芥川龍之介「偸盗」その3

 猪熊のばばは、黄ばんだ髪の毛の根に、汗をにじませながら杖を突きつつ、歩いていった・・・


 通い慣れた道ではあるが、自分が若かった頃に比べれば、嘘の様な変わりようである。自分が宮中のはした女(手伝い女)をしていた頃に比べれば、いや、思いも掛けぬ身分違いの男に挑まれて沙金を生んだ頃と比べれば、嘘の様な変わりようである。昔の面影は、ほとんどない。

 牛車の激しく行き交う大路も、今では寂しくあざみの花が咲いてるばかりである。


 自分も昔のままではない。

 髪も白み、腰も曲がり老いの身になってしまった。

 都も自分も昔のままではない。


 その上、形も変われば心も変わった。

 今の夫と娘の関係を知ったときには、激しく泣いた覚えがある。しかし、今となっては、それも当たり前のこととしか思えぬ。盗みをすることも、人を殺すことも、慣れれば家業と同じである。

 大路に雑草が生えてすさんだように、自分の心も苦に思うことすら出来ないほど荒んだ。


 また、一方から見れば、また代わり映えしてないとも思う。

 娘に思いを寄せる太郎、次郎も、昔の夫、今の夫の若い頃に似ているのだ。やることに大した代わりはない。

 人の世はこうして、同じことを繰り返していくのだろう。


 猪熊のばばは、漠然とそのようなことを思い、幾分と寂しい心持ちが和らいだのだろう。蛙の様な顔の肉がゆるんでにやつき、蛙股の杖の運びを、前よりも急かせ始めた。

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