第3話 花園兄妹の過去

  我が家に妹の有紗ありさがやって来たのはちょうど5年前。

 3月下旬、暖かい気候と日差しの下、父さんの後ろに隠れて、俯きがちに俺を見つめていた。

 ーー今日からお前の妹になるんだぞ。仲良くしてやれよ。

  そう言って父さんは有紗を俺の前に立つよう促したが、有紗は俯いたまま何も言わなかった。

 俺も何も言えなかった。

  そしてそれからしばらくお互い、何も話さない時期が続いたーー。




  俺の母さんは、俺を産んですぐに家を出ていってしまった。

  というか、父さんが母さんを追い出したのだ。

  それもそのはず、何故なら母さんは産まれたばかりの俺をすべて父さんに押し付け自分は他の男と浮気をしていたのだから。

  父さんは「お前はもうこの子の母親じゃないっ!出て行けっ!」

 と言ったそうだ。

  それから母さんは1度も姿を現していない。

  そして父さんは男手一つで俺を育ててくれた。時には厳しく、時には優しい父さんは今でも俺の誇りだ。

  しかし母親のいない俺達家族をよく思わない人達はいて、俺も父さんも保育園や会社での立場がとても悪くなってしまった。

  俺は小学校に行っても孤立していた。

  友達を作る事が出来ず、いつも1人ぼっちだった。

  そんな俺をからかうような連中が出て来た。俺は強く否定が出来なかったため、その後もからかいはエスカレートしていき、イジメの域まで行っていた。

  女子でさえ、イジメている男子共に混じって

 俺をからかって来た。

  そして俺はある一つの決断をした。

  人間というのは愚かだ。

  産んだ子供を放って他の男と浮気をしていた母。

  それを悪く思わず、俺達を遠ざけていた保育園の人々。

  平気で人を傷つける小学校の連中。

  俺は父親以外の連中は信用しては行けない。皆俺の敵だ。ならば無理に自分から近づく事はない。

  俺は父親以外の他の人間を信用出来ず、逃げる様に周囲から自分で遠ざかった。

  そんな時、俺は有紗に出会った。


 


  当時の俺は小学校6年生。

 妹の有紗は1つ年下で小学校5年生。

  妹の有紗も俺と同じようだった。

 いや、俺よりも酷かった。

 両親は喧嘩ばかりしていつも有紗に八つ当たりで暴力を振るっていたそうだ。

  そして両親はお互いに自殺をして他界してしまった。

  1人取り残された有紗は親戚に預かって貰えず、そんな有紗を可愛いそうに思い、両親の同級生だった父さんは有紗を引き取る事にした。

  両親に虐待ぎゃくたいを受けていた有紗は当然の様に他の人間も恐れ、それを面白がった小学校の連中は寄って集たかって有紗をイジメた。

  俺と同じ様に他の人間が信じられなかった有紗に俺は親近感が湧き、不謹慎だが嬉しかった。

  しかし思ったよりも有紗の心の傷は深く、初日に引っ付いてた父さんさえも遠ざけ、1人自室に篭こっていた。


  俺はなんとかして有紗と仲良くなりたくて毎日毎日扉の向こうに居るはずの有紗に声をかけまくった。

  まずは俺の事を知ってもらうために出来るだけ思い付く限りに俺の事を一方的に教え続けた。

  そしてそんな日が続き、1ヶ月がたった頃。

  その頃から有紗はぼそぼそと少しずつ俺の話にのってくれた。

  最初は少しの単語と相槌あいづちの音だけ。

 それでも反応してくれた事が何よりも嬉しかった。

  そして半年がたったぐらいから少しずつ部屋から出て顔を見せるようになった。

  更に1週間後には顔だけでなく手を出してくれるようになり、身振り手振りで会話をする事が出来るようになった。

  部屋から出てリビングに来た時の俺と父さんの喜びはそれはもうものすごいものだった。

  そして中学に入る前には俺達の他の人とも顔を見せたり話す機会が多くなった。

  父さんと俺は不安だったが、本人の強い意志もあり、有紗は俺と同じ学校に入学した。

  2年かかってやっと俺達に心を開く様になった有紗が学校で上手く行けるなんて全く思っていなかった。

  しかし、友達こそ出来なかったがそれなりにクラスメイト達に馴染めていて少しホットしていた。

  だが、自分から周囲を遠ざけている妹をイジメるやつが出てくるんじゃないかと不安でしょうがなかったが、その心配もいらなかった様で妹にしつこく関わる生徒は現れなかった。

  それにいつも一緒にいる俺達をシスコンだのブラコンだのと、からかって来たやつもいたが、俺達でそいつらを脅おどししたら一目散に逃げて行った。

  その後仕返しでもして来るんじゃないかと冷や冷やしていたが、あの兄妹には手を出さない方がいい、という噂が学校中に広まり俺達に近寄ってくる人は1人も現れなかった。

  そして俺達は家でも学校でもずっと一緒に過ごしてお互いを依存しあっていた。

  それを心配した先生が俺達を引き離した時はもう凄い事になった。

  目眩と吐き気がし、心臓発作を起こし全身が痙攣したほどだ。

  俺達は1人では生きて行けなくなっていたのだ。

 俺達はお互いを愛し、そしてその愛は兄妹の反中を超えていた。まるで恋人の様に。いや、恋人以上の愛は深かったのだ。

  まぁ年が違うので当然授業受ける時は離れてしまうが、それ以外の休み時間などはいつも一緒だった。

  俺が高1で妹が中3の時はどうだって?

  父さんは特別な学校に編入させようか迷ったがお互いの将来のためと言って編入させなかった。

  最初の方はほとんど学校に行かなかった。

  父さんが学校に頼み込んで1学期の間だけ目を瞑(つむ)ってもらっていた。

  その間に俺達は少しずつお互いから離れる練習を毎日続けた。

 ……はぁ。あの時はいつ思い出しても地獄だな。いや、ホントに地獄絵図だったぞ。

  毎回の様に吐いてめっちゃげっそりしてたし、精神的にも弱っていったからな。

  特に学校に行かなくてもいい夏休みは本当に地獄のようだったな。


  それでも俺達は頑張って2学期からは普通とは行かないが学校に通い始めた。

  まぁ同じ学校に通う様になった今も授業以外はいつも一緒にいるんだけどね。

  俺達は永遠に離れる事は出来ないんじゃないかと思う。

  そしてお互い以外の人と関わる事なんてこれからないんだと思っていた。

  しかし俺達は先生に無理矢理特別相談部とやらに入れられ、他人と関わらざるを得なくなってしまった。




「はぁあああ……疲れた〜。何で部活なんかやらなくちゃいけないんだよ…。なぁ?有紗」

 俺は学校を出るなり妹に愚痴をこぼす。

「でも兄さんはちゃんと他人と会話が出来るのですね…。私は一言も話せませんでした」

「そうだな…。自己紹介も震えながらしてたもんな。でも偉いぞ、ちゃんと我慢出来て」

 俺はそう言って有紗の頭を優しく撫でた。

「っっっ!ふみゅ〜〜〜」

 有紗は俺に撫でられて気持ち良さそうな顔をしている。まったく、可愛いやつめ。

「それでどうしますか?」

「ん?部活か?そりゃやるしかないだろ…。マジで成績落とされたら父さんに迷惑かかるからな」

「そうですね……」

「まぁ大丈夫だって!俺がついてるからさ!何かあったらいつでも俺が守ってやるから」

「兄さん…」

 有紗が嬉しそうに俺を見つめる。

 そして俺達はそっと口付けを交わしたーー

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