第8話 模擬試合
ブザーの音と同時に二人は間合いを詰めた。
互いに繰り出したのは魔法による攻撃ではなく、打撃。
クラスメイトの顔を見ても何が起きているのかわからないような感じだ。
恐らくは皆魔法による攻撃というものを予想していたのだろう。通常の試合というのは大体が魔法による攻撃に依存している。間合いを詰めての攻撃というのは剣を持っているときにのみ出来る手段であり、わざわざ敵に近づく危険を冒してまで接近戦をするような戦闘狂はあまりいない。
二人の場合戦闘狂というよりも単純に『殴りたいから』というのが理由なのだろうが、そんな二人の考えが伝わらない人にとって『何故』と思う他ないのだろう。
かく言う俺も完璧に追えている訳ではない。クロトとの組手である程度動体視力は鍛えられたが、それは
今のクロトとエリカの動きは、ただ影が動きあっているようにしか見えない。時折、打撃を加えるどちらかの姿を捉えることが出来るが、継続的に見ることはできない。
クロトはパワー型というよりはスピード型だ。手数の多い攻撃で相手を圧倒させる立ち回りが得意。
対するエリカは、恐らくは防御型。クロトが一番苦手とする持久戦タイプだ。
スピード型のクロトは持久戦に持ち込まれれば体力の消耗が激しく応戦できなくなってしまう。
だからこそ早くに決着をつけたいのだろう。いつもより少し焦ったような動き方をしているような気がする。
「へぇ、なかなかやるじゃないの。こんなに戦えたのはアンタが初めてよ」
「それはこちらも同じです……よっ!!」
ここで初めてクロトが魔法を使用した。使ったのは4級魔法、
昔俺が使った時は小さな氷柱しかできなかった魔法なのだが、クロトが使うと周囲に大小10本近くの氷の槍が浮かびそれらが意志を持ったようにエリカへと突撃する。
紙一重のタイミングで全てをかわし、次の魔法の準備をするクロトへと詰め寄る。
横殴りの回し蹴りが直激する。クロトは間一髪で防御することは出来たが、衝撃で後方に数メートル飛ばされる。
「すごい……ですね」
隣にいるアイリス先生から驚嘆の声が上がる。
二人の戦いに興奮しているのか、白くふわふわの髪を小刻みに揺らしながら見入っている。
二人の実力は均衡している。
だからこそ白熱した戦いになるのだろう。さっきまで何が起きているのかわからなかったクラスメイトたちも今では二人の戦いに盛り上がっている。
女子達の間では既にクロトグループとエリカグループという派閥が出来ていた。
「クロトは俺より強いですから……」
俺が零したその言葉を先生はしっかりと聞き逃さなかった。
驚きにも似た表情でこちらを見ている。
副団長の息子が弱いということに驚いているのだろうか。
「ロイくんは偉いですね。まだそんな若いのに自分のことをしっかりと理解している。それは大人でもなかなか出来るものではないんですよ?」
「そう……でしょうか」
「そうです。自分の弱さをわかっている人は必ず強くなれます。自分の強さに胡座をかく人達は必ず足元をすくわれます」
先生は俺の目を見て話をしてくれる。
俺に対して真摯に向き合ってくれる他人というのはこれまでに存在したことは無かった。
それが新鮮で、恥ずかしくて、むず痒い。けれど悪い気にはならなかった。
「それにロイくんは可愛いですからね」
「可愛い……?」
それが強さに関わるのだろうか。
この世界に来てから俺は自分の容姿に関して特に感じたことは無かった。前世よりはいいな、くらいだったと思うんだが。
「えぇ、可愛いですよ?将来は美男子さんですねっ」
天使のような顔で微笑むアイリス先生はもしかしたら本当に天使なのかもしれない。
と、ある種宗教的な境地に達していた俺の脳内がスタジアムで起きている戦闘の方へと切り替わったのは続く轟音のせいだった。
スタジアム中央には砂埃が立ち込めり、二人がどうなったかはわからない。
徐々に砂埃が消え、二人の様子がわかるようになる。
「アンタしぶといわね……!」
「そっちこそ……!」
二人とも未だ闘志は燃え尽きていなかった。むしろここからまだ戦う姿勢さえ見せている。
そんな二人に水を差したのはこの場にはいなかったはずの人影だった。
「何をしている」
スタジアム観客席の通路の影から見慣れない背の高い男が出てきた。
恐らくは中等部、もしくは高等部の先輩だ。
濃い緑の髪が特徴的で声には他人を拒絶する刺がある。
しっかりと着こなした制服の腕には腕章がつけられている。
「アルバードくん!?こ、これはね……?」
アルバードと呼ばれた生徒はアイリス先生の知り合いのようだった。
鋭い目付きで俺の方を睨む。
あたふたし始めた先生に変わりお前が説明しろ、と言われている気がした。
「クラスメイト同士の喧嘩です」
「喧嘩?何をふざけたことを」
先輩はそう言うと観客席から身を乗り出し地面まで落ちていった。
着地と同時に何らかの魔法を作動させ着地の反動を軽減させている。
