初等部 Ⅰ
第6話 入学式
「ロイ様〜?準備出来ました?」
「今行く〜」
少しだけ急ぎ気味に制服に着替え、鞄を持つ。
寮生活に変わるので衣服やシャンプーの類を入れた大きめの鞄も一緒に持ち、玄関でまっているクロトのところへ向かう。
今日は養成学校の入学式だ。
初等部は言わば誰でも入れる入門編であり、そこから基礎編である中等部、応用編の高等部へと階段式だと考えてもらえればいいだろう。
高等部に入るには試験が必要だそうで、才能のない俺は初等部から人よりも数倍の努力が必要とされるだろう。
過去の自分ならばその時点で諦めていたかもしれない。
けれど今は違う。
「ロイ、頑張って来なさい。辛くなったら帰ってきてもいいんだから」
「おにぃさまっ、がんばって!」
応援してくれる家族がいる。
前世とは違うんだ。諦められるはずがない。
それに世界の理不尽さ不条理さなんて最初からわかりきっているんだから。
「それじゃあ、母さん、ノーラ、いってきます」
母さんとノーラは笑顔で俺を送り出してくれた。
馬車の窓から身を乗り出して小さくなっていく屋敷へと手を振り続ける。
養成学校がある学生区はここから1時間くらいだろうか。
俺はこの屋敷の外にあまり出たことがない。
初めて異世界に来てから自国を見ることになる。
街中は王道の中世と言った感じだろうか。背はあまり高くないがオシャレな建物が大通りに面して並んでいる。
この辺りは商業区や観光区と呼ばれる区域だ。名前の通り観光スポットや日用雑貨なんかを売っている店がある。
馬車の通りも割かし多く、煌びやかなものから商人が乗っている木製の簡易なものまで様々な形が見られる。
「ロイ様、一応確認ですが私たちは王直属の騎士団の副団長の息子とその従者という立ち位置です。くれぐれも問題行動を起こさないようにしてくださいね」
「うん、わかってるよ」
俺とクロトは父であるヘリウスが副団長という地位にいるため、嫌でも目立つ。
しかも今年は団長の娘さんもいるそうだ。騎士団のトップ2の子供が2人も入学するのだ。
そんな2人が問題行動を起こせば親であるヘリウスに問題が生じてしまう可能性がある。そのため、俺やその娘さんは控えめに、なるべく一般の生徒と何も変わらないように振る舞わなければならない。
まぁ、片方は才能がない男なんだが。
「それとロイ様。寮での部屋は男女別なのですが……大丈夫ですか?」
いくら従者と言えど男女で同じ部屋というのは問題があるとのことで、俺とクロトは別々の部屋になった。
確かにクロトがいないと困ることもあるが、俺だって一応は大人だったんだ。最低限、身の回りの事くらいならやってみせるさ。多分。
観光区を抜けて、秋を象徴する黄色や赤色の葉を身につけた木々が立ち並ぶ通りを過ぎると大きな橋がある。
その向こうには時計塔のようなものが見え、時計盤の上には大きな金に輝く鐘が見えている。
建物全体は周りの建物に隠れている上に距離があるからよくわからないが、あそこが俺達が通う養成学校だ。
橋の上には俺達と同じように養成学校に入学する人たちを乗せた馬車がズラッと列を作っている。
既に送り終えた馬車の方も渋滞のようになっており、こちらはこちらで大変そうだ。
「思ってた以上にすごい数ですね」
馬車の窓から一向に進まない馬車の列を見てクロトが言う。
確かにこんなになるとは考えてもいなかった。
だが、よく考えればこの国の至る所から騎士志望の子供たちが集められてくるのだ。これだけ混雑するのも分からなくない。
少しだけ俺達の乗っている馬車が前へ動く。
隣に並んだのはこの数多くある馬車の中でも一際目立つ、黒と金で装飾された大きな馬車だ。
一体どんなお金持ちが乗っているのだろうかと一目姿を見てやろうと思い窓を眺めていると、突然隣の窓から金髪の女の子が身を乗り出してきた。
「ちょっと!アンタさっきから何ジロジロ見てんのよ!」
絡まれた。
見ちゃいけないタイプのやつだった。
面倒なことになる前に謝るのが吉。
「ご、ごめん……そんなつもりは無かったんだよ」
「ふんっ!ジロジロみんな!気持ち悪いのよ!」
