第11話 できることを

 あれから何事もなく一週間が経ったある日。事態は急に動き出した。


 俺はアイリス先生の職員会議が終わるまでの間、特訓を休んでいていいと言われたので行く宛もなくフラフラと学校内を歩いている時だった。


「なによっ!触らないでちょうだい!」


 エリカの声だ。

 この前と同じように中等部の校舎裏から聞こえてきた。

 すぐにその声がした方へと走っていき、エリカの元まで駆けつける。

 が、この前と何か違う。


 人の数は明らかに少ない。二人だけだ。

 けれどあれは……


「高等部の先輩……?」


 エリカは高等部の先輩にまで目をつけられたのか?


「エリカちゃんさぁ、こっちは怪我人出てんだわ」


「知らないわよっ!あれはあいつらの方から仕掛けてきた喧嘩よ、その後のことなんてどうだっていいわっ!」


 怪我人?

 エリカはこの一週間で何かをしたのだろうか。

 しかし、エリカの口ぶりからして明らかにあちら側が悪そうだ。

 とにかく……


「エリカ!また、こんなところにいたのか!ほら、先生が呼んでるから行くぞっ!」


 またしても俺はエリカの手首を強引に引っ張り先輩に一礼してからその場をあとにした。


「ちっ……邪魔だな。あいつ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 今度は初等部の校舎へと入り、エリカと向き合う。


「何かあったのか?」


 エリカは何も答えない。

 悔しそうに下に目線を落とし、何を考えているのかは読めない。

 それでも、エリカが困っているということはわかった。

 だったら――――


「エリカ、困ってることがあるなら言ってくれ」


 助けになろう。

 一人で抱え込むのは辛いものだ。

 誰かに吐き出すのが一番いいだろう。


「いいわよ、あなたじゃ力にはなれない。早く消えなさい」


 俺でもわかった。

 強がりだ、と。

 エリカは確かに強い。強いけど高等部の先輩まで出てこられれば流石に無理だ。


「確かに俺じゃ力にはなれないかもしれない。けど――――」


「そう。わかってるなら関わらない方がいいわよ。バカなの?」


 いつもの言葉にキレがない。

 エリカは決して語らない。何が起きているのかを。

 一人で抱え込んで一人で解決しようとしている。

 見過すことなんてできない。

 だってこんなに辛そうな顔のエリカは初め見るから。

 それに俺よりも強くても女の子だ。盾がわりくらいにはなってやろう。


「バカだよ。俺はバカなんだよ。だからお前を助けてやりたいんだ」


「っ……。そう、わかったわ」


 どこか辛そうな顔をするエリカ。

 その心情を読み取ることはできないが、力にはなれそうだ。


「はぁ……。意外とあなたって頑固なのね。あと手、離してちょうだい」


 今まで握りっぱなしだったエリカの手を離す。

 少し力んだからか、エリカの手首には締め付けられたような後が残っていた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 次の日、登校して席に座るとエリカが珍しくこちらに声をかけてきた。


「ちょっといい?」


 そう言うと、嫌がるクロトから無理やり俺を引き剥がし廊下へと連れてかれた。


「これ」


「なにこれ」


 見せられたのは一つの手紙だ。

 中身はあれだ。果たし状というやつだ。

 汚い字で殴り書きで書かれている。


「はぁ……。暇なのかしら」


 特に怯えた様子はなかった。ただ、面倒くさそうに、投げ捨てるように吐き出した。


「そう言えば聞いてなかったけどなんで目をつけられたんだ?」


 理由を聞いていなかった。

 もしこちらに非があるのなら謝って許してもらうのが一番だろうが、相手に非があるというのなら……


「……あいつらは騎士団志望者なのよ」


「騎士団志望者…………そういうことか」


「意外と察しがいいじゃない。もっと頭悪いかと思ってたわ」


 そりゃ精神年齢的にはエリカより年上ですからね。少しは頭も使えますよ。


「あいつらは私をパイプとしてお父様との繋がりを持とうとしてきたの。何度も何度もしつこいから一度キツく言ったら、あれよ」


 なるほどな。確かに何度も来られればカチンときてやってしまうのもわからなくない。

 が、先輩方の理由が騎士団に入りたいからなのだとしたら少し疑問が残る。


「ちょっとやりすぎたのかもしれないわね。あいつら高等部の人まで持ってきて私を潰そうとしてるわ」


 騎士団長の娘が入学、ということにこんな弊害があるとは考えてもいなかった。


「なぁ、ちょっといいか?」


「なによ。くだらない事だったらぶっ飛ばすわよ?」


 そ、そんな睨まなくても。


「いやさ、なんで俺のところには誰も来ないのかなって……」


 エリカは少しの間を置き、俺から目をそらす。


「………………知らないわ。あなたが弱いからじゃなくて?」


 確かにそうなのかもしれないが。

 普通ならば弱い方を狙うのではないのか?

