第15話 観光区へ

 今日は驚くほどの快晴だ。

 ドアを開けてすぐに目を細めて顔の前に手を持ってきた。

 積もった雪に反射する太陽の光に、目の奥を刺すような痛みが走る。


 外を歩くと俺の黒髪はこの季節の白い景色にはあまり似合わなく、どこか浮いている。

 せめて前世とは違う髪色でもよかったんじゃないだろうか。

 まぁ、慣れ親しんだ黒髪と別れるのも寂しいけど。


 隣を歩くクロトは制服の上に暖かそうな色合いのコートを羽織り、首元には薄桃色のマフラーを巻いている。

 紺色のふわふわとした髪はなんだか犬の耳を連想させる。

 整った顔立ち、子供らしい大きく丸い瞳。同級生たちよりも少しだけ大人びた印象だ。

 前までは同じくらいの身長だったが、最近は俺の方が大きくなり少しだけ嬉しい。


 学校に着くと金色の可愛らしい――本人に言ったら殴られるから言わないが――シルエットの少女が一人で席についていた。

 ロングヘアの金髪は枝毛などどこを探しても見当たらなさそうで、艶のある髪、少し鋭く冷たい刃物のような印象の目付きだが、とても優しく、気遣いができる少女だ。


 クロトがエリカの隣の席に座り、すぐにこちらを向いてくる。

 意地でもエリカの方を見ないつもりだ。

 そんな二人の様子に周囲も慣れてきたのか、いつもの光景と思うことにして関わらないように俺ら3人の周りには誰も人が寄ってこない。


「おはよう、エリカ」


「ロイ、昨日の特訓は大丈夫だったの?」


 エリカはクロトと仲は悪いが、他に対しては優しく接することが多い。

 第一印象からあまりいいイメージはなかったのだが、あれも多分エリカなりの優しさがあったんだろう。

 昨日の特訓は今までで一番ハードな内容だった。

 最近は特訓の甲斐あってか、エリカの攻撃をある程度避けることが出来るまでに成長したが、未だ『身体強化フィジカルブースト』を使えない俺を思ってか、少し実践に近い形での稽古だった。


 結果は俺の一方的な負け。

 防御率こそ少しは上がったが、一発受ける度に反動で動けなくなる。

 これでエリカは『身体強化フィジカルブースト』の魔法を使ってないなんて言う。

 まるで、ゴリ――


「いま、失礼なこと考えたでしょ」


「あ、いや、考える寸前で止まりました」


 女の勘というのは本当に鋭い。

 もう余計なことは考えないようにしよう。

 クロトの隣に座ると、「なんであの女と話すのですか」とでも言いたげな視線が頬に刺さる。

 もうそろそろクロトとエリカを何とかしなければ、といつも思うが中々そうすることも出来ない。


「皆さん、席についてくださいっ」


 白い、雪のような髪の小さな先生がやってきた。

 アイリス先生はクラス内ではマスコット的立ち位置にあり、みんなから可愛がられている。

 実は中等部や高等部の生徒からも人気があり、先生目当てで遊びに来る人もいるほどだ。


 俺はカバンから授業道具を取り出して子供らしく次に始まる授業を楽しみにすることにした。

 隣でいがみ合ってる二人とは無関係だ。


 ※ ※ ※ ※ ※


炎突フレアランスッ!」


 魔法陣を介して4発の大きな槍が生成される。

 燃え盛る炎の槍に熱を感じることはないが、それは術者だからだ。

 その証拠に当たった的は煙をあげて燃え尽きる。

 的に当たれば術者にも熱が感知でき、自分がようやくここまで到達出来たのだという達成感に浸ることが出来る。


 この何週間かでようやく6級魔法をこのレベルまで扱えるようになったのだ。

 最近ではそれが嬉しくてずっと同じ魔法の練習をしている。

 アイリス先生もこれが成功した時は自分のことのように喜んでくれた。


「ロイ様、お水をどうぞ」


 クロトが差し出した水を手に取り疲れた喉へと潤いをもたらす。

 ひんやりとしたものが喉の奥から腹部まで駆け巡り、気分が晴れる。


「にしてもロイってなんでこんな努力するのよ。クラスメイトの倍以上努力するわよね」


 ベンチに腰掛けて俺の魔法を見守ってくれていたエリカから当然といえる質問が飛んできた。


「まぁね……。俺はみんなと違って才能がないから、努力するしかなかったんだよ」


「ふーん。確かにロイには努力がお似合いよね」


 その言葉に嫌味は感じられず、素直に感心したという方が強いだろう。

 当初は完全に俺のことを無能だと見下していたエリカだが――今でも無能なんだけど――最近では俺の努力する姿勢を評価してくれる。


「そんなことに今更気づいたの?ロイ様は小さな頃から努力をしてきたのよ。そう、小さな頃からね。私はロイ様を小さな頃から見守ってきましたから」


 やたらと『小さな頃から』を強調して喋るクロト。

 エリカは少しムッとした様子でクロトを見上げている。目には力強い何かが感じられた。


「ねぇロイ、あなたどうせ特訓だなんだって言って街なんか見てないんでしょ?」


 クロトから視線を外し、エリカは暖かみのある声で言う。


「街?確かに見て回ったことはないけど……」


「ならちょうどいいわ。少し買い物に付き合ってちょうだい」


 その提案に苦い顔をしたのはクロトだ。

 鬼のような形相でエリカを睨みつけている。


「はぁ……。もちろんアンタも一緒によ」


 エリカからそんな言葉が出てくると思わなかったのか、クロトは少し衝撃を受けているようだった。

 クロトはエリカをなんだと思っているのだろうか。


「じゃあ、今週末に……そうね、あなた達の部屋まで向かいに行くわ」


「わかるのか?」


「部屋番号は?」


 エリカに部屋番号を教えてその日は解散になった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 週末。今日も驚くほどの快晴だ。最近は天候が荒れることがなく、登校するのが楽だ。雪が降ると歩きにくくてしかたがない。

