第10話 カラオケ騒ぎ
放課後。
俺は今朝の花蓮先輩の言葉の返事をしないまま部活に来ていた。
幸い、花蓮先輩はまだ来ておらず、部室には恵美梨と月野がいた。
月野はいつものようにゲームをしていて、恵美梨はスマホをいじっていた。
すると恵美梨はスマホをいじっていた手を止め、こちらを振り向いた。
「ねぇ、今日ってあのバカは来ないの?」
「花蓮先輩のことか?今日は生徒会の方に行ったんじゃないか?」
「ふーん…」
としばらく考えた恵美梨は、
「じゃぁアタシ達だけでカラオケ行かない?最近行ってないのよね~」
と言った。
カラオケか……。あまり人前で歌うのは好きじゃないけど、気分転換にいいかもな。
「おう、いいぞ。」
「そう?もちろんアンタも行くわよね?」
と恵美梨は月野の方に向く。
「……ん」
月野が首を縦に振ったので、
「やった~!!じゃ、行くわよ!」
と喜ぶ恵美梨。
しかしそこで有紗が止めに入る。
「待って下さい!部活はどうするんですか」
…そういえばそうだな。
「大丈夫だって!どうせ今日も誰も来ないんだから!」
そうなのだ。もうこの部が創立して2週間が経った今でも相談者は全く来ない。
「そうだな。だから行こうぜ!有紗も」
「…まぁ、兄さんがそういうなら」
「じゃ、レッツゴー!」
そう言って部室を出ようとした時、ドアが空いた。
「ちょっと待ちなさい」
と声と共に入って来たのは花蓮先輩だった。
「……っ!花蓮先輩!?」
「…紅蓮君。あなた今朝の事をほったらかしにしておいてそこのアホ女と一緒にカラオケだなんていい度胸ね」
花蓮先輩は俺の事を睨んでいる。
……まずいっ!どうしよう…!
「い、いや~別にそういうわけじゃな、ないっすよ…?」
俺はなんとかごまかすようにそう言った。
「…はぁ。まぁいいわ。別に答えなんて最初から求めてないから。あなたは今日からわたしの婚約者候補ってことね。これは決定よ」
「ま、待って!」
俺はそう言って辺りを見渡すともれなく全員固まっていた。
「あ、アンタ何言ってんの…?」
「兄さん…。これは一体どういうことですか!」
恵美梨と有紗が口々にいう。
「あら、聞こえなかったかしら?彼はわたしの婚約者候補と言ったのよ。まぁ、彼次第ではただの婚約者としてでもいいのだけれど」
「だ、ダメですっ!兄さんは私のものなんです!」
「別にあなたも一緒で構わないわよ?」
「……なっ!」
「ちょっ!ちょっと待って下さい!全然意味分かんないんですけど!それにもう恋人役は終わったでしょ!?」
「…兄さん?私そんな事一言も聞いてないんですけど……」
「そ、その事については謝る。だけど、婚約者候補なんて俺も今朝知ったばかりなんだ!」
「…………」
有紗は暫く黙ってしまい、これは本当に困った。
「せ、先輩!」
俺は花蓮先輩に助けを乞う。
「…はぁ。あなた少し落ち着いたら?せっかくわたしが認めてあげたのに台無しよ?」
花蓮先輩は口角を上げながら話を続けた。
「まぁ、この話の事はまた後ほどに。それでいいわよね?」
「あ、はい!」
……良かったぁ。とりあえず助かった…。
「す、すみません。先輩。今まで誰かに認めてもらった事なんかなくてちょっと焦っちゃいました…」
「分かってるわ。それで紅蓮君。カラオケに行くとか言ってたわよね?」
「は、はい」
「じゃぁわたしも連れて行ってもらえるかしら。わたしこんな身分だからカラオケというものを体験したことがないのよ」
花蓮先輩ってやっぱりお嬢さまなのね…。
でも話がそっちにそれてくれて良かったぁ。
しかし俺も焦り過ぎたな。せっかく先輩に認めてもらえたんだからもっと堂々としていなきゃな!……婚約者候補の話は別としてな。
「それならちょうどいいっすね。行きましょうよ。な、恵美梨?」
「はぁ。仕方ないわね!」
「よし、そんじゃ気を取り直して行くか!」
ということで俺達は駅から近い商店街の人通りの少ない路地にぽつんと存在しているカラオケ店に着いたわけだが、
「なんでリオン先輩までいるんですか…」
