第9話 彩風花蓮と婚約者騒動
「実はわたし、縁談の話が来ているのーー」
俺は今、
しかし、そう驚くことではないと冷静になる。
花蓮先輩は有名な財閥のご令嬢なのだから縁談の話など日常茶飯事ではないか。
すると、先輩は今まで断って来たけど今回はちょっと断れない、ということなのだろうか。
「先輩はその話を断りたい。だけどちょっと断れなくなってしまったと、そういうことですね」
俺は落ち着いて先輩に問いただした。
「…えぇ。あなたって
案の定、そういうことだったみたいだ。
「…まぁ。そういう事なら俺が先輩の恋人役になって断るってのはどうすか?っていうのが在り来りかなって…」
俺の好きな漫画や小説ではそういう展開が多い。
「……はぁ。あなたって賢いのか馬鹿なのか…。まぁ、それでやってみるのも良いかもね」
「ですよね!じゃあこれで決まりですね」
「ちょっと待ってくださいっ!!」
そこでリオン先輩が止めに入った。
「お嬢さまはそれでいいのですか?第一こんな男に恋人役などっ」
「いいの、リオン。せっかく彼がやる気になってくれてるのだから。頼りにしてるわよ、紅蓮ぐれん君」
「任せてください!」
「ありがとう。ならあなたにはこの事について詳しく知る権利があるわね。教えてあげるわ」
そして花蓮先輩は真剣な表情で語ってくれた。
「わたしの婚約者は東雲しののめ財閥の御曹司おんぞうし、
東雲財閥って
「けれどわたしは断った。なのにしつこく交際を攻められて、遂には婚約者となっていたわ。多分お父さま方が勝手に承諾したのでしょうけど」
…やっぱり金持ちってこういうのが大変だよな。ていうか身近にいたなんてびっくりだよ。
「でもわたしは彼は何だか善よからぬ事を企たくらんでいるような気がするの。例えば…彩風財閥を乗っ取るとか」
……なるほど。確かにそういうことも考えられる。
「確かに。ボクも彼は気に食わないと思ってましたから…」
リオン先輩も同意見のようだ。
「……まぁ期待に応えられるように努力しますよ。それで、その人とはいつ会う約束をしてるんですか?」
「期日は来週の日曜日よ」
「結構急ですね」
「そうね。ごめんなさい…」
花蓮先輩が申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
「いえいえ。俺なら大丈夫ですよ」
「…そう?本当にありがとう。リオンもそれでいいわよね」
「……まぁお嬢さまがそれでいいなら…」
リオン先輩も渋々だけど納得してくれたみたいだ。
「それじゃぁ、この件についてはよろしく頼むわ。もうすぐで1時間目が終わるから、そろそろ教室へ帰りましょう」
「そういえば、俺のせいで2人共サボってしまいましたね。すみません」
「これくらい平気よ。だってわたし、成績だけはいいから」
……それもそうだな。
「じゃ、放課後にまた」
「えぇ」
そうして俺達はお互いの教室へと戻った。
その日の放課後はいつも通りダベっているだけで終わった。
いよいよ当日の日曜日。
この件について聞かされてた時に贈られたーーてか無理矢理着せられた、一流ブランドのスーツに身を固め、俺は迎えのリムジンに乗った。
リムジンの中には運転手の白髪と白髭が特徴の老人、それに花蓮先輩とリオン先輩が乗っていた。
花蓮先輩は清楚かつエレガントな純白のドレスを着、リオン先輩はいつもの執事服とは違い、さらにかしこまった灰色のスーツを来ている。
……やっぱり男ものの服を着るのね…。
ていうかここの人達は全員リオン先輩の事を知っているのだろうか。後で聞いてみよう。
生まれて初めて乗ったリムジンのシートはゆったりと柔らかく、それでいて体が沈みすぎる不快感はない。
しかし、不慣れな緊張感はほぐれる事はなく、花蓮先輩には笑われてしまった。
リオン先輩はまだブツブツと小声で俺の文句を言っていたが、気にしないことにした。
それから一言も話さず、彩風財閥の屋敷へと向かっていった。
「到着致しました。お嬢さま」
やっと屋敷に到着した俺はここまでが凄く長く感じた。
運転手によりドアが開けられ、俺はリムジンを降りた。
そして俺達を出迎えていたのは数10人にも及ぶたくさんのメイド達だった。
「おかえりなさいませ、お嬢さま。」
一斉にメイド達がお辞儀をし、そのうちのメイド長らしき人が俺の目の前に立った。
「花園はなぞの様、本日は招待に快く応じていただき、誠にありがとうございます。お嬢さまとのご関係はお嬢さまから聞いております。
