第18話 罠に嵌められました

高級宿『秘空亭』、高ランク冒険者が愛用するこの宿は他の一般宿とは大きく違い、まさしく高級ホテルの様な作りであった。

店内に入れば綺麗に整備された空間に誰もが息を呑み、受付の横には対談用の個室がいくつも用意されている。

その中の一つにハルクは入っていた。


「おっハルクちゃんと持ってきたんだな」


ミストの声に反応してハルクは立ち上がる。

普段とは違う私服姿のミストに違和感を感じつつもハルクは頭を下げる。

元冒険者仲間とは言えハルクにとってミストはBランク冒険者なのだ。


「あぁいいってそんな畏まらなくても、それよりアレは?」

「ちゃんと持ってきたんだろうな?」


ミストに続いてバーディも個室に入ってきた。

変わらない偉そうな態度に苦笑いを浮かべながらハルクは回収してきた短剣をテーブルの上に置く。


「これなんだけど・・・」

「あぁ?!」

「ん?あちゃー」


ハルクの置いたその短剣を見た2人は表情を変えた。

それも仕方ないだろう、その短剣は元々ボロボロだったというのもあるがパラノイアスライムの核を攻撃して倒した際に先端が少し欠けてしまったのだ。


「お前これどうすんの?」

「これは駄目だわ」


その場でハルクは座ったまま頭を下げる。

土下座するべきかもしれないとも考えたがギルガメッシュ自身がこれでも問題ないと言っていたのでそこまでする必要は無いと考えていたのだ。

だが・・・


「これじゃあ預かっていた金貨50枚は返せないな」

「しかもそれだけじゃ足りねーだろ?」

「あぁ、そうだな・・・」


そう言いながらもバーディとミストは笑みを浮かべていた。

それはそうだろう、元々預かっていた金貨50枚は既に使い切っており適当にイチャモンを付けて返す気は全く無かったのだ。

それが都合良く短剣が欠けていたので前もって計画していた通りの行動に出る事が可能になったのだ。


「どうすれば?」

「まぁでもお前と俺達は知らない仲じゃないからな・・・」


そこまで言った所で個室にもう1人、魔道士のクリムが入ってきた。

クリムはミストの顔を見て頷かれたのを確認してハルクを後ろから羽交い絞めにする。


「えっ?えっ?」

「俺とお前の仲だ、だからこれで勘弁してやる・・・よっ!」


そう言ってミストが羽交い絞めされているハルクの腹部に普段はつけていない黒いグローブを装着した右手で拳を叩き付けた。

苦悶の表情を浮かべ、クリムの羽交い絞めから解放されたハルクはその場に蹲る。

そんなハルクを見下す様な表情のままバーディとミストはテーブルの上の短剣を手に取り個室を出て行く・・・


「森に回収に行ったなんて嘘をつくからじゃよ・・・ホーミー」

「すみません、クリムさんありがとうございます」


後ろに立っていたクリムがそう言いながら痛み止めの治癒魔法を使用する。

それが蹲るハルクの背中に降りかかり痛みを感じなくなったハルクはお礼を言いながら立ち上がった。

そして、そのまま個室を出て行き宿を後にする・・・


そのハルクの姿を宿の奥から覗き見ながらケタケタ笑う3人が居た。


「やった?」

「ばっちりじゃ」


実はこれも3人の計画していた通りであった。

そして、宿から出たハルクが道を歩いていると立ちはだかる1人の人物。

ハルクがパーティを抜ける原因にもなったタンクのミシッドである。


「ハルクさん、話があるんです。ちょっと付き合って下さい・・・」


深刻そうな顔をしたミシッドの様子に違和感を覚えたハルクは裏路地へ入っていくミシッドの後を付いて行く・・・

その姿をしっかりと確認した3人はガッツポーズを決めていた。


「やったなミスト!計画通りじゃねーか!」

「もちのろんよ!これで後はこれを渡して金を受け取るだけだな」

「しかしお前さんも酷い事を思いつくもんじゃわい」


実は昨夜からミストはずっと計画を練っていた。

どうやって預かった金を返却せずにハルクから回収し、口封じを行なうかと言う事を。

ミストがハルクの腹部を殴る時に手に装着していた黒いグローブ、それは継続スリップダメージを与える呪いを相手に付与する『毒手の籠手』であった。

ミストのコレクションの一つで、装着し素手で攻撃しないと効果を発揮しないので使い道が余り無かったのだが今回の計画に嬉々として使用したのだ。

ただでさえHPの少ないハルク、そのハルクを今後の自分達の行動を邪魔されないように自分達が殺したとバレナイ様に殺す方法として使用したそれ。

腹部に継続的に一定時間HPが減り続けると言うスリップダメージ、それを付与してからクリムが使用したHPを回復させず痛みだけを消す魔法、これによりハルクは今現在自らのHPがミストに殴られて減った状態からリアルタイムに減り続けているにも関わらずそれに気付かない状況を作り上げたのだ。

そして、バーディが昨夜ミシッドに告げた一言。


『ミシッド、お前森から抜け出る時に全く役に立たなかったよな?お前に名誉挽回のチャンスをやるよ。明日宿から出たハルクを誘って裏路地で・・・殺せ。そしたら今後も仲間にしてやるよ』


