第12話 ぶちかませ

 殴られた箇所から響く痛みでいつも通りの動きが出来ない。

 こんな攻撃、避けることなんて簡単なのに。


「エリカっ!」


 心配しなくても大丈夫よ。

 あぁもう、あいつのせいでかっこ悪いとこ見せられないじゃない。


 何とか体を捻らせ飛んできた魔法を回避することに成功する。

 続く第2波である大男の打撃は避けきれない。

 避けきれず、両腕を顔の前でクロスさせ直撃を防ぐ。

 が、防いだ腕から広がる痛みは体の芯まで響き渡り、判断を鈍らせる。

 横から飛んできたロイに気づくのが遅れた。

 2人は投げ飛ばされた衝撃で後方へと転がる。


「ロイ!しっかりしなさいっ!」


 意識が朦朧としている。

 これ以上続けるのは無理か。やっぱり私一人で……


「はっ、こんな攻撃何ともないね。もっと全力で来いよ」


 満身創痍の体でロイは立ち上がり、吠える。

 明らかに致命傷だ。立ち上がれることが不思議でしかない。

 痣だらけの腕、左目は腫れていて視界ははっきりしないだろう。

 それでもロイはエリカの前に立ち上がる。

 精一杯の強がりを吐き出して。


「ちっ、お前タフすぎんだろ」


「先輩の攻撃弱すぎるからですよ…………!!」


 そんなはずはないだろう。

 エリカは戦闘中必ずロイの方へ注意を向けていた。

 ロイはどんな攻撃も避けることが出来ず全て受ける。

 自分の攻撃は一度も当たらず、時間が経つにつれて動きは悪くなる。

 それでも、ロイは何度も地面に叩きつけられようが、何度殴られようが、何度地に転がり続けようが立ち上がる。


 男の拳が容赦なくロイの腹部に突き刺さる。

 恐らくは全力の一撃。

 転がり、体制を崩し、ロイは壁まで吹き飛ばされた。

 あんな攻撃をまともに受ければ重症だ。立ち上がるのはもう……


「が………ぐ……ぉぉおおおお!!!」


 雄叫びと共にロイは立ち上がる。

 魔法もロクに使えもしないくせに、戦闘だって出来るはずもないのに。

 ロイは何度倒れようが必ず立ち上がる。

 が、流石に今のは堪えたようでふらつき、前に倒れる。

 寸前でエリカが受け止め、意識を失わずに済んだ。


「エリ……カ、まだ動ける……か?」


「えぇ、あんたよりはね」


 その言葉を聞くとロイは嬉しそうに笑った。

 満足して意識を失うと思った。

 違った。


 ロイは勝つために必死に考えたのだ。

 その答えを見つけて笑っているのだ。


「じゃあ……少しかっこ悪いお願いなんだけど――――」


「――――たしかに、それはかっこ悪いお願いね」


 思わず笑ってしまうほどロイの提案はかっこ悪いものだった。

 けれどそれが決まれば最高にかっこいいんじゃないんだろうか。

 笑顔のままロイは私に手を突き出してくる。

 それに応えて私も突き出す。

 私を信用しているこの目は失敗することなんて微塵も思っていない。

 全力を尽くすだけ。そう考えているようだ。


 私はボロボロのロイの体を抱き抱える。

身体強化フィジカルブースト』の魔法のおかげであまり重さは感じない。

 ロイを抱き上げ、全力で――――跳ぶ。


「何してんだ?あいつら」


「………………っ。まさか!」


 いち早く気づいたのは高等部の大男。

 男は誰よりも早く全力で退き、射程範囲を逃れようとした。

 気づけなかったのは何も知らなかった中等部の男達。


 天高く跳び上がったロイとエリカを訝しむように睨みながらも次に来るであろう攻撃に備える。

 中途半端に力があるために受け切れると思ったのだろう。

 それがミスだとも気付かずに。


「エリカ!行くよっ!!」


「任せなさい!」


 ロイは地にいる男達に両手を向ける。

 集中する。

 試したことは無い。

 成功する確率もゼロに近しい。

 ロイの体が持つ保証もない。

 けれど、それでもロイを信じるしかない。

 一撃で、確実に終わらせるためには。

 幸い、ここはスタジアムだ。死人は出ない。

 だったら全力で打ち込んでやろうじゃないの。


 ロイが突き出した両手を中心として私たちの体よりも倍、いやそれ以上の大きさの魔法陣が生み出される。

 範囲は3人を捉えるのが限界のようだ。

 制限時間は短い、チャンスは1回だけ。失敗すれば私たちの負け。

 でも、それでも――――


「OK!遠慮なくぶちかませ!!」


 よく分からない単語があったけれどロイの準備は整ったらしい。


「持ちこたえなさいよ!!『氷雪の剣舞アイシクルダンス』ッ!!!!」


 穿たれた魔法はロイが作動させた魔法陣を利用して威力を増す。

『氷雪の剣舞』という魔法は3級魔法の中でも最上位に位置する魔法。現状でエリカが使える最大の切り札である。

 3級魔法というのは本来ならば中等部を卒業してようやく使えるかどうかというレベルだ。

