第10話 冬の一日

 入学してから早くも2ヶ月が経過した。季節は秋と冬の間。日本で言うなら11月だろうか。雪はまだ降らないが、冬は寒くて苦手だ。

 相も変わらず俺とクロト、エリカは孤立しもはやクラスメイトの輪の中には入れないほどになっていた。

 入学してからの2ヶ月間、クロトは大人しくしていたため俺が教師陣に目をつけられることもなく、平穏な日々を送っていた。

 勿論、アイリス先生との放課後特訓はしっかりと続いている。

 先生は休日でも構わず俺に付き合ってくれるので本当にありがたく思っている。今度何かお礼をしたい。


「クロト、最近大人しいけどなんかあったの?」


 エリカと喧嘩することが無くなっていたため少し不思議思って聞いてみた。

 この頃エリカの方もなんだか元気がないように思えて心配だ。やはり孤立しているからだろうか。


「いえ、特に……。強いて言えば張り合いがなくなった、とだけ」


「張り合い……?」


 何のことだろうか。

 自分と同レベルがいないことへの退屈感だろうか。

 それならエリカの元気がないのも頷ける。

 刺激し合えるライバルがいないのは退屈だろう。


「あっ、クロトごめん。俺ちょっと先生に呼ばれてて……」


「そうですか?では私も一緒に……」


 ついてこようとしていたクロトを先に帰らせる。

 最近何かとクロトの世話になってばかりだ。そろそろ自立しなければ……。

 納得した様子はなかったが、主人からの数少ない命令ということもありましたクロトは大人しく従ってくれた。


 先生方がいる職員棟は初等部の校舎の向かいの校舎に行く必要がある。

 そのため正面から行くのが一番早いのだが……


 初等部の隣、中等部の校舎裏から何か声が聞こえた。

 その声を頼りにその場所まで向かってみる。


「……ん?あれは……」


 校舎裏。影になっていて人通りが少なく、先生方が巡回することもないこの場所に見覚えのある金色の髪の少女の後ろ姿を捉えた。

 数名の男子生徒に囲まれているようだ。

 制服からしてあれは恐らく先輩だ。


「なによあんた達」


 エリカは先輩に対してもあの態度なのか。

 あの雰囲気からして告白なんて感じではないな。

 あれは生意気な後輩を排除しようとする雰囲気だ。

 まずいな。ここでもしあいつが殴ったり殴られたりなんてことになれば、あいつは教師陣に目をつけられ、騎士団長の名前に泥を塗ることになるかもしれない。

 それは…………同じ立場にあるものとして、クラスメイトとして見過ごせないな。


「なに?用がないなら帰りたいんだけど?」


「てめぇ、先輩に対してその態度か」


 高圧的なエリカの態度に大柄な先輩が声を荒らげる。

 近づいてわかったがあれは中等部の組章だ。

 なぜエリカは中等部の先輩なんかに……?


