初等部 Ⅱ

第13話 特訓に変化を

「ねぇ、まだやるの?」


「当たり前だろ……?」


「知らないわよ?どうなっても」


「遠慮なんかすんな」


「歯、食いしばりなさいよ」


 体中に鈍い痛みが広がる。

 今までに体験したことのない痛みだ。

 それもそのはずで俺が前いた世界ではこんな威力の攻撃なんて一つもないんだから。


 防戦一方、と言うよりただのサンドバックだ。

 防御することさえ出来ていない。

 痛みで心が折れそうになる。

 意識が遠くなる。

 視界が霞む。


「ぐっ………ぁぁあああ!!!!」


 声を張り上げ、足に力を入れて持ち堪える。

 耐えきったのではなく気合いで何とかしたと言うべきだ。


 青い痣だらけの腕、視界は赤く染まる。

 が、次の瞬間には痛みはどこかに消え、先程までピクリとも動かなかったはずの左腕は何ともないように動き始める。


 治癒魔法ってすごいな。

 今まで痛かったことさえ忘れているようだ。

 プツリと痛みが途切れる。


「ロイ様、頑張ってください」


「ロイくん!もう少しですよっ!」


 後ろで見守るクロトは手を握り締め制服のスカートを掴んでいる。

 己の主人が殴られている光景なんて見てられないだろう。

 しかし、こうするしかないのだ。

 俺が強くなるためには。


 ※ ※ ※ ※ ※


「俺を殴ってくれないか?」


 教室に入り、エリカと対面してすぐに出てきた言葉がこれだった。

 勘違いしないでほしい。

 俺はそういう趣味を持った人間ではないということを。


「何、マゾなの?」


 勘違いされた。

 仕方ない。

 頼み方が悪かったのだ。

 再度頭を下げてエリカに提案する。


「特訓に付き合ってくれ!!」


「はぁ……。最初からそう言いなさいよ」


 机に肘をつきいかにも面倒くさそうな視線で俺を見ているが、そこに俺を見下すようなものは感じ取れない。

 エリカとはあの時の戦いから少し仲良くなれた気がする。


 エリカの呆れたような視線は俺からその背後へと立つ人物へと逸れていく。

 少しだけ目を鋭くする。きっと後ろの人物と睨み合ってるんだろう。

 既に毎日の恒例行事と化してきたこれに水を差すのは良くないことだと悟り、窓に映る雪景色を楽しむことにする。


 もう少し積もれば雪だるまなんか作れそうなくらいかな。

 あ、もう少しで冬休みか。ノーラに会いたいなぁ。


 なんて考えてると睨み合いに収拾がついたのか、クロトは「ふんっ」と鼻を鳴らして自分の席についた。

 勿論、席は隣なのだがこちらは完全に見ていない。

 相も変わらずこの二人は入学当初から関係が変わらない。

 流石にそろそろ和解してくれてもいいと思うのだが、クロト曰くそうはいかないそうだ。


「で?一応聞くけどなんで私なわけ?アイツじゃダメなの?」


 エリカから声がかけられ、冬休みのスケジュールを考えていた脳の思考を強制的に変えられる。


「えーと……クロトは『ロイ様を殴るなんて私には出来ません』って言って聞いてくれないんだよ」


 まぁ、確かにいくら主人の命令であっても殴るのには抵抗があるよな。

 少し悪いことを言ったかもしれない。


 エリカは応えに予想ができていたのだろう、「やっぱりね」と言わんばかりの表情だ。

 なんだかんだ言ってちゃんとクロトの事を理解している辺りエリカは優しいのかもしれない。


 というかエリカは優しいのだ。

 前の件だって先生方に迷惑がかからないよう、倒した先輩の傷は服の下で見えないようにしていたし、他人を巻き込みたくなくて誰にも言わなかったみたいだし。

 それに、なんで俺が襲われないのか、って疑問に思っていたけれど実はエリカがそうならないように予防線を張っていてくれたようだし。

 普段は高飛車お嬢様って感じだけど中身は優しい女の子なんだ。


「それで私に白羽の矢が立った訳ね」


「そういうことです」


「ならいいわ。あなた確か放課後にアイリス先生と特訓してたわよね?それに混ぜてもらうわ」


「そういう事なら。俺がアイリス先生に言っておくよ」


 そう言うとエリカは一度時計を確認して、俺を席に座らせた。

 直後に始業を知らせるチャイムが鳴ったのでそこでもエリカの優しさを感じられた。


 アイリス先生が来てクラス委員が号令をかける。

 初等部のバラバラだけど大きな挨拶が教室に響き、一日が始まった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「お疲れ様です、ロイ様」