 そんな魔法をエリカはいとも容易く使って見せた。

 勿論、中等部の男達にとってこの魔法は未知の魔法であり、高等部の大男にとっても未知の魔法だった。

 両者の違いは魔法陣の存在を知っていたかどうかである。

 魔法陣というのは2級魔法以上に必要な技術。そんな技術を使えるものがいることなど想定すらしていなかった。

 ロイが魔法陣を使える理由など男達にわかるはずもないだろう。


 放たれた氷の剣は数え切れないほどの量となり、エリカの全力の高度からの圧倒的質量の暴力の雨と化した。

 そんな魔法を支えたロイの魔法陣は氷の剣が全て放ち終えると共に粉々に砕け散る。

 魔法陣の破片が地面に舞い落ちる様子は冬の空の雪のようで、どこか幻想的であった。


 氷の剣は3人の男達を倒すのに十分すぎる威力だった。

 幸いスタジアム内ということもあり、システム上死亡することはないが、それに値する程の痛みは与えられただろう。

 心を折るには十分すぎるのだ。


「――――っ、流石に魔力が……」


 地面へと降りてきたエリカはゆっくりと着地し、抱えているロイを見る。

 魔力切れからか意識を失ってはいるが、満足そうな表情だ。

 足元がふらつき、視界が安定しない。

 魔力切れから頭痛を起こし、戦える状態にはない。


「危ねぇ……。まさかそいつが魔法陣を使えるとは思ってもなかったぜ」


 大男が氷の剣の森へと近づいてくる。

 エリカはロイを守るために足元に力を入れ持ち堪えようとするが、全身に力が入らず前のめりに倒れ伏す。


 せっかくここまで来たのに……。


 悔しさが込み上げる。


 もう少し連携が出来ていれば。

 ロイの能力を引き出せていれば。

 私がもっと強ければ。


 負けることはなかったのに。


「いい勝負だったぜ」


 大男はとどめを刺すために魔法を作動させる。

 使うのは初歩的な火弾ファイアショット

 今のエリカを倒すには十分だろう。

 目を閉じ、衝撃に備える。


「…………?」


 来ると思っていた衝撃が来ることはなかった。


「よく戦った。その勇気、賞賛に値する」


 エリカの目に入ったのは、濃い緑の髪を熱風でなびかせながら、必死に戦った後輩の姿に満足する男の後ろ姿だった。


「アルバード!なんでお前がこんなところにいるんだよ!!」


 大男は突然現れた男の姿に戸惑う。

 現れたのはこの学校内における共通のランキングにて4位という立ち位置にある男。

 突然、最強の存在が目の前に現れたのだ。驚きもするだろう。

 同時に自身がしでかした件についてもこの後どうなるのかというのが想像出来たのだろう。


「くたばれやぁぁぁあああ!!!!」


 我を忘れて猪突猛進に突っ込む。

 大男が恐れているのは処罰だ。

 高等部はある程度の自由が認められている代わりに一度の不祥事で退学処分となる。

 退学となったものの行く末など語る必要も無いだろう。


「貴様はこの学校に在籍して何も学んでいないようだ」


 大男の体はアルバードへ届く前に地面に叩きつけられる。

 押さえつけられるように地面にへばりつく大男は起き上がることさえ出来ない。

 次第に重みで地面に陥没ができ始め、大男は地下に落ちていった。


「しまった、回収が面倒だ」


 本当にそう思っているのかは疑問に思うところだが、アルバードの出現によりエリカとロイは何とか勝ち残った。


 ※ ※ ※ ※ ※


「ロイくんはしばらく安静にしててくださいね?わかりましたか?」


 アイリス先生は医務室のベッドで寝ている俺に笑顔でそう言った。

 否とは言えず、頷くだけだった。


 あの時、俺が魔法陣を発動させてからの記憶がない。

 この様子からして負けたわけではないのだろうけどやはり最後まで見届けたかった。


 エリカは隣のベッドで眠っている。

 魔力切れの症状が出ているからきっと無理をしたんだろう。

 それ以外に目立った外傷はない。

 殴られた傷は医務室の先生が治癒魔法で治してくれたようで、傷跡は残っていなかった。


「な、なぁ、なんで俺は治癒魔法使ってもらえなかったんだ?」


「知りませんよ。アイリス先生にでも聞いてください」


 ベッド横にある椅子に腰掛け俺の容態を見てくれていたのはクロトだ。

 俺が無理をして倒れたことに不満を持っているのか目を見て話してくれない。


 もう午後の7時。あれから何時間経ったのかはわからないがクロトはずっといてくれていたようだ。


「無茶なことはやめてください。もし死んでしまったらどうするんですか」


「死なないよ流石に……」


 その後家に帰るまでの間もクロトの怒りは静まらず、結局布団に入れたのは0時を回った頃だった。








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