第14話 プールで練習

 土曜日。

 俺達は明日の水泳部の練習試合に向けて市民プールへと来ていた。

 ここは市内なので、自転車で行くことが出来た。

 そういえばあの昼休みの後、有紗が教室に来た時に今回の事を伝えておいた。

 この練習試合に参加するのは最低5人必要らしいのだが水泳部からは2人、つまり部長の椿つばきともう1人の女子しか参加出来ないらしい。

 ていうか他の部員やる気なさすぎだろ……。

 という事で特別相談部からは俺、花蓮先輩に恵美梨の3人が出ることになったわけだが…。

 花柄の派手なビキニを着た恵美梨が先にシャワーを浴びた後、とんでもない事を口走る。

「……あ、あのさぁ。恥ずかしくて言えなかったんだけど、実はアタシ……お、泳げないんだよね~」

 恵美梨はあははと誤魔化すように言った。

「はぁ!?じゃぁ今日プールに来たのって……」

「お、泳ぎを教えてもらおうかな~って……」

「……マジか…」

 椿から今週の日曜日に練習試合がある、と聞いた時に恵美梨は『じゃぁ土曜日にも練習しておきましょうよ』なんて言っていたが、まさか泳げないだなんて思わなかった…。

「俺は泳げない事はないけど、平泳ぎさえ出来ないんだぞ?」

「はぁ?使えないわね…。じゃぁクロールでいいから教えてよ」

 て、てめぇ…。教えてもらうんだからもっと下手に出ろってんだよな!まぁ、そっちの方がお前らしいよ……。

「……ていうか花蓮先輩に教えてもらえよ」

「嫌よ。なんでアタシがこいつに頭下げなきゃいけないのよ」

 俺にも頭下げてないけどね!

「わたしだって嫌よ?」

 いつの間にかシャワーを浴び終わっていた花蓮先輩は俺達の隣にいた。

「じゃぁお手本だけでも見せてあげてくださいよ、花蓮先輩」

 すると先輩はこめかみに手を当てて、

「…はぁ。紅蓮君の頼みなら仕方ないわね」

「……ふん」


「…それではまずわたしが簡単にお手本見せるからよく見ておきなさい」

「……はーい…」

 その後、スクール水着を来てなかなか出てこなかった有紗と合流した俺達は、とりあえず軽く準備運動を済ませ、25mプールの前に来ていた。

 花蓮先輩は1人、プールの中へと入り泳ぎ始めた。

 先輩の泳ぎはまさに、


 ズバシャアァア!!!


 というにとんでもない早さと、フォームは綺麗なものの豪快ごうかいな泳ぎだったので俺達は唖然としてしまった。

 …ハイレベル過ぎて参考にならず。

「ど、どう?わたしって上手過ぎてまともにおしえられないでしょ?」

「「…う、うん」」

 まさにその通りなので俺達は若干引きつつ、素直に花蓮先輩の言う事に頷いた。

 ……ホントあの先輩は異質すぎる…。

「と…とにかく!恵美梨は全然動けないんだろ!?まずは基本の基本から行こうぜ!」

「う、うん…」

 全く参考にならなかったのに何故か勝ち誇っている花蓮先輩を他所に、

「じゃぁまず軽くバタ足から始めるか。有紗はそこら辺で泳いでいてもいいぞ」

「いえ。私はずっと兄さんの事を見てますから」

「あ、あんまり見つめすぎないでね…」

 恵美梨の泳ぎの練習を始める。

 俺は恵美梨の手を握り、バタ足をするよう促す。

 しかし……、有紗以外の女の子の手を握るなんて始めてだな…。

 中学の時のフォークダンスなんか、女子は全員俺の手を握ろうとしなかったからな。

 ……うぅ。思い出しただけで泣けてくる。

 しかも頭は馬鹿だけど、見た目はかなり可愛い女の子がこんなに近くにいるなんて…。

 ……うわっ。こいつビキニなんて着てくるから、たっ谷間が……。

 つーか俺、すげー自然に手ぇ繋いじゃんたんですけど…。

 しかも恵美梨の手…。有紗とはまた違った柔らかさを持っててあったか……


 ギューッ!!


