第3話 俺、ケモノになっちゃったよ

 スーツ化した獣を着たら言葉がしゃべれなくなってしまった。

「ワン! ワンワン!」

 どうしよう……おーい、ミクさん

「クゥーン」

 たすけてー! ヘルプ! メーデーメーデー!

「ワワワン! ウーウーウー! ワワワン!」

 俺は空に向かって吠えまくるが一向に返事が返ってこない。

 しまった。詰んだか。そう思った時、ようやくあの声が聞こえた。

「(…………失礼、鼻血を拭いていました。勇者よ、それはモールス信号ですか?)」

 俺は何とかミクさんに状況を伝えようとするが、口からは獣の鳴き声しか出ない。

 どうやって伝えればいいんだ……。

「(……勇者よ。別に言葉に出さなくても考えるだけで私には通じているから大丈夫ですよ)」

 ミクさんは俺の姿を見て笑っているのか、震える声で優しげに伝えてきた。

「ワン(なんだ、焦ったぜ)」

「(……スーツを着ると、そのスーツの元となったモノの技能を使えるようになります。逆に、そのモノが元々使えない技能は使えません。喋るのも能力の内だと思ってください)」

「ワン(なるほど)」

 ひとまず安心した俺はあたりを見回す。

 驚いたことに、今の俺にはニオイが目で見えるようになっていた。これがこの獣の技能ってやつか。

 よく見るとだいぶ濃いニオイが漂っている。さっきまで汗をかきまくっていた俺のニオイだった。

 獲物が自分の存在をアピールしながらうろついているようなものか。今後森に入るときは注意しないとな。


 俺が獣になって目新しいことにいちいち感動していると、今の自分と同じニオイの者たちが近づいてくるのが見えた。

 俺を襲ったあの群れだ。俺のニオイをかすかに身にまとっている。

「ガル(アニキ、さっきの黒いバケモノはどうしたんですかい?)」

「ブフ(うわ、アニキめっちゃバケモノ臭いっすよ。ヤバ)」

 今の俺と同じ姿の獣たちが俺に話しかけてきた。どうやら同じ種族同士なら言葉も通じるらしい。

 俺は注意深く獣になりすましてみる。

「ワン(どうやら逃がしてしまったようだ。ヒトの村に逃げ込んだらしい。お前たち、この近くにヒトの村があるか知らないか?)」

「ガル(えっ? さっきの黒いバケモノのニオイはここで途切れてますぜ?)」

「ワン(そ、そうか。そうなのだ。奴は自分のニオイを消せるらしいな)」

「ブフ(マジっすか。パネェ。深追いしない方が良いんじゃないっすか? 巣に帰りましょうよ)」

「ワン(ううむ。なら、俺一人で探してくる。お前たちは先に帰っててくれ)」

「ガル(うーん? まぁ、アニキがそう言うなら)」

「ブフ(ヒトの村に行くんなら湖の反対側っすよ。お土産、期待してるっす)」

 なんとか話は通じたようで、獣たちは元来た方へと帰って行った。

 湖の反対側か……遠いな。

 俺は森の隙間から見える湖を覗き込む。対岸に大きな山が二つ。その谷間から、かすかにパンを焼く煙の臭いが立ち上っているのが見えた。

 せっかくだから獣の体を借りて村の近くまで行こう。人の姿で行くよりは楽だろう。

 俺は足取りも軽く、暗い黒い森の中をかけていった。


 森の中は暗く時間感覚も掴みづらかったが、なかなか快適に村まで近づくことができた。

 この獣の技能のおかげで危険な生物がいるところはニオイでわかったし、十数キロメートル走りつづけても疲れることはなかった。

「ワン(いいな、この身体。便利だしこの世界で生きていくならずっと持っていたい)」

 スーツ化で手に入れた身体能力に気を良くした俺が思った事を口にすると、ミクさんからの声が届いた。

「(……勇者よ。その体が気に入ったのならずっとその体に入っていることも、脱いでキープしておくこともできますよ。キープしなければ脱いだ後は元通りに解放することになります)」

「ワン(そうなのか? さすがにずっとはいいから、キープしておきたいな)」

「(……その代り、そのスーツの元となった個体の生命は失われます。死んで完全なスーツになるということです)」

「ワン(そ、それはちょっと考えものだなぁ)」

「(……何をためらうことがありましょう。一日の糧を得るために他の生き物を殺して食べることは当たり前に行われる世界ですよ。貴方の利便性のためであっても有効活用されるならその獣の命も報われるというものです)」

「ワン(その通りだな。でも、ちょっと考えさせてくれ。とりあえず今はやめておく)」

「(……そうですか。ふふっ、貴方を選んで良かったと今少し思いました)」

「ワン(そうかよ)」

 俺はなんだか気恥ずかしくなって、走る速さを上げる。脱いで解放するまでこの身体を堪能しておきたかった。


 ほどなくして村の入口に到着する。

 スーツを脱ごうとして背中に意識を向けると、ジッパーを下すように背中に切り込みが入っていくのが分かった。

「(……勇者よ。その場でそのスーツを脱ごうとしていますか)」

「ワン(え、なんかまずかったかな?)」

「(……スーツは脱ぐと元通りのモノに戻り、貴方の黒いラバースーツも元の形に戻ります。ここにいくつか問題がありますがわかりますか?)」

 何だろう、と聞き返す前に少し考えてみる。

 あの俺を襲った凶暴な獣が村の近くで解放されるのは危険だと気付く。

 そして、俺も貧弱な素の状態に戻るのだ。獣が暴れないように対策しておく必要があると理解した。

「(……もう一つ問題があります。脱ぎ始めてラバースーツが戻るまで、貴方は、その、何も身に着けていない状態になります)」

「ワン(そうだな、無防備で危険だな)」

「(……これはヒントですが、もしあなたの元のいた世界で何も服を着ずに町を歩いたらどうなりますか?)」

「ワン(あ……なるほど)」

 唐突に理解してしまった。獣のスーツを着るときは暗い黒い森の中だったからいいものの、日に照らされた村の入口で全裸になるというのはさすがに避けた方が良さそうだ。

「(……勇者よ。貴方が良識ある人で良かったと今少し思いました)」

「ワン(すまんな……すぐに気付けなくて)」

 俺は少し引き返し、獣を脱いでロープで木につないでから獣のスーツ化を解いた。

 目論見通り、獣は俺に襲い掛かることもできず木につながれたままになった。

 ひとまず安全かな?


「さーて、まずはこの村で聞き込みかなーっと」

 俺は元の全身黒ラバースーツ姿に戻り、意気揚々と村に繰り出した。

 村の入口近くでは若い村娘が井戸の水を汲んでいた。

「あ、すみません。お嬢さん。ちょっとお尋ねしたいのですが」

 俺は最大限に友好的な声色で若い村娘に声をかける。


カラン


 村娘は俺の姿を見るなり手に持っていたタライを落として叫んだ。

「ひいいいいいーっ! 黒いバケモノよ! 誰か来てーーーッ!!」


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