第20話 悪魔
どこまで走る?
終わりの見えない、永遠に続く道をただひたすらに走る。迫り来るのは不気味な笑い声を響かせ、襲いかかる異形の者。
足の数は8だろうか。数える余裕なんてない。見つけるのが幾らか早く、距離のあるうちに逃げることが出来たが、相手の速度的に考えて追いつかれるのも時間の問題だろう。
障害物になりそうなものはひとつもない。白い霧のかかった世界を走り回るだけ。その果てに何があるのかもわからず、何がいるのかもわからずに。
「待って、待ってよぉぉぉォォォォ」
耳に響く耳障りな声。精神的不快感を強く与える声に怯みながらも足は止めない。振り向くことなどしない。
「くっ、くそ!喰らいやがれ!!」
魔法陣を介しての『
噛み付かれた足をばたつかせながら痛みにもがく。が、残りの足に体を貫かれた雷鳥は簡単に霧散した。
数秒の足止めすらすることが出来ず、自分の無力さを今更ながらに痛感する。
「食べる?嬲る?犯す?殺す?アァ……だめ、抑えキレナイ」
迫る重圧、禍々しい限りのそのオーラに押し潰されてしまいそうになる。既に体力は限界、足は悲鳴をあげ、酸素が足りなくて目眩がする。
もうダメだ。俺はこんなわけも分からない場所でわけの分からない化け物に食われて終わる。逃れられない。
クロト、エリカ、母さん、父さん、ノーラ。ごめん、先に逝くね。
覚悟を決めて振り向く。黒い8本足、恐らくは蜘蛛と思われる異形の者。上半分にあるのは浅黒い肌をした上半身裸の女の人だ。蜘蛛と一体化するように溶け込んでいて、その目に生気は感じられない。
大きな足を器用に使い、信じられない速度で突進してくる。
このまま押し潰されて死ぬのか。きっと一瞬だ、何も怖くない。
「ァァァァアアア!!!!」
悲鳴のような金切り声を上げてその化け物は速度をあげた。確実に俺を殺せるように。
目を閉じ、来るであろう衝撃に覚悟を決める。自然と目からは涙がこぼれ、色んな人の顔が思い浮かぶ。
重圧感が眼前まで迫り、全身に力が入る。
あぁ、折角生まれ変わったのになぁ……
轟音――――そう表現する他ない程の大きな音が目の前から聞こえた。
恐る恐る目を開く。目の前にいたのはここに来る前に最後に見た長髪の悪魔。
悪魔は片手で8本足の化け物を押さえつけ、その力で押し潰した。
グチャリ、と醜い音を立てて赤黒い血にも似た液体を周囲に撒いて化け物は消えた。
あとに残るのは悠々と手についた液体を拭き取る悪魔と錆びた鉄の匂いだけだ。
悪魔は手についた液体を拭き終えるとこちらへと向き直る。顔から感情は読み取れない。
なぜ助けてくれたのか、なぜここにいるのか、そもそもここはどこなのか。様々な疑問が頭の中を埋め尽くす。
『お前、怪我はないか?』
無表情のままで悪魔は問う。
俺のことを、いや人間のことを虫けらとしか思っていない瞳でまるで人間のように心配する素振りを見せる。
機械的な、誰かに指示されているような、そんな感じの仕草だ。
『そうか、ないか。ならいい。マスターとの約束は守った』
マスター…………あの黒髪の女のことだろう。あの女が俺を守るように指示したのか?何故?
『お前、俺たちと一緒に来る気はないか?』
「…………は?」
悪魔が言ったのは理解するのに少しだけ時間が必要なことだった。
一緒に?こいつらと?俺が?
