第11話 そして月野瑠樺と花園紅蓮はーー
「いや~昨日は本当に楽しかったなぁ」
みんなでカラオケに行った次の日の放課後、俺はいつも通り部室に入るなりそう言った。
「えぇ。誰かさんは途中で帰ってしまったけれど」
「アンタのせいでしょうが!」
花蓮先輩と恵美梨はいつものように口喧嘩を
しているが、そこであることに気付く。
「あれ?月野は?」
見渡しても部室には月野の姿がみえない。
「さぁ?先生にでも聞いてみれば?」
恵美梨に促され、俺は職員室へと向かった。
「先生!月野は?」
「あら、花園はなぞの君。月野さんなら今日は学校には来てないわよ」
「え!?風邪ですか?」
あいつが学校を休むなんて初めてだから驚いた。
「え?…えぇ」
なんだか歯切れが悪く、疑問に思いながらなも、
「?…そうですか。じゃぁ俺がお見舞いに行きますね」
もしかしたら昨日のアレが原因かもしれないので、俺は見舞いに行くことを申し出た。
「ダメよっ!」
先生が声を荒げる。
「ど、どうしたんですか?」
突然の事で俺は少し怯む。
「い、いや~別に…。本人がうつしちゃうから来ないでって言ってるのよ…。あはは…」
先生は何やら苦笑を浮かべていて、俺はやっぱり可笑しいと思った。
俺は先生に礼をして足早あしばやに職員室を出ると、玄関まで走った。
「兄さんっ!」
突然声をかけられ、振り向くと慌あわてた顔の有紗がいた。
「どうしたんですか?兄さん…」
「わ、悪い。心配かけたな」
「はい…。心配しましたよ」
「すまん。これから月野ん家ちに行かなきゃ」
「では私も一緒に行きます」
「ダメだ。俺が月野ん家に言ったなんて知られたら先生に怒られちまうからな。有紗は先生に何とか言い訳しといてくれ。頼む」
「で、でも…」
「あそこはお前にとって少しは信用出来る所だろ?だからきっと大丈夫だ。もしなんかあったらすぐに電話してくれ。それにこの埋め合わせは必ずするから。な?」
「は、はい…」
有紗は渋々だったが許してくれた。
俺は有紗の頭を撫で、
「ありがとな。じゃ、行ってくる」
「気を付けて下さいね!」
片手を上げて有紗に別れを告げ、俺は月野の家へと走った。
「はぁっ…はぁっ…くっ!」
ーーくそっ!なんであんなこと言っちまったんだ、俺っ!せっかく俺達の居場所が見つかったと思ったのに、自分で壊してどうするっ!
俺は走りながらそんなことを考えていた。
息が切れるほど夢中になって走り、昨日の道を真っ直ぐ行った所に『月野』のプレートを発見。
もしかしたら違う家かもしれないが、俺は無我夢中になっていたためそのままチャイムを押してしまった。
暫く待ったが誰も出てこない。
試しにドアノブを引くと、鍵が開いている。
「あれ?」
……可笑しい。なんで鍵が開いてるんだ?
俺は疑問に思いつつも月野の家へと入る。
「お、お邪魔しま~す」
靴を脱いで家に上がり、廊下を進む。
リビングの手前の階段を上がると2階の廊下があって、右手の壁に1枚のドアがある。
「ここが月野の部屋かな」
俺はドアを2回ノックする。
「月野~。俺だ、クリムゾンだ。開けてくれ!」
応答無し。ここじゃないか、と踵を返すと、
ギィっ!
