芥川龍之介「偸盗」その7

 沙金の隠れ家に出入りするようになってから、俺は、沙金と世間で言うところの恋人のまねごとをするようになった。

 そのうちに、沙金が猪熊のばあさんの連れ子であること、養父が盗賊の頭であること、日頃は色を売ってることなどを知ることになった。しかし、それで沙金を卑しむ気持ちに成ったことなど一度もない。不思議な沙金と言う女の人間らしい一面を見た気になった。


 「ハイ、ハイ」と声を掛けつつ、米俵を担いだ人足が、側を通った。


 そう言う日が続くうちに、俺は、沙金と養父との関係に気が付いた。

 もっとも俺一人が沙金の体を自由にする男でもないとも知っていたが。沙金から関係した公家やら奉仕の名前を自慢げに聞いたこともあった。しかし、体ならともかく、心は俺が占有してると思ってた。

 しかし、養父との関係に気が付いたとき、俺は、不快だった。あのジジイの顔を見たときに何度と太刀に手を掛けたか分かったものではない。そう言うときに、沙金は、養父を馬鹿にした。

 「わたしは、おとうさんがいやでいやでたまらないんです」と言う沙金の言葉を聞けば、沙金のことを憎むに気には成れないが、養父への憎しみは募った。

 それで今日まで、にらみ合いを続けながら、生きながらえてるわけである。しかし、お互いに、もう少しだけ勇気があれば、どちらか死んでただろう。


 太郎が歩くと川にたどり着いた。

 橋を渡りつつ、一瞬、川で次郎と遊んだ遠い昔のことを思い出した。


 するとある日、遠い土地で役人の仕事をしていた弟が俺のとは別の牢屋に入れられた。俺の心は苦しんだ。なぜなら、牢番をしていて、牢屋暮らしの苦しさを誰よりも知っていたからだ。

 そこで、沙金に相談すると、あの女は「牢を破れば良いじゃない」とことも無げに行った。側で聞いていた、猪熊のおばばもうなずいた。

 俺も覚悟を決めて、5、6人の盗賊を募って、牢屋を破った。

 そのときに、胸に傷を負った。しかし、それよりも、心に残ってるのは、そのときに、牢番を斬り殺したことだった。初めて、人を斬った。

 その時から、沙金の隠れ家に転がり込み、盗賊の仲間になった。

 どうせ役人から追われるなら、牢破りでも盗賊でも変わりない。悪事に手を染め、一日でも長く生きながらえる方法を選んだのだ。

 悪事も慣れてくると、他の職業と関係ない。俺は、いつの間にか、自然と悪事を働くようになったのだ。

 今では、悪事を働くのが人間の姿だ、世間一般の人間の方が、無理な我慢をしてるようにしか見えない。

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