芥川龍之介「偸盗」その4
おばばは、すすき原の中の一軒のあばら屋の前を通りかかった。
今にも崩れ落ちそうな小屋で、乞食でも住んでるのかも知れない。
しかし、おばばの気を引いたのは、その小屋の前の17、8の腕を組んだ侍である。朽ち葉色の水干に黒鞘の達を携えたまだ男が、なにやら困った様子で中を覗いてる。
「何をしてるのだ?次郎さん」とおばば。
名前を呼ばれて、年相応の少年らしさを残してる顔が振り向いた。そこ見知った蛙顔の老婆の存在を見つけて、中を指さした。
老婆が中を見ると、石を枕にした四十くらいの女が寝ていた。身につけてるものは、腰の辺りを覆ってる麻衣一つで、ほとんど裸に近い格好だった。
「なんだい、これは、病持ちの女じゃないか」とおばば。
「そうさ、たぶん、持て余した家族がここに置いてきぼりにしたんだろうね」と次郎。
「それをなんだって、次郎さんが、見てるんだい」とおばば。
「通りかかったら、犬に食いつかれてた。石をぶつけて、追い払ってやらなかったら、腕の一つも食われてかも知れない。それ以来、見張ってるのさ」と次郎。
老婆が再び見ると、二の腕のところに怪我がある。犬にかみつかれた跡だろう。
「一体、生きてるのかね、死んでるのかね」と老婆。
「どうだろう、分からない」と次郎。
「気楽なもんだね。死んだなら、犬に食わせておけば、いいじゃないか?」と老婆は、杖でつついてみた。反応がない。
「そんなことをしても無駄だよ。犬に食いつかれてもじっとしてたんだから。」と次郎。
「それじゃ、死んでるだね」と老婆。
次郎は、軽く笑った。
「死んでたって、人が犬に食われるのは、見てられないね」と次郎。
「死んだら、関係ないじゃないか」と老婆は、あざ笑うように言った。 「これなら、生きてても、長くはないよ。犬に喉笛を食いちぎられた方がマシじゃないか?」
「それでも、目の前で人が犬に噛みつかれてるのは見てられないよ」と次郎。
「それでも、人が人を殺すのは、平気で見てる盗賊じゃないか。犬がかわいそうだよ」と老婆。
「そう言えば、そうか」と次郎は、少し微笑んで納得した。
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