第17話 巷を騒がせる者

 学校に響く鐘の音。昼休みを知らせるものだ。鐘の音と同時に教室から逃げるように出ていき、友達と遊びに向かう者、机をくっつけ弁当を食べ始める者、真面目に勉強を続ける者。

 そんな中俺はというと……


「はぁ……はぁ……」


 激しい息切れ、強めの頭痛、立ちくらみ、といった症状に悩まされながらトレーニングルームにて魔法の追試だ。

 追試と言っても俺の場合は人よりも出来ていないので魔法の難易度的には何段階か下なのだが、それでも俺にしてみれば難易度は高いし、まだ使えないし、という状態でテストどころではないのだけれど。

 そんなことを言っていてもテストというのには期日がある。期日までにできなかった俺の責任なのだ。


「ロイくん、無理はしないでくださいね?」


 試験監督を務めてくれているアイリス先生が俺の横で心配そうに声をかける。


「大丈夫です……。まだやれます」


 本当は今にでも倒れてしまいそうだ。けれど俺以外皆が終わったことなのだ。ここで俺がダラダラと出来ないままでいるといつまでも先に進めない。無理をしてでもやらなくてはならない。

 クロトとエリカはこの場にはいない。きっと出来ない俺に気を使ってくれているのだろう。こういう時は余計な応援など『甘え』の原因となるのだ。結局は当人次第。やるかやらないかである。

 大丈夫、と自分に言い聞かせ膝に力を入れてもう一度構える。が、力を入れたはずの膝が崩れ落ち、地面に倒れる寸前で俺の意識は暗転した。


 ※ ※ ※ ※ ※


「ほんと、無理しすぎなのよ。こいつは」


 そう言って少女は白いベッドに横たわる黒髪の少年をつつく。その声には呆れが強く混じっているが、少年の様子を心配するようなものは感じられない。

 ここ最近の恵まれた快晴により金の髪には太陽の光が反射し、元のもの以上の輝きを放っている。雪のように白い指先がベッドに横たわる黒髪の少年から離れる。

 そして少女は黒髪の少年の横で幸せそうな顔で眠っている紺色の髪をした少女へと冷たい視線を向ける。


「このバカは……。泣き止んだと思ったら自分の主人の隣で普通寝るかしら」


 ロイが倒れたと聞いた時に駆けつけたのはクロトとエリカだ。クロトは心配と不安からかひとしきり泣いた後は子供のように眠ってしまった。魔力切れでそんなに泣く必要があるのか、と疑問には思ったがクロトがロイを思う気持ちには並々ならぬものを感じているためエリカは何も言わない。

 アイリスは定例会議があるようでここに留まるわけにはいかなかったらしく、現在医務室にいるのは実質エリカだけだ。


「クロトを起こそうにもまた泣かれたら流石に面倒だもの……」


 エリカはベットのそばに置いてある椅子に腰掛け、持ってきていた本を手に取り読書をすることにした。

 勝手に帰って何かあれば問題になると考えたからだ。


 エリカは静かな部屋で一人、暖かな太陽の光に照らされて心地よい気持ちになりながら本の世界へと入っていった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 目が覚めると綺麗な夕焼けと綺麗な金髪が目に付いた。

 空気の入れ替えのために開かれた窓から冷たく乾燥した冬の風が吹き込み、少女の金髪を撫でる。そっと片手で髪を抑え本の世界に没入している彼女は俺が目覚めたことには気づいていない。

 横で眠る少女は幸せそうな顔で眠っているため起こしずらい。


「…………あら、おはよう。体調はどうかしら」


 どうやら俺の気配に気づいたらしいエリカは本を読むのをやめて俺のおでこに手を当てて体温を確認する。少しだけ照れくさくて顔が赤くなるが、それで体温が上がらないだろうし大丈夫だ。多分。