さ、屋敷内へとご案内します。」
俺は緊張して挨拶をするのさえ忘れてしまった。
俺は花蓮先輩達と共にメイド長に続いて屋敷内へと入っていった。
高い天井からシャンデリアが吊るされた廊下を緊張しながら歩いて行くと一つの部屋へと案内された。
そこは教室よりも2回り広い、いかにもセレブの部屋って感じの広い所だった。真っ赤な
「やぁ、花蓮さん。今日は呼んで頂いてとても光栄だよ。それで、そこでそわそわしているいかにも平民そうな少年は誰だい?」
部屋の中で待っていたのは俺のより高そうな一流ブランドのスーツを来ている男だった。
彼の傍にはリオン先輩のような付き人はいず、堂々とした態度で立っている。
この人が花蓮先輩が言っていた東雲財閥の御曹司、東雲明人なのだろう。
「東雲君」
穏やかだがピンと芯の通った花蓮先輩の声で呼ばれ、男こ片眉がぴくりと動いた。
「彼はこれからのわたし達の話をするにあたって重要な方なの。ほら、挨拶して」
花蓮先輩に促され、俺は慌てて挨拶をする。
「え、えっと花蓮先輩と同じ高校に通ってます花園紅蓮です。きょ、今日はよろしくお願いします」
……やべぇ、めっちゃ緊張してる。
さっきは片方だけだったが、今度は両方をしかめて眉間にシワを寄せる。
「僕は東雲明人。東雲財閥の御曹司だ。それで、君のような男が何故、彼女と共に行動している」
彼は威厳のあるような角張った声で挨拶をしてきた。
「まぁ、落ち着いて。それはこれからわたしが話しますから」
花蓮先輩に促され、渋々と椅子に座った彼はまだ俺の事を睨んでいる。
俺も花蓮先輩の隣側、東雲明人の正面の席に座った。
「では、わたしから話させてともらうけど、東雲君、さっきからあなたの彼に対する態度は気に入らないわね。彼はわたしと交際している、恋人なの」
花蓮先輩は口調は穏やかだが、その声には少しの怒りが混じっているように聞こえる。
「……ほう。それじゃ、君はこいつと交際しているから僕とは結婚出来ない。そう言いたいんだね」
東雲明人は納得したように話す。
「えぇ、そうよ。そういうことだから今回の話は無かった事にして欲しいの。」
「いいだろう。その話が本当ならね」
……まずい、感ずかれたか。
「しかし見る所、彼はあまり人と関わるのがあまり得意ではないようだ。それに君との態度からにするに、まだ知り合って間もないようだ。大方、君が彼の優しさに騙だまされ恋人役でも頼んだのだろう?」
東雲明人は花蓮先輩に向けて話す。
しかしなんて感のよさだ。これじゃぁ下手な芝居は通用しないぞ。
「あなたの言う通り、彼とは一ヶ月と満たない間に知り合ったばかりだわ。でもわたしは彼の事を信用してるし、付き合っているのも本当よ」
それでも花蓮先輩は本当の事を言わずに話を続ける。
「あなたの勝手な判断で彼を傷付けるのはやめてちょうだい」
花蓮先輩はハッキリとした声で訴える。
……花蓮先輩、本当に俺の事をそんなふうに思ってくれているのかな…。
いや、そんなわけない。彼女はただ俺の力を借りているだけ。ただ、それだけの関係だ。
「……ほう。あの君がここまで言うなんて彼はさぞや立派な男なんだろうな。そういえば君の所の執事はこの世界でも有数な実力の暗殺者だったはず、彼とは闘たたかったのかい?」
やっぱりリオン先輩って只者ただものではなかったんだな。ていうか暗殺者ってマジかよ。あの時殺されても可笑しくはなかったぞ。ちょっと震えてきたぞ…。
「えぇ。結果は彼の勝ちだったそうよ。それに危ない所を彼に救われたそうだし」
リオン先輩の方を見るととても悔しそうに屈辱的な顔をして俯いている。
「それはそれは、頼もしい限りであるなぁ。だが、どうせたまたまそいつが負けただけに過ぎないだろう?」
東雲明人はリオン先輩の方をちらっと向く。
「つまりお前はそいつに勝ってなどいない。悔しかったら僕に勝ってみろ。僕はそいつのよいに甘くはないよ」
東雲明人はスーツを脱ぎ、動きやすい格好になった。
「これでも僕は空手やボクシングなど、あらゆる格闘技を小さい頃から嗜んでいる。」
俺もスーツを脱いで動きやすい格好になる。
「ほら、どこからでもかかってこい」
東雲明人は俺を挑発するように指をクイクイとして来た。
「……では、行かせてもらうぞ!」
俺は右手を握りしめたまま、東雲明人の方へと突っ込んで行く。
「馬鹿め。そんな単純な動きでは僕には当たらんぞ」
俺は東雲明人に向かって拳を振り下ろす。
ブンっ!
