第16話 観光区へ Ⅱ
「クロト、エリカ。いい加減やめにしよう」
「嫌よ。なんで私が負けを認めないといけないのよ」
「ロイ様、失礼ですがその命令には逆らわせていただきます」
二人は刃物のような鋭さを誇る目付きで互いを睨む。
間に挟められた俺は二人を宥めようと必死に思考を回転させてみるが、いい案が思い浮かばない。店員に助けを求めても子供同士の可愛らしい言い争いだと思われ本気で収めようとはしてくれない。
周囲の人々も止める様子などなく、視線には「可愛らしい」「元気ねぇ」などといった違う方向の見解の持ち主ばかりだ。
可愛らしい?元気?ハハ、そんなことならどれだけ楽なことか。この二人の仲の悪さを見くびってもらっては困る。俺も一瞬「あれ?こいつら実は仲いいんじゃね?」なんてことを思ったが、そんなことは大間違いだ。
「アナタは私の後でしょ?それをムキになってアナタがロイを困らせるから、ロイがそう言ってくれただけで――」
「ロイ様が私に嘘を?ハッ、ロイ様と知り合って長くもないくせにロイ様のことを知ったような口で言わないでほしいですね――」
「長い付き合い?じゃあアナタは一度でも言われたことがあるのかしら。まぁ、年がら年中メイド服のアナタが言われるとは思えないのだけれど――」
「言われたことなら数え切れませんよ。アナタとは比べ物にならないくらいなんですからね――」
「それは社交辞令ってものでしょ?それくらい区別をつけなさい?そもそも――」
「社交辞令?ロイ様が?ふざけるのも大概に――」
エスカレートしていく二人の喧嘩を遠のいていく意識の中、ギリギリの状態でなんとか保っている。あぁ、これが、これが修羅場……なのか?
転生前は少しだけこんなシチュエーションに憧れがあったが、実際に遭遇するとなんとも言えないな……。
まぁ……事の発端は俺にあるんだけれど。俺があんな事さえ言わなければなぁ。こんなことになるって分かってたら言わなかったんだけどなぁ。
「「で?!ロイ(様)はどっちが可愛いと思うの!?」」
これが誰も止めに入らない理由だ。
ただの喧嘩なら誰か大人が間に入って止めようとしてくれるだろうが、今起きているのは服装対決。
ざっくり言うと『どっちが可愛いか』である。
試着したエリカに俺が一言「可愛いじゃん」と言ったのがきっかけ。
「私の方が可愛いですよね!?」と始まり、「ロイ、いいのよこんなやつ相手にしなくても」で火がついた。
決壊したダムの如く押し寄せる二人の「どっちが可愛い」の一言に威圧されること一時間。流石に体力の限界だ……。普段の特訓より疲れたんじゃないか?
「あ、あぁ、二人とも――」
「「そんなことは聞いてない!!」」
こういうところは息ぴったりに合わせてくる。普段からこのくらいであれば俺も楽なんだけどなぁ……。
そんなことよりも、そろそろここからでないと他のお客さんの迷惑になってしまう。
言い争う二人の手首を掴み、店員に謝りながらその場を後にした。
「ふ、二人とも落ち着いた……?」
フードエリアの椅子に座り、二人の様子を伺ってみる。二人とも互いの顔を見ようともしない。どうしたものか。
手に取ったパンを口へと運び、今後二人がどうすれば仲良くなるのかを考える。が、特に妙案が浮かぶことなどなく食べ終えてしまった。
「はぁ……俺はこれから魔導書でも見てこようと思うけど二人は――」
「ついてくわ」
「私も一緒に見に行きます」
食い気味に二人から返事がきた。
クロト、俺、エリカ。の順に並ぶ――いつも通りだが――。いつも以上に空気が重く、会話がない。
いつまでもこんな状態では流石に困る……。どこかに二人が仲良くなる薬でも落ちてないかな。
そんな都合のいい薬が道端に落ちているはずもなく、俺達は特に会話もないまま魔導書店についた。
クロトは一般書コーナーに用事があるそうで、一旦俺達から離れることになった。エリカは魔導書に興味があるらしく、俺と一緒に見て回っている。
「…………クロトとは仲良くなれないの?」
「無理ね」
即答だ。表情にひとつの乱れすら感じられない。
「あっちの方にその意志が感じられないもの。仲良くする方が難しいわよ」
まぁ、出会いが出会いですからね……。そりゃクロトも良い印象なんて持ってないでしょうね……。
でもエリカは最初の頃と比べると随分と付き合いやすくなったものだと思う。出会い方なんて最悪だったのに。根っこがいい子なんだろう。
二人が仲良くなるにはどちらかが、もしくは両方が大人になるしかないのだ。時間が解決してくれることを願おう。これは決して諦めではない。未来に託したのだ。そう。頼むぞ、未来の俺。がんばれ!