 恵美梨の俺の手を握る力が突然強くなったので俺は我に返った。

「……!!」

「な、なに急に黙ってんのよ!ま、まさかアタシの胸を見たり、手の感触を堪能してるわけじゃないでしょうねっ!」

「さ、そんなわけねぇだろ!?」

 ……本当はそうです、なんて言えるわけねぇだろ。

「……いいえ。兄さん、すっごく厭らしい顔をしてました」

「…もう、お前は黙ってろ!?」

「なんですか兄さん、その態度は。私というものがありながら他の女の子の谷間をジロジロ見たり、手の感触を堪能してたのは事実じゃないですか」

 有紗がジト目で俺を見てくる。

「…い、いや……」

 さすが有紗、どんだけ俺のこと見てたんだよ……。

「……マジ?…ホント最低っ!」

 恵美梨も有紗と同じようにジト目で俺を睨んでいる。

「しょ、しょうがないだろっ!妹以外の女の子の手なんか握った事ないしっ、女の子とプールなんて初めてだからっ」

「「ふーん…」」

 ……く、くっそ~…。

「すまん、俺が悪かった…。気を付けるから、今は練習に集中しようぜ…」

「……そうね…」

 ……ふぅ。

「今度アタシの胸をジロジロ見てたらただじゃおかないからね!」

「……はい」

 恵美梨は集中モードに入ってバタ足を始める。

 俺は恵美梨の手を引っ張って、ゆっくりと後ろ向きに歩く。フォームが崩れることもなく恵美梨はバタ足を続けている。

 ……意外と上手いな…。

「それじゃちょっと水に頭を沈めてみて」

 恵美梨は素直に指示に従い、水に頭を沈めた。

 そのまま俺は恵美梨を引っ張って泳がせてみるが、恵美梨は一向に息継ぎをするために顔をあげない。

 俺は慌ててそこで立ち止まる。

 恵美梨は俺が急に止まったので慌てて水からガバッと顔を上げる。

「ふはあっ!な、なに急に止まってんのよっ!」

 恵美梨が怒鳴る。

「だってお前息継ぎしてねぇだろ!?俺はお前を心配してだな…」

「…へっ?」

 恵美梨は素っ頓狂な声をあげる。

「だから息継ぎ…」

「何それ。どうやってするの?」

「お、お前…息継ぎも出来ないのか…?」

「し、仕方ないでしょっ!?本当に泳ぐの苦手なんだから…」

 まさかここまでとは……。まぁ、教えがいがあっていいもんだが…。

「わ、分かったよ。じゃぁ息継ぎも教えてやるから」

「……ふんっ」

 …やれやれ。

 俺は再び恵美梨の手を取り、丁寧に、息継ぎをさせながらバタ足を教えた。




 その後、恵美梨はなんとかクロールが出来るようになった。

 やっぱり息継ぎのやり方にかなり手こずったものの、1時間ほど練習したらなんとか形になったと思う。

 恵美梨は1つの事に集中出来ず、マイペースなようで教えるには相当苦労した。

 途中、有紗にも手伝ってもらい、結局プールには2時間近く居てしまい、花蓮先輩はものすごく怒っていた。

『わたしを放ったらかしにしておいて随分と楽しんだようね。しかもわたしのせっかくの水着姿なのに何も感想くれなかったし……』

 なんて皮肉を言ってねちゃって…。

 有紗は有紗で、

『折角プールに来たので、私と遊んで下さい兄さん』

 とか言って無理矢理俺の腕を掴んで、遊ばされ俺は体力的にも精神的にも疲れてしまった。

「……帰ろうよ」

 と俺がポツリと言うと、皆は力なく頷いた。


 ……こうして、本番は明日だというのに前日に疲れきってしまった俺達は、翌日に備えて早く寝ることにした。

 ……明日筋肉痛になってなきゃいいけどな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る