芥川龍之介「偸盗」その5
「そう言えば、おばばは、どこに行くんだい?」と次郎。
「真木島の十郎と高市の多壤丸と、ああ、そうだ、関山の平六へのことづけは、お前さんに頼もうかしらね」とおばば。
「ああ、行ってもいい。」と次郎。
「平六の家は、お前さんも知っての通り、この先だからね。ついでだから、籐判官の家を覗いて、今夜の下見を済ましておきなよ」とおばば。
「元よりそのつもりで、この辺を歩き回ってたんだから、そうするよ」と次郎。
「お前さんの面相なら見つかっても、藤判官に見つかっても平気だろうからね。兄貴の方なら、そうは行かない」とおばば。
「兄貴も、おばばにあっては、かなわないな」と次郎。
二人は、こんな雑談をしながらぶらぶら歩いた。
京の町は、荒みきって滅び行く都の様子を漂わせていた。
「じゃあ、次郎さんもお気をつけよ、娘のことでも」とおばば。
別れ際に思いついたように付け足した、ふとした一言が思わず次郎に響いたようだった。
「それは、私も気を付けてるさ」と次郎は、抗議するように言い返した。
「どうだか・・・。
娘に昨日会ったら、これから会うと言うじゃないか。
それで居て、兄貴の方は、もう半月も会っていない。
こんなことが気の短い兄貴に知れ渡ったら、一悶着だろう。わし等の仲間の話だから、刃物沙汰に成りかねないよ。
そうなって娘に怪我でもしたら心配でならない。
娘も気の強いところがあるからね。
よくよく気を付けておくれだよ」とおばばは、いかにも軽い冗談と言う感じで笑って見せた。しかし、次郎は、暗く下を見ながら歩き始めた。
「大事にならなければいいが」とおばば。
・・・・
そのころ、蛇の死骸を枝の先にひっかけて遊んでいた子供が、病持ちの女の家を前を通ると、蛇の死骸を投げつけた。
その後、子供は一斉に逃げた。
死んでいたように寝てた女が、目を開け、むくりと体を起こしたからである。
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