芥川龍之介「偸盗」その8

 太郎は、半ば無意識に辻を曲がった。

 曲がった先には、石が積んであった。その石にトカゲが這っていたが、人の足音に驚いて逃げていった。


 俺は、悪事を積むに連れて、沙金への終着をますます強めていった。

 殺すのも、盗むのも、沙金の歓心を買うためである。

 次郎の為に牢を破ったときも「実の弟を見殺しにした」と沙金に笑われぬ為であった。

 そうまで執着した沙金を俺は、失おうとしてる。イヤ、失ってるのかも知れない。

 俺と次郎は、見た目ほど変わりがない。

 ただ、流行病が重かったので俺の顔は醜くつぶれ、次郎はそのままなだけだ。

 その次郎が、沙金に惹かれるのは分かるし、また誘惑に耐えられぬのも不思議はない。

 顔のせい、前の勤めのせいもあって、俺の方が禁欲的であったと思えるからだ。

 しかし、それで沙金を失うのは、話が別だ。

 おそらくは、養父やこれまでの男とは、違う関係になるだろう。

 その時、俺は、弟まで失うのだ。


 歩いていて死臭が鼻を打った。

 見れば、子供の死骸が二つ折り重なってる。

 自分と次郎の未来を見た思いがして、目を伏せた。


 沙金も最近は、俺を避けてる。

 それを責めて、打ったこともある。しかし、そのたびに、沙金の折れない心を感じた。

 今までの罰として、すべてを失う時期が来たのか。


 そうこうしてるうちに、猪熊のおばばつまり沙金の家の前に来た。

 そうするとなにやら、けたたましい女の笑い声が聞こえる。

 太郎は、あわてて家へ踏み込んだ。

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