第13話 つまり椿亜蓮には何かがある

 チャイムが鳴り4限が終わった。

 一気に空気が弛緩しかんし、各々が自由に行動を始める。ある者は走って購買に行き、ある者は机を動かし弁当を広げ、またある者は他の教室へと向かう。

 昼休み、2年1組の教室はいつもと変わらず静寂に包まれていた。

 この学校、咲乱さくらん高校の部活動は特別有名なわけではなく、大して強くもないが気合いを入れている部活も存在する。

 だから昼休みは文化部以外のほとんどの運動部にはお昼練習が存在する。

 しかもこのクラスのほとんどは運動部なので昼休みはいつも静か、というわけだ。

 一部を除いてーー

「恵美梨~、昨日言った事忘れてねぇよな?」

「うん。分かってるって~」

 そう、このクラスには屈指の遊び人、飛鳥恵美梨がいるため、彼女の周りはいつもうるさいのだ。

 今もちょうど恵美梨に1人の男子が話しかけてる。

 あいつって本当に男子と仲いいよな、っていうか何その口調。

 俺ん時と全然違うじゃん!ちょっと気色悪いな…。

 しかも男子の方も馴れ馴れしいな!

 なんて事を考えるてる俺は普段、こんな事は気にしてないのだ。

 だって俺はいつも、妹の有紗と昼食を共にしてるからだ。

 だからいつもは2人きりに世界に入るし、誰も近づこうとしない。

 しかし今日に限って、有紗は先生に呼び出しをくらってしまい昼食を共にする事が出来なくなってしまった。

 というわけで現在、俺は普段気にしないクラスの会話というやつに片耳を傾けている、というわけだ。

 そういえば普段の俺の立場が気になる人は多いだろう。

 高校生にもなると、これまでの小学生や中学生のような嫌な悪ノリとかはなくなって来る。

 だから俺達兄妹をからかってくるやつはおらず、平和に暮らせてるというわけだ。

 まぁ、遠巻きに陰口を言ってるやつはいるが…。そういうのはもう慣れてしまった。俺ても、有紗も。

 すると、さっきの男子と恵美梨が俺の方に歩いてきた。

 ……なんだ?