 エリカは恐らくずっと座っていたのだろう。疲れた体を伸ばし、立ち上がる。こちらへと向き直り、


「そのバカのことは置いてっても大丈夫よ。私はこれで帰るけど、しばらくは特訓はお休みですって」


 エリカはそれだけ伝えると扉を開けて帰っていった。

 流石にクロトを置き去りにして帰るわけにはいかないので起こすが。何せ置いていったあとが怖い。


「クロト、起きろ。帰るぞ」


 体を横に揺さぶり、強制的に目覚めさせようと試みる。しばらく揺すっていると眠たそうに虚ろな目を擦り、大きな欠伸と一緒にクロトが目を覚ました。


「あ、ロイ様ぁ、おはようございます」


「おはよう…………なのかな?」


 さっきエリカにも言われたけど明らかに朝ではないからこの挨拶は違う気がするけといいか。

 未だ夢心地のクロトの手を握りベッドから下ろす。手を離そうとすると強めの力で握られて痛かったので離せなくなった。多分手に痕がついてる。

 まだ少しだけ頭が重く、体がダルいが動けない訳ではないのでそろそろ部屋に戻らないと。


 アイリス先生に挨拶と礼を言い、部屋に帰った。

 寮の入り口まで帰ってきて何やら忙しそうに掲示板に何かを貼る管理人さんの姿が目に付いたのでジッと見つめていると、


「やぁ、帰ったのかい?」


「あ、はい。ただいまです」


 寮の管理人さんは20代後半の優しげな印象の男性だ。この人とは一度、この寮に来た時にしか面識がないが、この寮に関しての仕事をこなしてくれている。恐らく掲示板に貼っているものもその仕事のひとつなんだろう。


「あぁ、これかい?」


 そう言って貼り終えた管理人さんは邪魔にならないようにと脇の方に避けてくれた。

 クロトと二人で並んで掲示板にデカデカと貼られたその紙を読む。


「……人攫い?」


 その紙に書いてあるのは最近王都内にて人攫いが増加している。というものだった。

 ターゲットは無差別。富裕層だったり警備騎士、子供から大人まで。老若男女問わず攫われているようだ。目的は不明、犯人の人数も不明、目撃情報もなし。

 なんとも不気味で恐ろしい事件だ。しかも学生区の近くでも人攫いが起きている。1番多いのは王城周辺を警備している騎士たちの行方不明情報だ


「まだこの辺りでは出てないみたいだけど、十分に気をつけてね」


 管理人さんは疲れた表情を笑顔に変え、部屋へと戻った。

 人攫い。前世で言うところの誘拐だ。それを行う理由は恐らく魔術的な何かに使用する…………いや、それならば小さい子供の方がいいだろう。純真であり、ひ弱な子供の方が攫いやすいし、魔術的にも効果は高い。

 であれば今回の人攫いは何が目的なのだろうか。


 まぁ、俺が考えたところで出てくる答えは所詮素人のものだ。こういうのはプロに任せておけば問題ないだろう。きっと気づいたら終わってるはずだ。


「ロイ様、今日から私しばらくこの部屋で寝てもいいでしょうか」


 夕飯の最中、クロトが何やら真剣な表情に変わり、何を言うのかと身構えたらこれだ。

 どうやら先程見たあの人攫いの影響らしい。メイドとして主人を守らねば、という心理が働いたのかもしれないが、理由はそれだけじゃない気がする。

 確かに、一人でいるより二人でいた方が安心出来る。が……


「ダメだ」


「なんでですか!!!!」


 クロトは血相を変えて俺の答えに反対する。そこまで守ろうとしてくれるのは嬉しいことだ。

 しかし、人攫いの事を少し気にしすぎだ。まだ学生区での事件は起きていないし、何より寮に侵入者が入れば即座に警報が鳴る。それにクロトと寝るのはなんだか気恥しい。


「ロイ様はシステムを過信しすぎです!相手がそれを上回っていたりしたらどうするんですか!」


「お、落ち着いて……」


「私は!!ロイ様が心配で!!」


「わ、わかった。わかっ――」


「本当ですか!?」


 必死に宥めようとしたところ言葉を遮られ、なんか曲解された気がする。これは弁明不可能か。ここで下手なことを言えばクロトの機嫌は悪くなる……かと言ってそれを認めてしまえば……


「わかった……わかったけど!こうしよう、俺が床でクロトがベッドで寝るのならば許す!」


「えー」


 なんだその不服そうな顔は。


「それ以外は認めないからな」


 そう言うとクロトは納得はしてないものの理解したという感じで収めてくれた。


 ベッドにクロト、床に俺。床で寝るのは翌日体が痛くなりそうだが仕方ない。流石に同じベッドで寝るのは気が引ける。

 電気を消して窓のカーテンを閉めようと近づく。

 外の天気がここ最近では珍しい雪だということに気づいた。夜の暗い空から弱々しく降りてくる白い雪は久しぶりに見る光景で、今が冬だと言うことを再確認できた。

 明日は冷え込むかもしれない。そう思って予備の毛布に潜り込んだ。


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