勢いよく窓を閉め、馬車の中へと戻っていった。中のカーテンを閉め、もう見られないようにされている。
そんなことをしなくてももう見ない。
にしても初日からあんな面倒なやつに絡まれるとは……。
まぁ、流石にこんなに人数がいるのだからもう関わることも少ないだろう。顔もすぐに忘れるさ。
そう思うことにして『気持ち悪い』と言われて傷ついた心を癒すことにした。
「失礼な方ですね!!ロイ様を気持ち悪いだなんて!!」
クロトは怒り状態だ。自分の主人を馬鹿にされたのだからこれはメイドとして当たり前の行為だろう。実に主人思いのメイドである。本当にいい子だ……。
その後徐々に馬車が動き出し、隣にいた豪華絢爛な馬車はどこかへ見えなくなっていった。
寮に着いたのは入学式が始まる1時間前だった。少し余裕を持って来たはずだが、割と危なかった。
馬車から荷物を降ろしてもらう。
御者のおじさんはこれからまたあの渋滞の中を行くのだと考えるととても気の毒に思える。
「それではロイ様、私達もそろそろ向かいましょう」
そう言ってクロトは俺の横に並び、自分たちの寮へと向かう。
寮、と言っても正確にはマンション街のようなものが立ち並ぶだけであり、イメージ通りの寮というものでは無い。
ここら一帯は教師や用務員、そして学生が数多く住んでいることから学生区と呼ばれる区域にある。
マンションはどれも4階建てであり、おなじ外観の建物が並んでいる。しっかりと中世的雰囲気は崩さないいい感じの外観で、なんだか心躍るような感覚を覚える。
「ここですね」
おなじ建物をいくつか通り過ぎたころ、クロトが足を止めた。
自分たちの部屋のある階まではエレベーターに似た乗り物を乗る。
どういう仕組みで動いてるのかは見当がつかないが、魔法により落下防止などの安全対策が練られているため、故障することもなく、メンテナンスいらずのようだ。
部屋は4階、俺の部屋の隣がクロトの部屋だ。
「では、準備が出来たら迎えに行きますね」
「ん、あぁ、お願い」
隣なんだから、と思ったがそれを言うとクロトの仕事を奪うような気がして言えなかった。
クロトは俺が部屋に入るのを待っているようなので先に入る。
部屋の中は至ってシンプルなものだった。
風呂場、トイレ、キッチンはしっかりと完備されている。部屋内にはベッドと勉強机、ご飯用にテーブルが置かれてある。
壁紙が白く、部屋の中央には薄緑色の円形絨毯が敷かれている。
「なかなか住み心地良さそうだな」
一人暮らしするには丁度よすぎるくらいだ。まぁ、テレビやゲーム機類がないというのが難点だが、それをこの剣と魔法の世界に求めるのは酷なものだろう。
それにそんなものがあれば元の生活に戻ってしまう。無くて正解だ。
鞄をベッドの近くに置き、机の上に置かれていた制服を手に取る。
白を基調とした制服だ。装飾がされているのは偽装防止か何かなのだろうか。
「よしっ」
今日からは心機一転。
自分の目標のためにひたすらに努力すると決めた。
何があろうと挫けず、負けず、逃げず、をモットーに。
制服に身を包み、鞄の荷物整理などをしているとドアの向こうからノックの音が聞こえてきた。
いちいちノックされるのも面倒なのでクロトには後で合鍵を渡しておこう。
「ロイ様、そろそろお時間です」
「おっけー」
最初、『おっけー』という単語はクロトには通じなかったのだが、俺が使ってるうちに意味を理解したのか今では特に何も言われなくなった。
学生区の大通りをクロトと並んで歩く。見渡せば同じように制服に身を包んだ初々しい姿がいくつも見える。というか、周りの連中全て同級生のような感じだ。
一応その中に先程の金髪生意気娘がいないかだけ確認した。幸運なことに周りにそれらしき姿は見当たらなかった。
学校は想像以上に大きかった。
遠くからでも見えたあの大きな時計と鐘は校舎のシンボルのようなものだ。
これから異世界での学生生活が始まるのだ。期待に胸を膨らませ、校舎の敷地へと一歩踏み出した。
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