「花園君、ちょっといいかな?」

「……な、なんだ?」

「花園君って恵美梨と同じ特別相談部とかいう部活の部員なんだよね」

「……そ、そうだが?」

 こいつ本当に馴れ馴れしいな…。

 ていうかまず名乗れってんだよ…。

「椿、多分こいつあんたの名前すら知らないと思うよ…」

「…マジ?」

「……あぁ」

「やっぱり……。ていうかあんたクラスメイトの名前くらい覚えなさいよね!」

「いや、いいんだ恵美梨。俺の名前は椿つばき亜蓮あれん。それより、花園君。君に聞きたい事があるんだ」

 ……ホントなんだよ…。早くしてくれよ。こっちはこんなに警戒してるっつうのに、ホントお前は脳天気だな…。

「……なんだよ」

「恵美梨から聞いたんだけど、結城先輩に襲われそうになった時に助けたんだって?」

「…あぁ。そういえばあの後どうなったんだ?」

 2週間前の土曜日、恵美梨は当時好きだった結城先輩とデートをした。

 その時、結城先輩は正体を隠したまま恵美梨をホテルに無理矢理連れてこうとし、俺は恵美梨を助けるために先輩を殴った。

 普通は停学処分になるはずだが、花蓮先輩が生徒会長の権力を使って揉み消してくれたらしい。

 ていうか俺のために職権乱用すんなっつうの……。

「あの後の月曜日にアタシんとこに来て謝ってくれたわよ、ついでにアンタの事を詳しく教えたら怯えて逃げってたわよ」

「それって俺がヤバイ奴って事か?」

「そう」

「……ふざけんな」

 そんな俺達の会話を聞いていた椿とかいうやつは、

「…やっぱりお前達って仲がいいよな」

「「仲良くないっ!!」」

「そうやってハモるとことか。それに花園君ってこの前まで妹としか喋らなかったじゃん?」

 ……確かにな。

「それに何者も寄せ付けない学園のアイドル、彩風先輩が唯一気を許してる男子、とか、いつも寡黙で訳の分からない言葉を話す1年の問題児もお前に懐いているらしいな」

「……そうかもしれんな」

「学園中の誰もが知ってるが、1年の中では結構人気がある花園有紗だってお前にベタ惚れだしな。お前には何か不思議な力があると俺は思うんだが」

「何言ってんだよ、そんなわけねぇだろ…」

「いや、絶対そうだ!というわけでお前に頼みがあるんだが…」

「……なげぇよっ!」

 前置きが長過ぎて思わずツッコンじまったじゃねぇか。

「…急に大声出すなよ…。びっくりしただろ?」

「オメェが前置きなげぇからだろっ!俺に頼みがあるならさっさと言えよっ!」

「聞いてくれんのか?」

「……要するに、特別相談部に相談したいって事だろ?言ってみろよ」

「ありがとう。実は俺、水泳部に入ってるんだけど」

 ……なるほど。どうりでガタイが良いなって思ったんだよな。

「なんだけどさ、見ての通り昼練も無いくらい弱小なんだよね。部員も少ないし。だから俺がこの時期に2年の俺が部長やってんだけどさ」

「…お前部長だったのか!?」

 これは驚きだな。こいつが我が学校の水泳部の部長とは……。

「…あぁ、そんなんだが困ったことがおきてよ…。今度練習試合があるんだけどメンバーが足りなくなっちゃってさ。今更断れないから、助っ人として参加してくれないか?」

「…はぁ?何それ?」

「頼むよ~。特別相談部って悩みを解決してくれる所だろ?」

「……そうだけど…。部長である花蓮先輩に聞かないとなぁ」

 俺がそう言うと椿は不敵な笑みを浮かべ、

「それなら大丈夫!もう言ってあるから」

「……はぁ!?」

「だよね、彩風先輩」

 椿はそう言い、廊下の方を見た。

 俺も廊下の方を見てみると、そこには花蓮先輩が立っていた。

「花蓮先輩!?いつからそこにっ!?」

 花蓮先輩はツカツカと足音をたてて教室に入ってこっちに向かって来た。

「今朝、手紙が下駄箱に入ってて依頼の内容と昼休みにここに来てくれって書いてあったから」

「手紙!?」

「えぇ。まったく…。なんでこのわたしがあなたなんかの頼みを聞かなくちゃいかないのかしら」

 花蓮先輩は嫌そうに溜め息をつく。

「花蓮先輩ってこいつと知り合いなんですか?」

「えぇ。もっとも、ただの知り合いってだけのことだけど」

「そんなこと言うなよ~」

 そういえばこいつ、花蓮先輩にも馴れ馴れしいな…。なんか因縁でもあんのかな……。

 ま、まさか!?元恋人通しとか!?

 いや、そんなはずはない……。

「なにブツブツと言ってるの、紅蓮君」

「いや、2人とも仲良さそうだからなんかただならぬ関係なのかなぁって……」

「…………」

「まぁ、そんなとこね…」

「へ、へぇ~」

 椿は何故か俯いてしまっているが、やっぱり何か関係あるみたいだな。

 花蓮先輩もどこか悲しそうな目をしていたので、俺はこれ以上は追求しない事にした。

「そ、それで花蓮先輩は受けるんですか?この依頼」

 といっても、依頼は本当に無理な内容以外は受けなくちゃいけないって事になってんだけど(杏先生がそう言ってた)。

「嫌よ」

 先輩はそう言ってそっぽを向いてしまった。

 しかし椿は、

「頼むっ!お前達の力が必要なんだっ!」

 頭を下げて花蓮先輩に頼み込んだ。

「このわたしに向かって何様のつもり?頼むならお願いします、でしょ?」

 ……うわぁ。先輩ってやっぱりドSだな…。

「お、お願い…します……」

椿が苦しそうに言う。

ていうか椿のやつ、本当に言っちゃったよ。

「…………」

 それでも先輩は納得いかないようなので、

「花蓮先輩…。もういいでしょ。2人にどんな事があったかは知らないけど、椿はちゃんとお願いします、って頭下げてんだからさ」

「……そうね…。今回は紅蓮君に免じてあなたの依頼を受けるわ」

「……ありがとう」

「じゃ、詳しい事は紅蓮君に言って。これ以上あなたと話してなんていられないから」

 花蓮先輩はそう吐き捨ててとっとと自分の教室に戻って行ってしまった。

「花蓮先輩ってお前に冷たいよな」

 やっぱり男に冷たいって本当だったんだな。

「ま、まぁな……」

 椿は何故か冷や汗をかいているが、俺には関係ない。

「じゃぁそういう事で、詳しい事を教えてくれよ」

「そ、そうだな」


 椿によると、水泳部の練習試合は今週の日曜日らしい。一応、土曜日にも集まって練習する事に決まった。

 そういえば俺、泳ぐの久しぶりだな……。

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