と音と共にその攻撃は交わされ、東雲明人の反撃の拳が飛んでくる。
俺はそれを交わし、体をねじり思いっきり後ろ蹴りを食らわせる。
「ごふっ!」
と音を出して背中に打撃を食らった東雲明人は一瞬怯んだ。
俺はその隙に正面に向き直り、思いっきり正拳突きをする。
「ま、待てっ、参った、参ったー!」
東雲明人は降参を訴えるが俺は構わず彼の顔面を殴る。
「……ッが!」
と呻き声を出して倒れる。
彼の鼻はへし折られ、青くアザが出来ている。
……とても醜い顔だ。
「どうだ。これで俺を認めてくれるか?」
彼は口をへの字に曲げ、
「ぼ、僕は認めないぞ…。顔面を狙うなんて卑怯だ。そんな奴に彼女は渡さない…」
すると今までの闘いを見ていた花蓮先輩がスッと俺の前に立った。
「いいえ、あなたの負けよ。大人しく認めなさい。あなたは自分から挑んだ闘いに負けた。それなのに情けなく負けを認めないクズなんかと、わたしは結婚する気なんてないわ。いいからさっさとわたし達の前から立ち去りなさい」
「……き、貴様……この僕になんて態度を…」
「最後に言っておくけど、わたしは彼の事を本当に愛しているわ。それにあなたなどよりもずっと紳士的で婚約するのに相応しい人間であるとわたしは思っているわ」
「こ、婚約だと?こんなどこの馬の骨とも知らぬ野郎と!?」
「えぇ。まぁあなたのように彩風財閥を乗っ取ろうとは考えていないと、わたしは信じているわ」
「……く……っ」
東雲明人の顔があからさまに歪ゆがんだ。
「僭越せんえつですが、俺としても事を荒立てたくはありません。今日はあくまでもごく私的に顔合わせをしただけという事で、お互いの胸の中に納めておきませんか?」
ここはこう言っておくべきだろう。
話を大きくするのは本意ではないし、それにもし彼が権力を使って俺に復讐ふくしゅうをしてきたら勝てる自信などこれっぽっちもない。何故なら彼は正真正銘の金持ちだからだ。
だからここは下手に出て彼に貸しを作った形で別れた方が身のためだろう。
「……分かった……。今日のところはそういう事にしておいてやろう」
「東雲君。せっかくだから仲直りのお茶などいかがかしら?」
「結構です!では失礼します!」
花蓮先輩の誘いも断り、東雲明人は早足で部屋を出て行った。
「紅蓮、ありがとう」
緊張を解いた花蓮先輩が笑顔で語りかける。
その顔は少し火照っているようにも見えたが。
「正直、わたしはあなたの事を見くびっていたわ。けれどあなたはとても頼りになるのね」
「あ、ありがとうございます」
まさか花蓮先輩にそんな事を言ってもらえるなんて正直嬉しい。
「そうだな。ボクも君を見くびっていたよ。けれど君にはお嬢さまを任せてもいいと思う」
リオン先輩がギュッと俺の手を両手で握る。
この言葉がどんな意味を持っていたかなんてその時の俺は思いもしなかった。
次の日の朝、俺は花蓮先輩達に呼ばれて部室の前へと来ていた。
もちろん、有紗には教室に行ってもらっている。
そういえば最近、あいつと離れていってる気がするな…。
そんな事を考えてた俺に花蓮先輩はまさかこの後とんでもない事を言われるは考える事は出来えいなかった。
彼女の頬はとても紅潮しており、その目は何だか虚うつろになっている。
彼女はギュッと自分の手を胸元の高さで重ねてついに話し始めた。
「……紅蓮君、昨日は本当にありがとう。
それでね、わたし考えたんだけどあなたを婚約者候補にしてもいいと思っているの」
……はい?
「光栄に思え、花園紅蓮。それと、ちゃんとお嬢さまの婚約者候補としての自覚を持った行動んするんだな」
リオン先輩も何言ってんの?
婚約者候補……?
「はぁあああああああああ!?」
俺は何を言ってるのか分からないまま叫んでいたのであった。
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