「仕方ないだろ。というか本当は学校帰りに制服のまま遊ぶなんてお嬢さまはしちゃ行けないんだぞ!今日は僕が黙っておくから感謝するんだな!」
「そ、そのことは感謝するぜ、先輩」
「……ふん!」
とまぁ、俺は気を取り直して目の前のカラオケ店に目を向ける。
看板には『カラオケパーク!』と書いてある。
その看板は七色にひかり、建物はそれと不釣り合いなくらいの地味な外装をしている。
俺は覚悟を決めた。
「いらっしゃいませ~!」
恵美梨を先頭にして俺達がぞろぞろと店内に入ると20代前半くらいの若い女性が元気よく挨拶してくれた。
「ふーん。ここがカラオケ屋なのね」
まじまじと店内を観察してる花蓮先輩を余所に、恵美梨は慣れた様子で受付に会員カードを出し、
「6名ね。それとフリータイム、ドリンクバーで。」
さすがカラオケ好きであってとても自然な口調でさらりと言葉が出てんなぁ。
「かしこまりました。機種はどうなされますか?」
「LIVE DAMで」
「はい。LIVE DAMですとただいま5号室が空いております。ではお楽しみください」
と店員は小さなかごにマイクと料金書を入れ、恵美梨に手渡した。
俺達はドリンクバー用のコップを受け取り、恵美梨の後について5号室へと入る。
「ここで歌を歌うのね。随分と狭いじゃない」
この部屋は6人用の部屋なので確かに狭いっちゃ狭いが、
「こんなもんですよ、先輩」
と言っておいた。
先輩はあまり納得していない様子で渋々席へと座った。
「じゃぁ誰から歌う?」
俺が聞くと、
「アンタでいいんじゃない?アタシ超上手いから最後のトリってことで」
「あなた自分で上手いとか、少しは自重したら?そんなに言うならあなたがお手本見せてみなさいよ」
「わ、分かったわよ!言っとくけどアタシの歌声に惚れたって仕方ないんだからね!」
そんな感じで恵美梨が一番はじめに歌う事になった。
恵美梨はタッチパネル式のリモコンを操作し、マイクを片手に取る。
そしてTV画面が変わり、アイドルの映像と共に伴奏が流れる。
画面にタイトルが表示され曲が流れ始めるーー……。
「~♪~~♪~♪~~♪」
……ーー。
「スゲェな……」
「はい、意外でした」
「まぁ、わたしはもっと上手に歌えるのだけれど」
恵美梨が歌った曲は一昔前にヒットしたアイドル、EBN44の代表曲『ディープラブ』で、恵美梨はまるで本物のアイドルのように歌っていた。
「よし、92点!アタシに歌わせたらこんなもんよ!」
本当にすごいな。俺なんていつも70点台だからな…。
「まぁ、わたしはもっと上手に歌えるのだけれど」
「ちょっと彩風花蓮!それさっきもおんなじこと言ってたでしょ!!」
確かに…。
「そんなに言うならアンタが歌ってみなさいよ!」
「いいわよ。けれどわたしの歌声に惚れても知らないわよ」
「それアタシが言ったやつ!マネすんな!」
「それでどうすればいいのかしら…」
花蓮先輩が俺に操作の仕方を聞いてくる。
「ちょっと無視すんな!」
何か言ってる恵美梨を置いて俺は花蓮先輩に操作の仕方を教える。
花蓮先輩は国家を選んで転送する。
「国家!?」
俺は慌てて叫ぶ。
「国家!?馬鹿じゃないの?」
「あら、日本人なんだから国家を歌うくらい普通でしょ?」
花蓮はしれっと答える。
「いやいや、カラオケで国家は歌わないでしょ!な、恵美梨?」
「えぇ、当たり前よ!」
「……うるさいわね…。わたしみんなが歌うような曲、知らないから」
「で、ですよね!それなら仕方ないですね!」
「そうでしょ?いいから黙ってなさい」
花蓮先輩は恵美梨からマイクを奪いとり、歌い出す。
「き~み~が~~よ~~は~ーー」
……花蓮先輩マジで歌ってるよ…。
しかもものすごく綺麗な歌声だったため、みんな黙って花蓮先輩の歌声を聞いていた。
「す、スゲェ……」
花蓮先輩の歌が終わり、俺は静寂の中思わず先輩の歌声を褒めていた。
恵美梨は信じられない、という顔で花蓮先輩を睨んでいる。
有紗は感動してどこか遠い目をしている。
戻ってこーい!
