。

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