芥川龍之介「偸盗」その11

 「兄貴を罠に掛けて殺すのか!?」と次郎。

 「殺しちゃ悪い?それとも、あなたに殺せて?」と沙金は、野猫の様に見つめた。魅惑的なその視線から、次郎の理性を麻痺させようとするのを感じた。

 「それは、卑怯だ。それに兄貴一人をやるのなら、まだ良いが、皆を危険な目に遭わせて」と言ってから『しまった』と次郎は感じだ。

 「一人やるなら、いいの。


 それなら、ほかの誰を殺したって一緒じゃない。仲間なんて何人心でも良いでしょう」と次郎。

 「おばばは、どうする?」と次郎。

 「あんな、老女は、誰も殺さないわよ。

 死んだら、死んだときのことだし」と侮蔑と愛欲に燃えて、瞳に熱を帯びた女は言った。

 「私は、あなたの為なら誰を殺しても良い」と沙金は言った。言葉の中に、蠍の一刺しの様な毒がある。

 「しかし、兄貴は」と次郎が言い出したときに

 「私は、親も捨ててるじゃない。

 それにあいつに話してしまったのに、今さら取り返しはつきません。

 ばれたら、仲間に、太郎さんに殺されてしまうもの」と沙金は、急に張りつめた表情ゆるませて、涙を落とした。


 次郎は手を取った。

 お互いの手の温もりから、恐ろしい承諾の意を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る