先輩は歩きながら二人が戦闘をしているスタジアム中央まで歩いていった。その事に二人は気づいた様子はなく、未だに殴り合っている。
「おい、何をしている」
先輩は中央で殴り合いを続けるクロトとエリカに近寄り、声をかけた。
そこで初めて二人は先輩に気づいた。戦闘による影響か、少々気性が荒い二人は先輩に声をかけられた瞬間に睨みつけた。
「なんですか?あなた」
「私は今このバカ女を仕留めることで忙しいのであとにしてください」
二人とも先輩だと気づいていないのだろうか。
先輩も後輩のこんな態度に嫌気がさしたのだろう、疲れ気味にため息を一つ吐いた。
それがささくれだった二人の琴線に触れたのだろう、二人は事前に示し合わせていたかのような動きで先輩に大して殴りかかった。
「今年の新入生は好戦的なやつが多いのか?」
次の瞬間にはその場から一歩も動いていない先輩と地面に伏している二人の姿がそこにあった。
「アイリス先生、あの人は……?」
「あの人は現在学内順位4位の人です。中等部から上位10位以内に選ばれたのは初の人物なんです」
学校内順位なんてものがあるのか、ということよりも驚かされたのは4位という数字だ。
この騎士養成学校にはこの国の至る所から集められた子供が来ている。
よって学校内の生徒数は数えるのも嫌になるほど多い。
そんな中で4位という数字についている人物など『どうしてこんなところに』と言う他あるまい。
「アイリス先生、俺は他にも巡回がある。このあとの仕事はあなたがやるべきだ」
いつの間にか観客席まで登ってきていた先輩はそれだけ言うとまた、通路の暗闇に姿を消していった。
クロトとエリカの最初の喧嘩はこうして幕を下ろした。
勿論、こんな終わり方に二人が満足いくはずもなく……
「ロイ様、すみません……。あの男の人の介入さえ無ければ私が勝っていましたのに……」
「どの口が言うのかしら。負けそうだったのはあなたの方でしょ?寝言は寝てる時に言って欲しいものね」
片方がなにか言えばもう片方がいちゃもんを付け、睨み合う。間に挟まれる俺は胃が痛い思いをしながらも、クロトを落ち着かせてその場を収束させた。
まぁ、その後クラスに帰るまでの間にも何度か喧嘩に発展しそうな場面があったが、そこはアイリス先生と俺でなんとか回避した。
※ ※ ※ ※ ※
「な、なぁ、喧嘩をするなとは言わないからせめてもう少し仲良く……」
「嫌です」
「そうは言ってもなぁ……」
「なんでロイ様を貶すあの女と仲良くしないといけないんですか」
俺の部屋のキッチンからクロトの棘のある声が返ってくる。
料理を作る音よりもクロトが舌打ちやら何やらをする音の方が大きいんじゃないか、と思うほどクロトの怒りは頂点に達している。
クロトは学校から帰ってくるなりすぐに着替えて俺の部屋までやってきた。
その時はあまり不機嫌な様子はなかったのだが、俺が思い出したように今日あった事を話し出すと不貞腐れてしまった。
「ロイ様、失礼ながら言わせてもらいますが、あの場面は普通私を応援するはずでは?」
スタジアムでの喧嘩のことを言ってるのだろう。確かに俺はクロトとエリカの高度な戦闘に見入っていたせいでクロトの応援をしてなかった。
どうやらそれがクロトには筒抜けだったらしく、今になって問い詰められている。
「それについては悪いとは思ってるよ?で、でもね、そこは、ほら主人としてクロトを信用してたーって言うか……」
『ジー』という擬音がこれ程適切だと思うほど見つめられたのは初めてだ。
目を細めて俺の言葉の真偽を確かめているクロトに苦笑いで返し、なんとか場を切り抜ける。
ため息をひとつ吐きクロトは続ける。
「それになんですかさっきから……ロイ様はあの女の肩を持つんですか?許しませんよ?」
目から光が消え、声には温かさはなく、そこには人を殺すことをも厭わない冷徹なものが含まれているように感じられた。
というかナイフを持っているせいで迂闊なことを言えば多分殺られる。
慎重に言葉を選びながら発言しなければ入学早々に学校内で殺人事件という大事件になりかねない。
「それは、あれ、あれだよ、クロトを信用して――――」
「それ、さっきも聞きましたよ」
失敗したようだ。これで俺は明日の記事に名前が載ることになるのか……。
「はぁ……、ロイ様が私を信用していてくれるのはすごくすごく嬉しいです。けれどやっぱり他の女の子の肩は持って欲しくなかったです」
「はい……すみません……」
「もういいですよ、ロイ様夕食運んでください」
逆らうことなく夕食をテーブルまで運ぶ。どっちが主人かわかんねえなこれ。
クロトのご飯はやっぱり美味しかった。
明日から本格的に始まる学校生活では大人しくして欲しいと心の底から願っている……。
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