「そうでしょ?」
「え、えぇ。本当にお上手なんですね。びっくりしました」
「ありがとう。紅蓮君に褒められると、なんだか嬉しいわね」
左手を添えた頬が、ぽっと薄桃色に染まる。
そしてその仕草がわざとらしく見えないため、俺はついつい照れてしまう。
「ちょっと兄さん…何照れてるんですか?」
「べ、別に照れてねぇよ」
ていうか戻って来てたたのかよ。
「そういえば何点だったんですか?」
俺は画面を見る。するとそこに映し出されていた数字は、
「99.749!?」
「ほぼ満点じゃない!?」
俺と恵美梨は同時に驚きの声を出す。
「しかも全国ランキング1位じゃないですか!」
「そ、そんな……」
恵美梨は花蓮先輩に負けたのがすごく悔しいのか、
「もう!アタシ帰る!!」
荷物を持って足早に部屋を出る。
「…………」
なんでだよ……。
「き、気を取り直して歌いましょ」
「そ、そうですね…」
あいつって本当に我が儘というかなんというか…。仕方ねぇな…。
「よーし、次は俺が歌っちゃうぞ!」
その後は俺が歌ったアニソンに続き、月野も『暗闇くらやみの滅神師ゴッドスレイヤー』の主題歌を歌い有紗も、アニソンばっか歌ってた。
俺達がアニソンばっかり歌うから花蓮先輩が拗ねちゃって、
「一緒に歌いませんか?」
と言ったら恥ずかしながらもアニソンを熱唱してくれて、俺はつい笑ってしまった。
フリータイムが終わる午後七時の五分前に店員から電話がかかってくるまで、俺達は4人で時間を忘れて楽しんだ。
「あー、歌いすぎて喉が痛い……」
「でも楽しかったですよね」
「えぇ。カラオケがこんなに楽しい所とは知らなかったわ」
「クリムゾン、また我とデュエットをしてくれ」
「おう、いいぞ。でも花蓮先輩、本当に楽しうでしたね」
「そうね。本当に楽しかったわ。ありがとう、紅蓮君」
「いえいえ。俺達も楽しむ事が出来て良かったです。な、有紗?」
「はい、私みんなでもう一度行きたいです」
「えぇ、いいわよ。有紗さんもようやく紅蓮君意外とも話せるようになったしら」
「そうですね。有紗、俺もびっくりだぞ」
「はい、私もびっくりです」
「「「あははは」」」
俺達は笑いあって、とてもいい雰囲気だった。
「もう遅い時間だし、帰りましょ?」
「そうですね。先輩はお迎えがありますよね」
「えぇ。だから月野さんを送ってってあげて」
「はい、そうします。それでいいよな、ムーンナイト」
「うむ」
そして花蓮先輩の迎えの車が来て、先輩に別れを告げ、俺達は月野の家へと向かった。
「なぁ、ムーンナイト」
今は俺の両隣に有紗と月野がいる形で夜の歩道を歩いている途中だ。
「なんだ?」
「そういえば、お前って1人っ子なの?」
「……そうだ」
月野は間を開けて答えた。
「なんだよ、その間は」
「いや、今はそうだっていうことだ」
「じゃぁ昔は兄弟がいたってことか?なんかすまんな」
「別に…」
「その話、良かったら聞かせてくれよ」
「…すまない。この話はあまりしたくないのだ」
「そっか…悪いな」
「気にするな、もう少しで着くからもういいぞ」
月野は立ち止まって顔を俯かせる。
しまった…。そんなに聞かれたく無かったのか。
「そ、そっか。本当に悪かったな。じゃ、また明日」
俺は月野の悲しそうな後ろ姿を見ながら、有紗と共に家へと帰った。
次の日、月野は学校を休んだ。
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