第5話 田舎の少女の恥ずかしいな記憶

 干していた服がある程度乾いた所で、ふとあることに思い至りミクさんを呼ぶ。

「ミクさん。スーツ化でできる"技能"って、スーツになった相手ができる事なら何でも使えるのかな?」

「(……その通りです。身体的な技能だけでなく、学術知識など記憶に頼る技能も使用できます)」

「オーケー。じゃあ、このコリーちゃんの日常を"思い出す"!」

 俺は意識を集中してコリーちゃんのこれまでの日常生活を思い出すことにした。


 最新のものは、村の入口で黒いバケモノに襲われた記憶。

 さかのぼり、昼食に家でパンを焼く記憶。

 村の少年たちにいじめられてお漏らしをする記憶。

 朝食にパンを焼く記憶。

 朝、おねしょで目覚めて父親に叱られる記憶。


「う……、うぅ……」

 俺は少女の恥ずかしい記憶を見て、自分自身のことのように羞恥心を感じた。

 やばいぞ、この子。膀胱がゆるすぎないか?

 さらに記憶をさかのぼるが、なんとこの子は昨日の夕飯の献立をすっかり忘れてしまっていた。

 この歳で……かわいそうに。

 その他にも村の少年たちの罠に何度も引っかかるなど屈辱的な記憶ばかりがよみがえってきた。

 不憫だ。どうか解放するときは丁重に体をお返ししたい。

 俺は少女に同情しつつも、大体の日常生活は思い出せたので良しとする。

「とりあえずこの子のふりをしてオヤカタの宴会に潜り込むことはできそうだな」

 さて。

 俺は乾いた服を持って村へ引き返そうとする。

「(……待って。待って待って待って。服! 着てください!)」

 ミクさんに止められた。

「あ、忘れてた。どうも普通の素肌に普通の服を着るのって違和感あるんだよな」

「(……普通はそれが普通です)」

「なあミクさん。この子に入ったままでいつものラバースーツを着れるようにできないかな」

「(……勇者よ、まともに潜入する気はあるのですか。今はスーツ化のために使ってしまっているのでできないですよ)」

「でも、容量1.1なんだろ? 余った部分だけ出すとかできないのか?」

「(……そうですねぇ。その少女の体格が0.8ぐらいですので、余った0.3のは別のことに使えなくもないです)」

「そうか! じゃあ0.3もあればこの子の頭と両腕ぐらいはラバーで覆えるな!」

「(……なぜその部分だけ!? もっと腰とか胸とか隠すべきところがあるのではないでしょうか)」

「いや、そこは服を着れば隠れるし」

「(……あっ、そ、そうですよね。すみません。てっきり頭と両腕だけ覆うつもりなのかと)」

「何を言っているんだねミクさん。そんなラバー面積が少な……いや、それもありだな。ありがとうミクさん。新しい境地に目覚めそうだよ」

「(……あっあっ、そんなつもりで言ったのでは。いやでも、潜入中はやめた方が良いです。コリーさんに擬態することに努めましょう。他の村人に見られては)」

「ふむ。確かに。この世界の技術ではラバースーツは作れないかもしれない。そうなると村の少年たちに見られた場合、決して叶わぬ夢(性癖)を見せ(植え付け)てしまうことになるな。なんと罪深い。ミクさんはそこまで考えていたのですね」

「(……あっあっあっ、)」

 ミクさんはまだ何か言いたそうだったが、俺は言いつけに従いコリーちゃんの元の服を着るだけで済ませて村へと戻ることにした。


「はぁー、お腹すいたぁ。パン食べたい」

 俺はコリーちゃんになりきって自宅に帰る。

「コリー、遅かったな。また外でいじめられてきたのか?」

 家の奥からコリーを出迎えたのは、家主のジョージーだった。

「あー、パパン。ただいま」

 コリーは父親をパパンと呼ぶ。パンが好きなのか、この子。

 そこへ母親も駆け付けた。

「あらあらあら、服も生乾きじゃない。湖にでも落ちたのかしら。早くお風呂に入って着替えてらっしゃい」

「はーい、ママパン」

 ママパンは無理があるだろう。だがコリーを演じるために記憶通りに言うしかない。

「そういえばパパン、ママパン。オヤカタが大きな獲物を捕ったから宴会にするって言っていたよ」

「おお、そうか。いつもながら有難い」

「さあさあ、乾いた服を用意しておくからあなたはお風呂に、ね」

「はーい」

 俺は促されるままその家の風呂へ向かう。

 どうやらいつも熱いお湯を汲みためておくらしく、そのままでは熱すぎるので水で薄めて湯船につかることにした。

「スーツを着たままでも風呂に入れるのか。背中にジッパーもないし、完全に一体化しているんだなぁ」

 湯船につかりながら少女の体の腕の表面を引っ張ってみても、スーツの体がずれたりはせず肉をつねられる感覚がじかに伝わる。

 適度なお湯の温度も心地よく、体が充分に温まった。

 この世界に来て安息を得た俺だったが、急に体の中心に寒気を感じた。

 うっ、ブルブル。

「な、なんだ? あ、これは催してきたな」

 コリーの記憶を見て気付いたが、この子は入浴中にも小便をしたくなる体質らしい。

 これは自分の尿意なのか、スーツ化しているコリーの尿意なのか判別がつかない。

 スーツを着たままで出してしまっていいのだろうか。それとも一旦脱ぐべきか?

 しかし母親が見回りに来て俺がスーツを脱ぐところを見られてしまったら変装がバレてしまう。それは問題だ

「(……それ以上の問題もあると思いますが)」

「あっ、ミクさん! 助けてくれ! このまましちゃってもいいのか教えてくれ!」

「(……湯船からは出た方が良いと思いますよ)」

「そ、それはそうだ。だが、どうなるんだ? 排泄物もスーツ越しに出せるのか?」

「(……さーあ、どうでしょう? 何事も実践あるのみですよ。試してみたらいいんじゃないですか?)」

 やばい、なんか知らんがミクさんの声が冷たい。若干怒っているようにも聞こえる。

 さっきちゃんと話を聞かなかったせいか?

 あ、波が。

 あっあっあっ。


 ……。


「はふう……」

 やってしまった。

 どうやらこの子の体で感じた尿意はこの子の体で対処できるみたいだ。

 膀胱の防波堤が決壊し風呂場の床にできた水たまりを湯で流し、俺はまた湯船に戻った。

 のんびりと癒されていると、窓の外の日が傾き始めているのに気付く。

「夜は宴会だったな。一応身支度はちゃんとしておくか」

 コリーちゃんは髪が長いので一度濡れた髪を乾かすのも大変そうだ。

 母親が用意しておいてくれた新しい服にそでを通す前にタオルで入念に水気を切っておこう。

 脱衣所の姿見で今の体を見ておく。

 0.3容量あるというラバーをどのように配置するかを入念にイメージトレーニングしている間に、父親から出発のお呼びがかかった。

 さて、宴会という名目の情報収集に出かけるとするか。


 おっと、また服を着忘れるところだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る