 タオルを差し出し、俺が汗を拭いている間にクロトは水の用意をしてくれている。


「クロト、ちゃんとエリカの分も用意しろよ?」


 ピクっと肩が上がってからぎこちない動きでもう一つコップを用意し始めた。

 素知らぬ顔で水を入れているがバレバレだ。

 こいつエリカの分を用意する気なかったな。


 思わずため息が出そうになるほどの仲の悪さだ。早急に何とかせねば。


 俺の横で地面に座り込み汗を拭いているエリカに用意された水を渡す。

 多分何も入っていないはずだ。


「ん、ありがと」


 一気に喉に流し込む。

 反応からしてなんらかの薬を盛られた心配は無さそうだ。

 さすがのクロトでもそこまではしないか。


「ところで、なんでアンタがいるのよ」


 こいつらの喧嘩っていつ始まるかわかんないんだよなぁ。ゲリラ豪雨と同じだ。

 間に挟まれた俺と先生は傘もささずに大雨の中を歩く人みたいになっている。


「なんでもいいでしょ?私はただ、ロイ様が心配なだけ。アナタに変なこと仕込まれないかね」


「そんなことするはずないじゃない。アンタの方がロイに何か仕込みそうだわ」


 この喧嘩に俺は慣れてきたからいいものの、先生なんて二人が喧嘩してるの見て泣きそうだ。

 おいやめろ二人とも先生を泣かすのはダメだ。


 なんて言っても二人には聞こえないので言わない。

 そもそもこんな火花が散る程睨み合っているその間に入ってまで喧嘩を止めたいなんて思わないだろう。

 けれどそうともいかない。

 エリカには早く俺の特訓に付き合ってもらわないと困るのだ。


「よしっ、じゃあクロト、これから第2ラウンドだから帰るなら先帰ってていいぞ?」


 俺が声をかけると一瞬で怒りが収まり、いつもと同じクロトに戻る。


「いえ、帰りません。この泥棒猫が余計なことをしないように見張らないといけないので」


「はっ、何が泥棒猫よ。私は『盗み』だなんてそんなはしたない真似しないわよ」


 また睨み合いが始まってしまう。

 そうならないうちにエリカの手首を引っ張りクロトから距離を置く。


 エリカは離れた事で冷静になったのか気持ちをリセットして俺を見据える。

 俺は不格好ながらにも構えてみるが、当然素人の構えなので隙だらけだ。

 その隙を見逃すほど優しくはないエリカの攻撃が俺の脇腹に鋭く刺さる。

 またしても反応出来ていない。


 俺はまだ『身体強化フィジカルブースト』の魔法を使えないのでエリカの攻撃を捉えることが出来ないのだ。


 ……いや、言い訳だ。

身体強化フィジカルブースト』が出来ないから、なんて都合のいい言葉で自分を騙して自分の能力を正確に知ろうとしていない。

 正直に言えば『身体強化フィジカルブースト』は使えるようになったのだ。

 ただ、すぐに効果が切れてしまい意味が無い。

 勿論、使っているうちに時間は伸びるだろうがそうなるには圧倒的に経験が足りていない。


 攻撃が避けられない理由を魔法に押し付けて自分の本当の力を見ていない。

 これじゃ何も変わらない。


 気持ちを切り替えて挑まねば。


「ちょっと、ボケっとしてても意味無いわよ」


 エリカの言葉にようやく我に返る。

 ひたすら防御し続けていた両腕はまたしても青い痣が出来上がっていた。

 顔に当たる一撃だけを防ぐのに精一杯で身体は守られていない。


「あ、あぁ、ごめん。ちょっと考え事を……」


「あら、余裕ね。私の攻撃はもう慣れたのかしら」


 攻撃は激しさを増す。

 先程まで頭をガードすることで手一杯だったというのに、この攻撃を防ぎ切るのは至難の業。

 何発か顔面に拳が入る。

 重い一撃だ。頭の芯に響く。


「痛っ…………!!」


 後ずさり殴られた箇所を触れば生暖かなヌメっとした感触。

 それはもう触りなれた自分の血だ。


 この特訓の目標は『血をがさずに攻撃を防ぐか避ける。またはエリカにダメージを与える』だ。

 本当は前者の目標だけでやるつもりだったのだが、エリカがそれでは面白くない、対等じゃない、と言って聞かなかったのでそれに従うしかなかった。


「あと何個か段階があるけれどどうする?」


「あ、一段階下げてもらってもいいですか?これはまだ早すぎる」


 そう言うと明らかに攻撃の手は弱まった。

 速いのを見たあとにこれを見るとゆっくりと動いているように見えるから不思議だ。

 まぁ、勿論攻撃は受けるんだけれど。


 ※ ※ ※ ※ ※


「疲れた……」


 自室のベッドに横たわる。

 晩御飯を食べ終え、シャワーを終え、特にすることもなかったので早めに寝ようと布団に入ったのだが、特訓の事を思い出すと中々寝付けない。


 治癒魔法と言っても疲労感は治してはくれないようだ。

 疲労感がなくなる、とまでいかなくていいけど軽減とかないのかな。

 あ、それだと達成感がなくなる気がする。


「はぁ……、寝よ」


 明かりを消して布団に潜り眠れるまで羊でも数えることにした。

 案外すぐに眠りにつくことが出来た。









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