『俺は別にどうでもいい。マスターの指示だからな。で、どうする』
淡々と受け取った資料を読み上げる精密機械のような声音。
「…………嫌だ。お前らなんかと誰が仲間になるかよ」
精一杯の反抗。力では絶対に敵わない。きっと何をされたかも気付かぬうちに殺されるだけだろう。
だったら、態度だけでも、心だけでも反抗してやろうじゃないか。例えそれで相手の機嫌が悪くなって殺されたとしても俺は別に構わない。
『そうか。マスターは悲しむな』
悪魔はそれだけ言うと背を向けてどこかへと行こうとする。
「お、おい!待て!」
すかさず止めにかかる。
俺をこんな場所に呼び出したのは恐らくはこいつだ。だと言うのに俺を置いてどこかへと消えるのか?何のために俺をここへ連れてきたのか、聞かなければならない。
『マスターはあっちで用があるからな。それが終わるまでの間お前を保護?隔離?…………まぁ、他の奴らに盗られないようにするためにここに呼んだ。あとは勧誘。
マスターの用事が終わるまでここにいるしかない。せいぜい死なない程度にな。仲間にならないやつを助ける理由はないからな』
悪魔はそれを言い終わると今度こそ背を向けてどこかへと消えていった。
そしてそれと同時に今度は黒い巨大な触手を持つ影と真っ白な窓だけが付いている建造物画いくつか現れた。
逃げるしかない。
黒い化け物に見つかる前に建造物よ影を駆使して今度は隠れながら逃げていく。
※ ※ ※ ※ ※
絶叫。堪らないほどの血の匂い。壊しては治し、壊しては治し、を繰り返して痛みを与え続ける。
腹を裂き、肋骨を掴み、折る。取れた肋骨は他の男の腹にでも刺しておく。刺された方から凄い悲鳴が聞こえるけど、取られた方からはそれを超えるほどの絶叫。
耳に響くその甘美な音色に体が火照る。もう一本の折れた肋骨を見つめ、もう少し上手く取れないかを試行錯誤していく。
鼻腔をくすぐる血の匂い。顕になった肺に顔を近づけその匂いを堪能する。
「ぁぁぁ、がっ、ごっ――――」
血の泡を口から吐き出し、男が死んでしまった。匂いを堪能するあまり、治癒を怠ったからだ。少し反省。次やる時には失敗しないようにしないと。
男の肺を掴み取り、隣に磔にされた男に見せてあげる。
とても綺麗な色。肺胞も取り出してみる。血に濡れた手が滑って落としてしまった。
べチャリ、と粘っこい音を立て、足元に溜まった血溜まりに浮かぶ。
「ぅー!!ぁぁぅぅぅ!!!」
「何言ってるかわかんない。ちゃんと喋ろうよ」
口から血を出し、涙を流しながら男は何度も何度も訳の分からない言葉を叫ぶ。
なんで、泣いてるの?泣けば許してもらえるの?解放してもらえるの?私の時は泣いても解放してくれなかったのに?
無性に腹が立つ。こいつは楽に殺さない。苦しんでから死んでもらう。その為にはどうしようか。
四肢を切り落とす?ダメ、もうやってる。
血を抜く?ダメ、地味。
首を切る?ダメ、一瞬で終わる。
食べる?ダメ、こんなモノ食べたくない。
炙る?…………それだ。それがいい。
思い立ったが吉日。男を担いで牛の入れ物に入れてあげる。その際、しっかりと拘束は解いてあげる。
金属の牛の中から何か魔法を使うような音が聞こえたけど、牛に傷などひとつも付かない。内側から開けることなどできず、壊すことも不可。
さぁ、火をつけよう。
牛の腹の部分に炎が当たる。それは時間が経つにつれて金属の熱伝導性によって細部まで行き渡る。
中にいる男はきっと熱さでもがき苦しむ。
最初はまだ我慢出来る。徐々に熱が広がり、熱さが増す。その頃にはきっと掌が熱によりくっつき、肌が溶ける。
少しでも身動きを取れば引っ付いた肌が引き剥がされ、剥き出しになった筋肉が熱に触れ更なる痛みを走らせる。
悲鳴をあげ、絶叫し、その声は他の磔にされた男共に恐怖を与える。
私の耳には心地よくても男共にはこれが不快なものらしい。私の鳴き声は心地よさそうに――興奮していたくせに、それが悲鳴になるだけでこうも変わるものなのだろうか。
「ぉ、ぉぇぅぁぁぃ」
「ぅぅぃぇ」
どこからともなく聞こえてくる声。
『ごめんなさい』『許して』
男共は口々にそう言う。私がそう言ってもやめなかったくせに。自分たちが言えばやめてもらえる都でも思っているのだろうか。
ふざけるな。お前らを許すつもりなんてない。私を罵り、嘲て、虐め、辱め、犯して、輪して、許せるはずがない。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――――グチャグチャに殺す。
「ごっ、ぼぉ――――」
気がつけば横の男は死んでいた。
汚らしい腸をぶちまけ、腸の中から茶色い汚物をぶちまけ、鼻につく嫌な匂いをさせて。
私は何度も何度もその男を殴った。顔というものが無くなるほどに。原型が留まらないように。
ヴヴォォォォォォォォォ
牛の声。中の男が酸素を求めて鳴らした音。その音で少し冷静さを取り戻せた。
やっぱりあの時のことを思い出すと取り乱す。もう少し時間が必要な事だった。
「ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
男共は叫ぶ。その汚らしい声で。私を嗤った声で。私を嬲った声で。
「黙れッ!!」
殴る。
一撃で男の声は止み、手には骨を砕く感触と血に濡れてネバネバした感触だけが残る。
手当たり次第に殺していく。頭を砕き、腹を裂き、肺を潰し、目をくり抜き、殺す。
――――気がつけば、誰も叫ばなくなっていた。
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