しかし、これはミシッドに全ての罪を擦り付ける為の嘘であった。

既に今のハルクはミストによってスリップダメージを本人が気付かないまま受け続けている状況。

そして、裏路地に連れ込まれるのを3人が見ているように周囲の人間も見ている。

もしもミシッドがハルクを殺せば3人はそれを告げて警備に突き出した上で仲間から追放する、ミシッドがもしも殺せなかったとしても裏路地に連れ込まれる元気そうなハルクの姿を何人も見ている人が居る状況でハルクはHPを削りきられて死ぬ。

結果的にハルクの死は確定でミシッドに全ての罪を擦り付ける計画だったのだ。

その理由が・・・


「これで3人で金貨6000枚を山分けだな」

「4人だったら1人の取り分は金貨1500枚、3人なら2000枚だからな」

「あいつ1人を合理的に追放して邪魔なハルクを口封じした上で金まで儲かる方法を思いついたミストはやっぱり凄いのぅ」


全て金目当ての作戦であった。

それもこれもギルガメッシュから金貨6000枚が手に入ればこの町を出て移動し、3人で好き勝手な生活を送る為の作戦。

そのまま部屋に戻った3人はミシッドが戻ってきたら突き出そうとウキウキしていたのだが結局ミシッドは戻っては来なかった。

その事から3人はハルクが目の前で何もしていないのに勝手に死んで怖くなり逃げ出したのだと考えた。



そして、時間は流れ約束の昼になった。

3人は金が手に入ったら直ぐに町を出る予定の為、宿を引き払いアーバンの道具屋へと移動していた。

そこには既に店主のアーバンが依頼人のギルガメッシュを待たせていた。

ピチピチの私服を着てギルと名乗るその人物を3人はSランク冒険者ギルガメッシュだとは今回も気付かなかった。


「ををっ待ってましたよ皆さん」

「お待たせしました。それでは短剣を頂けますか?」

「こちらです」


そう答えテーブルの上に短剣を置くミスト。

紋章がしっかりと刻印されたボロボロの短剣、それに手を伸ばそうとしたギルの前からミストは短剣を回収する。


「こちらは約束の物を出しましたがまだ代金を見せてもらってませんよ?」

「おっとこれは失礼しました」


そう言ってギルガメッシュはマジックバックから昨日と同じ様に金貨の詰まった袋を積み上げていく。

その数11袋。

だがそれを見たバーディは舌舐め摺りをしながらとんでも無い事を言い出す。


「1袋足りないみたいですが?」

「えっ?いやですが昨日確かに前金として・・・」

「なんの事ですか?金貨は6000枚と言う約束ですよね?」


その言葉に流石のギルガメッシュも驚きに目を見開いた。

世の中にこんな馬鹿が本当に居るのかと驚いていたのだ。

だが3人はそれを怖がっていると勘違いして強気に出る。

暫しの無言、だがギルガメッシュにとって金貨500枚追加程度であの短剣が手に入るのであれば・・・そう考え金貨の袋をもう一つ積み上げた。


「これで宜しいですか?」

「はい、確かに。それではこちらが短剣です」


そう言って再び机の上に置かれた短剣。

今度こそとギルガメッシュはその短剣を手に取り再び目を見開く事となった。

そう、その短剣は・・・欠けていなかったのだ。





時間は少しだけ巻き戻る。




引き払う前の宿の部屋で3人はのんびりとしていたのだが、ミストが何かを思い付きコレクションの一つを取り出した。


「なぁ、これどうよ?」

「ん?」


クリムに声を掛けたミスト、その手に在ったのは2本の短剣であった。

驚くクリム、だがミストが小さく呪文を唱えると片方の短剣がドロドロに溶けて消えた。


「なんじゃと?!」

「へへへっ『複製キー』なんだが分からなかっただろ?」


複製キー:本来の用途は鍵をコピーして一時的に使用できる魔法金属で、ポイントは折れたりして壊れた鍵ですらもこれを使えば元の形状でコピーが取れるので自宅の鍵が壊れた時に使用する物である。


「この短剣が普通の短剣より一回り小さいから出来たって訳か、お主よくこんな事思いつくのぉ~」

「だってさ、この短剣金貨6000枚で売れるんだろ?ならさ偽者を渡して金だけ貰って逃げればもう一回誰かに同じ位の値段で売れるんじゃね?」

「お前天才かよ?!」


あまり人を褒めないバーディがミストを褒める。

だがどう考えても詐欺である。

満場一致でこの詐欺を行なう事が決定しミストは短剣をコピーするのであった。








「それじゃあ遠慮なくこの金は・・・っ?!」

「待て」


短剣を手にしたギルガメッシュが怒りの篭った低い怒声を上げた。。

彼等は知らなかったのだ。

ギルガメッシュがハルクが回収した短剣が欠けた事を知っている事、そしてギルガメッシュが鑑定スキルを持っており手にした短剣が偽物だと瞬時に見抜ける事も・・・

そして、小さく呪文を唱えるとギルガメッシュの手の中の短剣は溶けて消えた。

それは全てバレていると言う事でもあった。


「どう言う事だこれは?」

「いや・・・あの・・・その・・・」


膝が恐怖で震えるミスト、だがギルガメッシュがただの職人だと考え居たバーディは脅せば何とかなると剣を抜いた。

抜いてしまったのだ。

3人は思いもしない、自分達よりも遥かに上の存在が目の前に居ると言う事など・・・

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