 騎士団長じゃなければならない理由があったのだろうか。

 ダメだ。考えても仕方ない。


「そう……だな」


「それより今日の放課後、私と一緒に来てちょうだい」


「それはわかってるよ」


 その後教室へと戻った俺へとクロトが噛み付く勢いで迫ってきたのは言うまでもない。


 ※ ※ ※ ※ ※


「――――そん時はクロト、頼むな」


「はぁ……。わかりました。そのようにしておきますね。くれぐれも無茶だけはしないようにしてください」


 クロトに一つだけ命令を与え、俺とエリカには付いてこないように言っておいた。

 クロトがいれば何とかなるかもしれないが、この件に巻き込む訳にはいかない。これにはエリカも同意してくれている。というかクロトに借りを作りたくないようだ。


「ったく、私はやることがあるのよ……。こんなくだらないことで時間を潰したくないんだけれど」


「まぁ落ち着けって……」


 初等部の校舎を出てクロトとエリカが喧嘩をしたスタジアムまで向かう。

 先輩方は既に準備を整えており、いつでもやれる状態だ。


「あんた達他にすることないのかしら」


 観客席から先輩方を見下ろす。

 相手は4人。それぞれが違う反応を示すがうち3人は一番大柄な男へ視線を向け、指示を仰いでいるように見える。


「はんっ、いいだろう。お前らに現実っつーもんを教えてやるよ」


 体格からして高等部の生徒だと思われる男が前に出てきて挑発的に言い放つが、エリカには微塵も効いていない。

 面倒くさそうに、虫けらでも見るかのような視線を浴びせるエリカは制服のまま観客席から飛び降り、先輩方の前へと降りた。

 俺は一人、観客席の通路を通りエリカの所へ向かう。


「じゃ、行くぞ」


 そう言って大男は高速で突進してくる。

 目では追いきれず、大男が攻撃をしてきたのだと気づいたのは打撃音が響いてからだった。

 俺へ向けられた拳をエリカが魔法で防いでくれていたようだ。

 俺が反応できる速度ではなく、受けていれば即戦闘不能になっていただろう。


 その後も大男の攻撃は止むことはない。エリカは俺が後ろにいるからか、防御に徹していて反撃する様子を見せない。


「おいおい、守ってばっかかよ」


「うるさいわね」


 悪態をつくエリカだが、防御を続けたせいで腕が痛むのだろう、左腕を抑え大男を睨みつける。


「ちょっと本気で行くからな……っ!!」


 防御していたエリカの体が宙に舞う。

 何とか体制は立て直し、地面への衝突は避けられたが、攻撃を受けた箇所を抑え、痛みに顔を歪めている。


「まだまだ行くぞ」


 大男はエリカに追撃を加える。

 攻撃を受け続けたせいでエリカの動きは鈍り、回避するのもやっとだ。

 きっと防御することさえできないのだろう。


 俺がここにいなければ。

 エリカだけに任せておけばよかったんだ。

 そもそも俺に出来ることは?

 ここにいることで何が出来る?

 足でまといになるだけだ。

 さっさと逃げた方がいい。

 面倒事は嫌なんだろ?

 お前じゃ何も出来ない。


 そんな声が頭に響く。

 違う。違う。

 俺はもう逃げないし見捨てない。

 何より女の子が戦っていて男が逃げるなんてダサすぎる。

 だったら負けてもいいから戦った方がかっこいい。

 だったら……


火弾ファイアショットッ!」


 大きめの4つの火の玉が俺の周囲から放たれる。

 エリカの横から奇襲を仕掛けようとしていた中等部の先輩目掛けて全力で飛ばす。


「ちっ、鬱陶しいな」


 当たり前のように弾かれてしまった。

 4つの火の玉はダメージを与えることは叶わず、時間稼ぎすらすることが出来ずに砕けて散った。


 そんなことは分かっていた。

 だから走ったのだ。

 火の玉に隠れるように、姿が見えないように。

 俺が相手に出来るのはせいぜい一人。残りをエリカに任せる形になってしまうがエリカなら大丈夫だろう。

 何より俺が後ろからいなくなればエリカも攻撃に移れるはずだ。


水弾ウォーターボムッ!!」


 狙うのは頭。

 すっぽりと覆うように水の膜を作り出し、被せる。

 魔法で作った水とは言えど水は水。窒息させることは出来る。


 作り出した水の膜は男を覆い隠し、酸素を奪う。

 そのはずだった――――


「がっ――――」


 腹部に強烈な痛みが走る。衝撃で肺の空気が出ていく。


 殴られた?魔法は成功したはず。何故。


 弾かれたように飛ばされ、地面に何度も転がりながらようやく止まることが出来た。

 殴られた腹部の鈍痛は未だ止む事はなく、痛みで頭が支配されそうなくらいだ。

 痛みが響く腹部を抑えつつも立ち上がる。

 大丈夫だ、まだ立てる。


「ちょっとびっくりしたじゃねえか」


 男の顔には水をかけられたようにびしょ濡れになってはいるが、ダメージを受けたような傷はひとつもない。

 どうやらすぐに魔法を弾き返し俺にカウンターを返したようだ。


「ちょっと!!大丈夫なの!?」


「あぁ、全然平気だ」


 嘘だ。あれほどの打撃を受けておいて大丈夫なわけが無い。

 しかし、強がりを言うのもいいだろう。

 男というのは女の子の前ではかっこよくありたいのだから。

 だったら見せてやるよ。

 こいつに一泡吹かせてやるところを……!!

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