第12話 久しぶりの休日

「……さん」

「……ぃさん」

 聞き覚えのある声が誰かを呼んでいる。

 まどろむ意識の中、透き通っている中に温かさを感じるその声の正体、それはーー

「兄さん、朝ですよ」

 俺の最愛の妹である有紗だ。

「……んー?今日は土曜日だぞ?」

 俺は寝起きのため、あくびをしながら間の抜けた声で有紗に話すと、

「何言ってるんですか、兄さん。今日はたくさん有紗を愛してくれるって言ったじゃないですか?」

 と俺のベッドに潜り込みはだけた私服と甘い声で俺を誘惑してくる。

「何言ってるんだよ。俺はいつでもお前の事を愛してるぜ」

 どんなに眠くても有紗の顔を見ただけですぐにでも目が冴え、自然と笑みがこぼれる。

「いいえ。最近は部活動の女の子とばかりイチャついて、全然有紗は構ってもらってません」

 有紗は少し怒った口調で話すと、プイと顔を逸らしてしまった。

 そんな些細な仕草でも愛らしい、と俺は思ってしまう。

「確かにそうかもな…」

 2年せいになってすぐに、特別相談部という担任が作った部活に入らされて3週間。俺は有紗意外の人と仲良くする事が出来て嬉しくなってしまい、全然有紗の事を構ってやれていなかったかもしれない。