 約束の時間になり、エリカが部屋にやってきた。

 私服のエリカを見るのは初めてで少し緊張するが、いつもと変わらない印象のおかげかすぐに緊張も解けた。

 クロトは休日など学校に行かない日はメイド服を来ており、いつもと変わらない。

 というかクロトは休日になると朝から夜までずっと俺の部屋にいるのだ。これでは部屋を分けた意味が無い。が、クロトの仕事を奪うわけにもいかず、中々言い出せない。今度休暇でも与えてみよう。


 エリカに連れられてやってきたのは学生区を抜けた先にある観光区。

 少しだけ背の高い建物が立ち並び、人行きも学生だけでなく普通の大人の姿も見える。


 快晴続きで雪が溶け、水溜りが多い路面を注意深く歩きながら、今日の目的である大きなショッピングモールまでやってきた。


「エリカは何を買いに来たんだ?」


 エリカに聞くと顔をこちらには向けずに答えた。


「弟の誕生日があるのよ。それで何を選べばいいのか……それでロイの意見を参考に、って」


 なるほど。誕生日プレゼントを買いに来たわけだ。弟であれば男の俺に意見を求めるのは至極真っ当なことであろう。俺もノーラの誕生日の時は二人に意見を求めよう。

 いつもの自分と違い、弟思いな姿を見せるのが恥ずかしかったのか少しだけ顔を赤くしていた。


「……いいお姉ちゃんですこと」


 クロトが珍しくエリカを褒めた。

 クロト自身、姉がいるため弟の気持ちがわかるのだろう。が、どことなくクロトは悲痛な顔だ。


「…………アナタに言われると恥ずかしいわね」


 なんだかんだ言ってこの二人は仲がいいのかもしれない。

 エリカは顔を赤くしてクロトの方を見ないようにしている。同じくクロトも赤い顔を見られないように下を向いている。間に挟まれた俺は行き場もなく視線をさまよわせていた。


「あ、これなんてどうだ?」


 話題を変えるべく、俺は目に入ったスノードームを手に取った。これなら形に残るし見た目的にも中々いいんじゃないだろうか。


「あー、それは去年にあげたわ。今年も同じって言うのは流石にね……」


「これなんてどうです?」


 クロトが手に持っていたのはウサギのような人形だ。

 顔半分で色が違って独特的な感じがする。なんというか、不気味だ。

 というかそんなものどこから見つけてきた。このエリアにあるのか?そんな子供に嫌がられそうな人形が。


 見つけてきたクロトは嬉々とした表情でやり遂げた雰囲気を出しているが、そんな不気味で変な人形を貰って喜ぶ子供などどこにもいない。クロトだけだろう。


「なによそれ。アンタの感性どうなってんのよ。壊れてるんじゃないの?」


「この子が可愛く見えないアナタの方がおかしいんですよ。ね?ロイ様」


 こっちに話題を振らないで欲しかった。

 俺的にはエリカの意見の方に傾いているのだが、それを言ってしまうとクロトに嫌な気持ちをさせてしまう恐れがある。

 二つに一つ。クロトかエリカか。

 ここは――


「あ、あぁ。そうだね。俺も可愛い……と思うよ」


 こんなに自信満々に言い切られると否定しずらい……。

 クロトは俺が肯定すると目に見えて嬉しそうになり、背後に花が咲くのを幻視するほどだ。尻尾があればすごい勢いで振り回していたことだろう。

 エリカは何かを察した様子で「あなたも大変ね」とでも言いたげな視線でこちらを見ていた。どうやらお見通しだったようだ。


「だとしてもその人形は却下よ。もっとマトモなものはなかったの?」


「この可愛さがわからないなんて頭おかしいんじゃないですか?」


「ちょっとロイ。この馬鹿どうにかしなさい」


 俺に丸投げかよ。馬鹿呼ばわりされたクロトが「またロイ様はこの女の肩を……!!」などと言っていたが、すべて無視した。


 ウサギのような不気味な人形を買うことはなんとか阻止できた。

 クロトの感性はあまり信用できないことがわかった。長い付き合いだけど初めて知ったことだ。


「あー、こんなんでどうだ?姉と弟とで揃えられるぞ?」


 手に取ったのは綺麗な色のネックレス。

 薄いピンク色の方が姉、水色の方が弟。ちょうどいいんじゃないだろうか。


「お揃い…………うん、それにしましょう」


 お揃いにできるということが気に入ったようだ。


 会計を済ませ、店の外へ出る。クロトの腕には先程の不気味な人形が抱えられている。どうやら自分用に買ったみたいだ。

 外はまだ明るい。こんなにも早く用事が終わるとは思わなかった。流石にこのまま解散では寂しいのであと何件か回ることになった。




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