 いや、今はそんなことどうでもいい。

 エリカをどうにかしなければ。


「あなたが先輩?ふざけないでちょうだい。なんで私よりも下のヤツを先輩だと思わないといけないのよ」


 あれはダメだ。

 どうしてあいつは人の神経を逆撫でするようなことを言うのだろうか……。


「てめぇ、舐めた口聞きやがって……」


「あっ!エリカ!こんなところにいたんだ!探したんだぞ!!」


 俺はそう言ってエリカの手首を強引に引っ張り、先輩達に一礼してからその場から立ち去った。

 引っ張られたエリカからの罵声が飛んできたがそんなことはどうでもいい。


 とりあえず一番安全な職員棟の中まで来たのでもう大丈夫だろう。

 流石にあの先輩方も先生方の前で後輩に暴力なんてしないだろう。


「ちょ、ちょっと!離しなさいよ!」


 足が止まった瞬間に手首を振りほどかれ、足元に強めの打撃が入る。蹴られた。

 こんなに強い蹴りがあるなら助けなくてもよかったんじゃないか、と思ってしまう程の痛みだ。


「なんであんたが……!」


 いらないことをしてしまっただろうか。

 エリカは怒ってしまい、執拗に俺の足を蹴る。痛い痛い。


「い、いや、エリカが絡まれてるのがわかったからさ?ほら俺らは教師陣に目をつけられたら……」


「なっ……気安く呼ばないでちょうだい!!」


 そこ怒るのかよ。思ったけど言わない。さっきより足が痛いから。

 どうやら俺がしたのは余計なお世話というやつらしい。

 エリカは一人で対処できたようだし、あの先輩程度倒したところで問題ないとのこと。

 その後エリカはため息を一つだけ吐き職員棟を後にした。


 エリカが帰ったあとアイリス先生へのもとへと向かった。

 アイリス先生の所へはこの2ヶ月の間に何度も行っているため行き慣れた。

 すれ違う先生からは「いつもの子か」という視線を浴びる。

 職員室の扉をノックし、入るといつもの通り周りよりも一回り背が低いアイリス先生が椅子に座って俺へと手を振っていた。


「ロイくんが遅れるなんて珍しいですね。なんかありましたか?」


 いつもは10分前には呼ばれた場所にいるため今日みたく遅れるということが珍しい。

 そのため何か問題があったのかと心配になったようだ。


「……いえ、何もありません。ちょっとお腹の調子が悪かっただけです」


 エリカのことは言うべきか迷ったが、本人があの様子なら必要ないのだろう。

 そう判断して言わなかった。


「そうですか?何かあればちゃんと言ってくださいね」


 先生はそう言うと机の引き出しに書類をしまい、一冊の本を取り出した。

 魔法陣に関して書かれている本だ。

 魔法陣というのは本来、初等部で習う範囲ではない。

 そのため教科書などに載っているはずもないのでこうして先生が取り寄せてくれたのだ。

 これまでは先生が作ってくれた紙を受け取りに来ていたのだが、この教科書が届いたおかげで少しだけ楽になる。


「では早速トレーニングルームに行きましょう」


 いつもの事だがこのトレーニングルームを使うのは俺以外に誰もいない。

 初等部の内から俺ほど練習だなんだと忙しい生徒はいないし、中等部になればその辺りの意識が低くなりこんなところには来ないのだろう。高等部だけは別だ。高等部の校舎は俺らがいる場所よりも少し離れていて、学校近くの山の側にある。

 高等部の練習場所はこの山だ。擬似魔獣が出現することでより実践に近い形で練習できるのだ。


「始めっ!」


 先生の声で我に返り即座に構える。

 両の手のひらの前で魔方陣を展開させる。先生がやった時ほど大きくはないが、それでも最初に比べれば良くなったものだ。

 初めは形を維持することもままならなかった。

 次は大きさが統一できなかった。

 大きさが統一できたら次は長持ちしなかった。

 と言うふうに幾度となく失敗し今の大きさで落ち着いた。

 勿論、この大きさで満足していてはこの先へは進めない。ここから更に大きくしていかなければならない。


「じゃあまずは10分。そのまま維持してください」


 俺はまだ魔法陣を使って魔法を使ってはいない。

 安定して使えるまでは危険が伴うからだ。

 魔方陣は暴走した時、通常の比ではない。

 だからまずは暴走しないようにするしかないのだ。


「…………っ!」


「どうしましたか、まだ4分です。あと6分頑張ってください」


 そしてこの2ヶ月で新たに気づいたことだが、アイリス先生は案外スパルタだ。

 休息などのケアはしてくれるが、いざ特訓となると甘えを許さないタイプだ。

 今の俺には甘えなど必要ないのでありがたく思っている。


 一度解け、間髪入れずにもう一度展開させる。

 疲労からか形が安定しない。

 綺麗な円形ではなく、歪んだ円形だ。


「やめっ」


 10分が経過し魔法陣が消えたあと俺は糸が切れたように床へと倒れた。

 すぐに先生が寄ってきて水を飲ませ、魔力を回復させてくれる。その後はしばらくベンチで休んでもう一度、という特訓を毎日欠かさずやっている。


 特訓を終えて部屋へと戻る帰路につく。既に夜は7時。冬の夜は日が落ちるのも早く、風が冷たい。吐いた息が白く、夜空へ溶け込んでいくのを見届け街灯を眺める。

 部屋に戻ると暖かな空気が部屋に立ち込めていた。

 クロトが用意してくれていた晩御飯を二人で食べ、そう言えばクロトがいなくとも何とかしてみせるということを思ってた時期もあったな。結局秒で頼ったけど。


 ふと、エリカのことを思い出した。

 なんとなくクロトには伝えておいても大丈夫だろうと思い話すことにした。


「そうですか。あの女が……」


「面倒なことにならなきゃいいんだけど……」


 こういう場合大抵面倒なことになるからその前に本人にどうにかして解決してほしいものだが……。

 エリカにはその気がない気がする。

 まぁ、その時はその時。

 同じ孤立した者同士助けてあげよう。


「随分とあの女を気にかけるみたいですが?」


「そ、そういう訳じゃないんだよ?」


 クロトを宥めるのが先のようだ……。

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