と音を立ててドアが開いた。
そして月野の上半身がニュルリと這い出ている。
互いに目があって3秒後。
「よ、よう…」
「な、なんでクリムゾンがここにいる!?」
俺が話しかけると月野はひどく驚いた顔をした。
「今日学校休んでたって先生に聞いてさ。もしかしたら昨日の事が原因なのかなって…」
「…………」
やっぱりか…。
「そ、そのっごめんなっ!俺がデリカシー無かったよ。ホントごめん……」
俺が顔を俯かせると、
「……気にするな。確かにその事だが別に貴様に怒ってるわけではないぞ」
「そ、そっか…」
……ってことは、
「今日は、その…誰かの命日って事か?」
「…本当に貴様は遠慮がないな。ま、そういう事なんだがな」
「そ、そっか、ごめん…」
「……」
……何だよ、これ。めっちゃ気まずいぞ…。
「ぉにぃちゃん…」
「ん?」
「きょ、今日はお兄ちゃんの命日なの!」
月野は顔を真っ赤にして叫んだ。
……びっくりした~。急に言うなよ。
「ていうか普通に言ってるぞ…」
「なっ……!」
月野はさっきよりもさらに顔を赤くして慌てふためいている。
ていうか茹でダコみたいになってるぞ…。
「でもそっか。兄貴がいたんだな…」
月野は少し唇を噛み締めてから兄貴の事を語ってくれた。
「……うむ。ちょうど貴様のように優しい兄であった…」
そ、そうなのか……?
「兄はいつも優しくていつも我を心配してくれて…。そんな兄の事が我は大好きだった」
月野はよほど兄の事が好きだったのだろう。
とても温かい目をし、そして悲しい目をしている。
「けれど兄は…我のせいで……」
月野の顔は一気に青ざめ、
「車に引かれそうになった我を助けるために身代わりなって…」
今にも泣き出しそうに、そして悔しうな顔をしている。
そしてそこからはうずくまって顔を伏せてしまった。
「……っく!」
今にも泣き出しそうなのを堪えるように震えているのが分かる。
「……そっか。それは辛かったな…」
俺は月野の頭に手を優しく置き撫でる。
彼女が落ち着くようになるべく優しく。
「……でも兄貴はお前のせいだとは思ってないと思うぞ」
「そんな事はないっ!……
月野は顔を上げ、そしてまた素に戻った。素を見たのは今日で初めてだな。
「瑠樺がお兄ちゃんを……ぅぅぅっ!」
月野は自分のせいだと、本気でそう思い泣いている。
俺は月野が素を出してくれているからなのか、少し熱が入ってしまった。
バチンっ!
「バカ野郎っ!」
気が付けば月野の
月野は頬に赤い手形を付け、驚いた表情でこちらを見つめる。目元には今にも
ーーしまった。女の子に手を出した事なんて無かったのに…。くそっ!なんて最低野郎なんだ俺はっ!俺の方がバカ野郎じゃないか!
「わ、悪いっ!」
俺は咄嗟とっさに謝った。
「……んくっ!お兄ちゃんにもぶたれたことないのに!」
月野は某野球少年のようなセリフを涙目で訴えてくる。
「ま、マジでごめんっ!」
「本当に初めてだ、こんな事…」
ーーああっ!マジでどうしようっ!
