第7話 入学式 Ⅱ
「入学、おめでとう。君たちは――――」
長々しい挨拶から始まった入学式。校長と思われる初老のおじさんが登壇し、始めの言葉を述べる。
7歳の子供に聞かせてもわからんだろ、というような内容が多いが、意外にも周りはしっかりと話を聞いている子が多い。クロトもその一人だ。
一方の俺はというと、周りの教師に目をつけられない程度に話を聞き流しながら、辺りには誰がいるのか、というのを確認していた。
ふと、先程と同じ金色の髪が俺の席の少し前に見えたような気がした。
もしも本当にこの列にいるのならば同じクラスということになる。少し幸先が不安になったが、まぁあちらから関わって来ることもなさそうなので別に気にしなくてもいいだろう。
ちなみにその金髪生意気娘はしっかりと話を聞いていた。
※ ※ ※ ※ ※
「それじゃっ、皆さん3年間よろしくお願いしますねっ!」
教室に現れたのは俺とさほど身長が変わらない子だった。
なんだか俺らとは少しだけ着ている制服が違うあたり、きっとどこかいい所の出身なんだろう。
「えっと、まずは自己紹介よね。私はアイリス・マーガレッド、よく間違われるけどここの教師よっ。年齢は秘密ねっ」
担任だった。
リアルでロリっ娘教師なんて初めて見た。
こんな子供みたいな人で大丈夫なのだろうか、と周囲の反応を横目で見てみるが特に誰も何かを感じた様子はない。
横に座るクロトも何かを思っている様子はないようだ。
教壇の後に小さめの台を置き、その上に立つことでようやく顔を表せるようで、なんとも可愛らしいサイズだ。
「それじゃあ、そうね……。えっと、一番端の君からどうぞっ!」
指名された男子生徒は立ち上がり、軽めに自己紹介を始めていく。
だんだんと自分の番が近づいてくる。少し緊張するが、なんてことは無い。今は子供とは言えど、前は大人だったんだから。
「次は…………」
俺の番だ。恐らく先生は俺がヘリウスの息子だと気づいたのだろう。クラスの名簿帳を眺め、視線を上下に行き来している。
「ロイ・バーリスです。3年間よろしくお願いします」
手短に済ませ、着席すると少し教室内がザワついていたのがわかった。
名前で俺が副団長の息子だと気づいたのか、「バーリス……?」という声がちらほら聞こえてくる。
少しだけザワついた教室内を沈めたのはガタッという椅子を引く音だった。
「クロト・ドールラウスと言います。ロイ様の従者としてロイ様に不敬を働く者は私が許しません」
語気を強め少し厳しい口調で自分の隣に座っている金髪の少女を睨みつける。
さっきの女の子はやはり俺と同じクラス、しかもクロトの隣。そしてクロトは目の敵にしている。
これは平穏な学生生活から一歩遠のいた気がする。
睨まれた少女は小生意気な目付きでクロトを見上げ、立ち上がり目線を揃える。
クロトもそうだが、この少女もものすごく整った顔立ちをしている。
この性格じゃなければ可愛い女の子だったはずなのになんだか勿体無い気がしてきた。
「クロト、と言ったわね。いいわ、覚えておくわ」
両者睨み合いが続く。
教室内の空気がピリつくのがわかる。
やめろ、やめるんだクロト。従者のお前が暴れると俺が咎められるんだ!!俺じゃクロトを止められない!!