「そうですよ!だから先日、兄さんが勝手に月野さんのお宅に行った時に約束したじゃないですか。この埋め合わせは必ずする、って」

「そういえばそんな事を言ったような…」

 すると有紗の瞳から光が消え、

「まさか忘れてしまったわけではありませんよね……?」

 その声はとても低く、ものすごい圧力を感じる。

「おいおい、そんな顔するなって。せっかくの綺麗な顔が台無しだろ?」

「兄さんっ!!私は真面目に言ってるんですよ!なにふざけてるんですかっ!」

 有紗は声を荒立てる。

「ごめんごめん。ちゃんと覚えてるよ。ちょっとからかってみただけだ。な?」

 すると有紗の瞳には光が宿り、元の優しい顔をした有紗に戻った。

「もう、兄さんったら…。からかわないで下さいよ…」

 ……ふう。危ない、危ない。

「ということなので早速、私を構って下さい」

「よし。じゃぁ有紗が好きな事を言いな?」

「はい。では……」

 そう言った有紗の目からまた、急速に光が失われていき

 虚ろな瞳になる。

 そして不意に両肩を掴まれ、次の瞬間ーー

「んぐっ!?」

 俺は突然押し倒すように抱きつきながら口付けを交わされ、こもったような悲鳴を上げる。しかしその間にも有紗は自分の舌を入れ、貪るように俺の唇を奪う。

「……んくっ……んふぅ……」

 俺は抗あらがうこともせず、ただただ彼女から伝わる愛を受け続ける。

「ぁ、ぁん、ぅむ、んん、んむ……」

 この1ヶ月分の愛を全て埋め尽くすように、有紗は必死に俺の唇を貪る。

 この人は自分のものだ、誰にも渡さない。まるでそんな事を言ってるような熱い熱いディープキスだった。

「んんん、ぁ、ぁん、ぅむ、んん、んむ……ぷはっ……」

 ようやく有紗の唇が離れた。

 あれから何秒が経っただろう。それくらい深い深いキスをした有紗の顔は上気して、色っぽい雰囲気を醸し出しながら、けれども俺の瞳を見据えたまま、

「私は兄さんを愛してます。兄さんが私のために努力してくれたあの日々から、私の心は兄さんのものです。でも不安なんです…」

 最後は涙目になり、

「兄さんはいつかは私の事を愛してくれなくなってしまうんじゃないかと。すごく……不安で……。胸が苦しいんです……」

 有紗は今までの、そしてこれからの不安を、その想いの丈を真剣に俺にぶつけている。

 その目には溢れんばかりの涙をこらえて。

「心配すんな」

 だから俺も、有紗を心配させないように、

「俺はいつでもお前を愛している。それに、あの日から俺はお前のもんだ。だけど不安にさせちゃってごめんな。だから今日はいっぱい愛し合おうぜ!」

 今にも壊れそうな、そんな有紗をぎゅっと抱きしめ俺は精一杯のキメ顔をする。

「…ごめんなさい、兄さん。私、兄さんが私の事を愛してくれているなんて分かっているのに、兄さんを疑ってしまう……。我が儘な私をどうかお許しください」

 それでも不安を隠せない有紗の不安をとるため、今度は俺から有紗にキスをする。

「大丈夫だ。お前はなんも心配することはない。それに我が儘だっていいんだ。お前は俺の大切な妹だからだ」

「兄さん…」


 それから俺らは、お昼の時間になるまで、互いを求めあった。


 そして午後になると、気分転換に外へと出た。

「兄さん、ちょっと頑張りすぎです…」

「すいません。反省してます…」

 危なかった。マジ危なかった~…。

 有紗の見た目に反し、高校生ならではの色っぽくなってきた体を見た俺は、危うく理性を失って取り返しのつかない事になっていたかもしれない……。

 普段はちゃんと抑えられていたが、今日は2人とも熱が入り過ぎてホント、危なかった。

「俺も思春期なんだから勘弁してくれよ…」

「私は兄さんと、そういう関係になって

 も…」

「ダメなの!。俺が白い目で見られることになっちゃうんだから。それに父さんにバレたら大変な事になるぞ」

「そうですね。お父さんをこれ以上悲しませたくありませんもんね。今度からは自重じちょうします…」

「是非そうしてくれ……」

 じゃないと本気で俺は世間から除け者にされちゃうからな……。


 気を取り直して、俺達は水族館に行くことにした。

 俺達が住んでるこの市には水族館がある。

 だから俺達はデートでその水族館へよく行くのだ。

 早速水族館に入ると、

「「あっ…」」

 まさかの遭遇、先日俺に懐いてしまった月野つきの瑠樺るかと出会ってしまったのだ。

 しかもいつものゴスロリだし…。

「お兄ちゃん!?」

「瑠樺!?」

「……んー」

「なんでお前がここに?」

「だってここ、瑠樺ん家からも近いでしょ?」

 確かにそうだな……。

「ちょっと兄さんっ!またそうやって私を……」

「違うんだっ!じゃ、またな瑠樺」

 有紗がまた不安そうな顔をしていたので、瑠樺には申し訳ないがここでさらば。

「待って!瑠樺も一緒にいてもいいでしょ?」

「瑠樺…。ごめんな?今日は有紗とデートしてっから、また今度な?」

「え~、いいでしょ?姉上~」

 瑠樺が上目遣いで有紗を見つめる。

「あ、あ、姉上!?」

「だってお兄ちゃんの妹だから、瑠樺のお姉ちゃんでもあるわけでしょ?」

「ダメですっ!そもそもなんでお兄ちゃんなんて呼んでるんですかっ!兄さんの妹は私1人で充分ですから!」

「でも姉上だってお兄ちゃんの義妹でしょ?じゃぁ瑠樺も義妹でいいじゃん」

「違います!それとこれとは別ですっ!それに私を姉上とは呼ばないでください!」

「まぁまぁ。瑠樺、ごめんな。今日は2人きりにしてくれ、な?」

 俺は両手を合わせて瑠樺に懇願する。

 すると瑠樺は諦めて、

「……うん。分かった。瑠樺、我慢する。お兄ちゃん、今度は瑠樺とデートしてね。約束だよ?」

「あぁ。約束だ」

「じゃ、またね~」

 瑠樺は気を使って俺達を2人きりにしてくれた。

「……ふう。なんとか、助かったな…」

「……ぶぅ…」

「そうむくれるなって」

「そうですね。あんな女なんて忘れて、デートの続きをしましょ。兄さん」

 ……ふう。一難去ってまた一難、とはこういったものか…。

「兄さん?何してるんですか?」

「いや、なんでもないっ!」


 俺はこんな日常も悪くは無い、と思うのであった。

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