と俺が胸中きょうちゅうで慌てていると、
「しかし何故だ。この胸の高まりは!?もしや、我は開いてはいけない扉を開いてしまったのか!」
……何言ってんだこいつ…。
「ハァハァ……なんだか興奮してきた…ングっ!」
月野は頬を紅潮させ、鼻を抑えている。
ドMかっ!お前は(笑)
「とにかくっ!お前はバカ野郎だっ!兄貴が本当にお前のせいだなんて思ってるわけねぇだろって事だよ!」
「……なに?」
「俺がお前の兄貴の立場だったとしてもおんなじことをしてたと思う。ってか絶対する!だって兄貴だからな!兄貴ってのは妹を守りたいんだよ!お前の兄貴だって妹を守れて本望だって思ってるはずだ!それなのに自分が体を張って助けた奴がいつまでもウジウジしてたら兄貴は悲しむだろうがっ!」
「……うぅ。」
「だから笑え!」
「……へ!?」
月野が間の抜けたような声を出す。
「兄貴のためにも笑うんだ。わたしは元気だぞって。天国の兄貴が安心して眠れるよう!そうしねぇと兄貴の死が無駄になっちまうだろ?」
「…そ、そうなの?」
「あぁ、きっとそうだ。だから笑おうぜ。1人じゃ笑えねぇなら俺が一緒にいてやる。だから笑え!」
月野は暫く黙って、
「お兄ちゃんはね、瑠樺が小学校の時、お兄ちゃんが中学校の時に中二病になったの。」
月野は素に戻り、優しく語りかけるように話す。
「その時のお兄ちゃんは馬鹿だなって思ってたけどカッコよかった…。だからお兄ちゃんが死んじゃって引き篭もった時に思ったの。弱い自分でもお兄ちゃんみたいになれば強くなれるかなって…。だからお兄ちゃんみたいな口調で喋るようになった。そしたらね。あまり怖くなくなったの。なんだか自分の中にお兄ちゃんがいるみたいで。」
俺は嬉しかった。いつも他人と関わるのが怖くて。兄貴の真似をしないと喋れないのに。俺に素で自分のことや家族のことを話してくれるなんて、ってな。
「そういえば鍵開いてたけど…」
ってか俺何言ってんの!?せっかくいい雰囲気なのにな!
「あれはお母さんが来るのを待ってるの」
そういえば放課後に来たからもう結構遅い時間だな。
「お父さんは?」
「……いない」
「…そっか。俺と一緒だな」
「ぇ?」
「俺も母親いなくてよ。有紗が家に来るまで2人暮らしだったから」
「そ、そうだね。同じだね。えへへ」
月野は少し微笑んだ。
「どうしたんだ?」
「い、いや…なんかあなたと一緒だと思うとなんだか嬉しくて…」
「そ、そっか…」
「そういえば、1人が不安なら一緒に居てくれるって言ってくれたよね?」
「……ぐっ!そ、そういえばそんな事を言ったような…」
あん時は勢いに任せて言っちゃったけど今思うと恥ずかしい……。
「ホント?」
「ん?ま、まぁな…」
俺は恥ずかしくて顔をそらした。
「……じゃぁお兄ちゃんって呼んでもいい?」
「…は?」
お、お兄ちゃん!?
「だって瑠樺が素で喋れるのお母さんだけだなのに、あなたにも素で喋れるのから。なんだか家族みたいってかお兄ちゃんみたいだなって…」
「そ、そっか…。好きにしてくれ」
俺がそう答えると、月野はぱあっと顔を明るくして、
「じゃぁ、お兄ちゃんって呼ぶね!」
「お、おう」
「じゃぁお兄ちゃんも瑠樺って呼んで?」
月野はうるうるした瞳でこちらを見つめてくる。
「そ、そんな顔すんなよ…。断れねえじゃねぇか」
俺はんんっ!と咳払いをして、
「る、瑠樺……」
「……っ!うん!」
瑠樺はとても嬉しそうな顔をしている。
俺はそんな顔を見て、つい赤くなってしまった。
「ふふっ。お兄ちゃん顔真っ赤だよ」
「お前もな」
「……うぅ…」
なにこの可愛い生き物。
瑠樺は両手で顔を隠し、背中を丸めて震えていた。隠しきれない耳の赤味具合から、相当な恥じらいが見て取れる。
「…まったく。俺をからかうからだ」
「…うぅ。でもお兄ちゃん」
「ん?」
顔は真っ赤なままだがその瞳は温かく、真剣な眼差しでこちらを見つめている。
「色々とありがとね。お兄ちゃんのおかげで元気出たよ」
「そっか」
「うん!だからありがとう!これからもよろしくね」
「おう、任せとけ」
俺はそう言って親指を立てる。
それをみて微笑んだ瑠樺の笑顔は、今までで一番美しいくとても魅力的だった。
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