俺の気持ちは届くことなく、ピリピリした空気のまま金髪少女の番へと変わった。
「エリカ・オーガストよ。そこの黒い髪の男が噂の副団長さんの息子なのね。ガッカリだわ」
何が言いたいのかわからないが、とりあえずクロトを挑発しているのはわかった。
「ガルルッ」と呻いているクロトは今にも噛み付く勢いだ。後でしっかり言い聞かせないとな……。
と、俺がクロトに気を取られていて気づかなかったが周囲がなんだかザワついている。
なんだと思い耳を傾けると「オーガスト……」「あれが……」「団長の娘さんって……」と言った声が聞こえてくる。
まさか、コイツが
「気づいたようね!そうよ、私が騎士団長の娘、エリカよ!クロト、これでもアンタは私に歯向かうつもり?」
今度はエリカがクロトを見下す番だ。
見下されたクロトは俺のことを馬鹿にされた怒りで周りが見えてない。ダメだこれは手がつけられない……。
「それがどうかしたんですか?私の主をバカにする者は誰であろうと許しません。例え団長さんの娘だとしても」
クロトはやる気満々だ。
「いいわ。先生、クロトに現実を見せてあげるので模擬試合の許可を」
「現実?ふざけたことを……いいでしょう、ロイ様をバカにした罪を償ってもらいます」
入学早々こんな問題が起きるなんて誰が予想できただろうか。
二人の後ろであたふたと慌てる先生が気の毒で仕方なかった。
※ ※ ※ ※ ※
「いいかい、クロト。従者である君が問題を起こしては俺に関わる問題なんだ。わかる?」
俺はクロトに諭すように説教をする。説教と言っても確認してるだけだが。
現在、俺たちは模擬試合を行うためのスタジアムに来ていた。その控え室にて今の問答が響いている。
「……はい。わかってます、ですが……ですが!ロイ様をバカにされたのが我慢出来なかったんです!」
「いや、その気持ちはすごいありがたいんだけどね……」
「一度あの女には痛い目を見てもらわないと気がすみません。大丈夫です、ロイ様の名に泥を塗るような戦いはしませんから!!」
違う、そうじゃない。そうじゃないんだよ、クロト……。
戦いについてじゃない。問題を起こさないでほしいんだよ……。
と言っても今のクロトの状態では意味が無い。
「あ、あぁ、うん。がんばってね」
「はいっ!応援しててください!」
出来ることなら戦わないでほしいんだけどなぁ。
というか何故先生も許可を出したのか。謎だ。謎である。
クロトを控え室に置いて、俺はそそくさとスタジアムの観客席まで登ってきた。
スタジアムは中等部までの生徒全員入れるように作られており、かなりの大きさになっている。
クラスメイトたちはその光景に圧倒され、興奮気味に走り回る者が多い。特に男子。
俺は精神だけは大人なのでとりあえず近くの最前列の席に座る。
すると隣に俺と同じくらいのサイズ感の女の子が座ってきた。
「ロイくん、すみません……私のせいで……」
白く、ウェーブのかかった長い髪を揺らして先生は謝った。
先生の周りの空気が暗く、重いのが全身に伝わってくる。
流石にこの件に関して先生が悪いところはどこにもないのでフォローをいれておく。
「先生は悪くないですよ。むしろクロトを止められなかった俺の方が悪いくらいで……」
「そんな!ロイくんは悪くありませんっ!全部……私が…………うぅ……」
今にも泣きそうだ。なんというか同級生の女の子を泣かせるクラスの男子的な構図が……。
この先生を泣かせるのは犯罪的行為な気がしてくる。
なんとか話題を変えるべく、自己紹介の続きのような感じで先生に質問した。
「先生はなんで教師になったんですか?」
泣きそうな顔に『?』というマークを浮かべてこちらを伺う。その後、俺が話を逸らそうとしていることに気づいたのかはわからないが、生徒の気遣いに感謝するように涙を拭って話し始めた。
「詳しい話は省きますが……」
省くのかよ!
と思ったが、強めに言って泣かせるのが怖かったので何も言わないでおく。きっと顔にも出てないはず。
「先生こう見えてもまだ若いんです、バカにされるので年齢は言いませんが」
どっからどう見ても若く……いや、子供に見えるんだが。逆にどう見たら大人に見えるのか教えて欲しい。
「数年前、まだ先生が学生の頃です。先生、ちょっといじめられてたんです」
笑いながら話す先生の顔はどこか悲しそうで寂しそうだ。
聞く話題を間違えたかもしれない。
少し苦しそうに話す先生を見てるのは辛かった。
「でも……ですね、当時私を助けてくれた先生がいたんですよ。…………それがきっかけでしょうか」
誰かに助けてもらったことで憧れや好意を抱くのはありふれた話だ。
だが、動機としてはとても十分で充実した動機だろう。
先生は落ち着いたのか、笑顔になりスタジアムの下を見る。
「あっ、来ましたよ!」
先生が指さす方には練習用のトレーニングウェアに身を包んだクロトとエリカの姿があった。
クロトは相変わらずエリカを睨み続けたままだし、エリカの方は完全にクロトを見下している。
両者、間合いを取り試合開始の音が鳴ったと同時に二人の戦闘は始まった。
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