俺が一人で未来の自分へとエールを送っている傍ら、エリカは何やら赤々とした奇抜な装丁の魔導書を手に取っていた。
「なんだ?それ」
「1級魔法について書かれてるわ。炎系専門だけどね」
属性は見ればわかります。その色で水とか言われても信用出来ないし……。
にしても1級魔法か。俺は一度だけ挑戦したことがあるが、あれは痛い記憶だ。物理的にも精神的にも。
あれから3年経つのか?まぁでも再度挑戦しようとはまだ考えられないかな。反動が怖いし、何よりクロトを泣かせたくないし……。
そう言えばエリカは第何級まで使えるのだろう。前に先輩方に放ったのは確か3級魔法だったはずだ。だったらその先の2級魔法も……
「…………あなたが何を考えてるかは何となく分かるわ。言っておくけど2級魔法からは使えないわよ。アレは魔導師の中でも最上級、最高位と呼ばれる人達しか使えないわよ。……まぁ、一番簡単なやつなら使える人は多いでしょうけどね」
へぇ、そうだったんだ。全く知らなかった。
魔法というのは基本的に階級分けされてはいるものの、同じ階級でも使用する魔力量や威力、難易度が違う。何故同じ階級なのにそんな違いがあるのかは未だに不明なのだそうだ。
3級魔法と2級魔法の一部ならば常人にも努力次第で使えるそうなのだが、2級魔法の上位、又は中位からは一握りの才能を持つものしか使えないとか。
1級魔法を使えるものは世界に20人もいないのだろう。神に選ばれた、とされる者にしか扱えないのだとか。
ちなみに通常、魔法陣なんてものは高等部でも知識程度しか教えられないとか。使用は簡単だが、使える魔法がないから、だそうだ。
魔法の威力上げに使えるんだったらそれに使えばいいのに。勿体無い。
「普通、そんな事しなくてもある程度なら威力を引き出せるのよ。だから無駄なことは覚えないようにしてるの」
くそ……!俺の唯一の自慢を、魔法陣を『無駄』だと言われた!!この悔しさは必ず晴らす……!
アイリス先生が!!
「……で?あなたは何か欲しいものがあったんじゃなくて?」
「あ、そうだった」
そう言って俺が向かったのは5級魔法のコーナー。その中でも割と簡単なやつがまとめられているものを手に取り中を見てみる。
…………うん。わかってたけど、今の俺に使えそうなものはひとつもないね。
やっぱり地道にコツコツと一つ一つ覚えていくしかないのか。早く『
「なに現実に叩きつけられた顔してるのよ。あなたに才能がないのなんてわかってたことでしょ?諦めて努力なさい」
ここで罵倒が飛んでこないのは仲良くなれた証拠だろうか。エリカも俺が魔術の才能に恵まれていないことを知って言ってくれてるんだろう。
諦めて努力しよう……。
「あ、ロイ様!」
魔導書コーナーを後にし、クロトを探して一般書コーナーへと向かった。案外すぐにクロトは見つかった。
何やら悩んでいるようで、手に取った本を見比べている。
クロトは割と読書家だ。俺の部屋で仕事が全て終わり、俺に許可を取ってからいつも本を読んでいる。別に許可なんて取らなくてもいいのだが、クロトとしては取らなければならないそうだ。メイドって面倒臭い仕事なんですね。
「……アンタ何持ってるの。それ」
「え?あ、これですか?」
気になって俺もそばに寄ってみようと思ったが、エリカに「そこにいて」と強めに言われたので逆らうことが出来ず、大人しく二人を遠くから見守ることにした。
エリカがクロトの元に行くとすぐにエリカが何かを言うのがわかった。
どうやらクロトの本に理由があるようだ。これにはあのクロトもエリカに食らいつく事はなく、驚くほど素直に意見を聞き入れている。
一体何を買おうとしてたんだ……?
「すみません、ロイ様。お待たせしてしまいました」
結局先程迷っていた内の一冊を買って来ていた。隣でエリカは何度もため息を繰り返していたが、その真相は闇の中だ。
店を出てから今日は少し疲れたということで早めの解散になった。明らかに原因は服屋でのあの喧嘩のせいだと思う。
エリカの寮まで送り届け、俺達は帰路についた。
※ ※ ※ ※ ※
あぁ、楽しみだ。
楽しみで仕方ない。
『なぁ、もういいんじゃないカ?』
ハンニは黙ってて。
まだ、まだその時じゃない。
もう少し待ってから。
みんなが私に注目してくれないと。
『まぁ、確かにナ。お前の欲望はそんくらいじゃないと満たされないよナ』
分かってるなら言わないでちょうだい。
ハンニ、いつでも準備しといてね。
早く力を試したいの。
『あぁ、大丈夫ダ。マスターの思ってることは俺につたわってル』
そう、なら大丈夫。
早く……早く、壊したい。
ふふっ。
少女は笑う。月の光の影になりその表情はわからない。
狂気を宿らせたその瞳は黒々とした輝きを放つ。
許さない。許さない。
私を『無能』と罵ったヤツらに罰を与える。
私とハンニがいればそれも叶う。
あぁ、その日が待ち遠しい。
あと少しで完全にハンニの力は戻る。
それまで続けないと……。
少女は嗤う。
夜道に転がるは首無き死体。それは一片の欠片も残さず消えていく。後には血の匂いすら残らない。
夜道を巡回していた警備兵が声を出すことも許されず、音を立てることも許されず、反撃することすら許されずに死んでいく。
そしてその後には当然のように何も残らない。最初からそこには何も無かったかのように。
王都で連続失踪事件が多発していると報道されるのは翌朝のことだった。
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