第5話 魔術の暴走
「
視界が赤く染まる。
血ではない。
自分の魔力で作り出した炎の鎧が形作っているのだ。感覚でわかる。
腕、腰、足、胴、そして頭、と徐々に鎧が形成されていく――――が
「――なっ……くっ…………そっ!」
視界が一瞬で真っ白く染め上がる。死後に見たあの部屋を思い出したが、次に来る全身への痛みですべて忘れた。
轟音、とするのが一番適しているだろう。おおよそ、聞いたことがない轟音で俺の体は爆発に包まれた。
体が吹き飛ばされる。鉄製の柵へ思いっきり背中をぶつけ、肺の中の空気を全てを押し出される。
「カハッ…………っ」
受け身をとるすきもなく地面へと叩きつけられる。
全身に鈍い痛みが走る。
四肢がくっついているのが不思議でたまらない。頭には魔力切れで生じる重い頭痛。
全身の筋肉が溶けたかのように動けなくなる。
途切れゆく意識の中、走りよってくるクロトと母さんの姿が見えた。
※ ※ ※ ※ ※
「ぅ……ぁ…………」
「ロイ様っ……!」
ベッドの上で横たわるロイを見てクロトは自身の行動を後悔した。
何故、ロイと一緒にいなかったのか。何故、ロイにあんなことをさせてしまったのか。何故、ロイのことにもっと早く気づけてやれなかったのか。何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何――――――
いくつもの後悔が押し寄せ、自己嫌悪に浸る。
ロイの手を掴み、縋るように、祈るように、ロイの目覚めを待つ。
隣にはノーラが心配そうにクロトの服の裾を掴んでいる。
ロイがやろうとしたことは恐らく、上位の魔法を行使しようとしたのだろう。
魔力の急激な低下、そして魔法が暴走した痕跡。
ロイは追い詰められていたのだろうか。自分に才能が無いことを認めたくなくて無理をしたのだろうか。
であるのなら何故自分に相談してくれなかったのか、何故一人で抱え込んだのか。
「クロトちゃん」
ポンッと頭の上に乗せられた手にクロトは上を向く。
光の灯らない暗い瞳に浮かんでいたのは大粒の涙だ。
自身の至らなさを嘆き、何も言ってくれなかったロイへの怒り、そして何より、目覚めないロイへの悲しみからだ。
情けなくも、涙を流しながら自分の主人の母であるシエラの顔を見上げる。
「ロイはきっと追い詰められていた訳では無いと思うの。この子のことだからきっと、『あっ、これかっこいい』くらいの気持ちでやったのよ。だからそんな気負わないのっ!」
馬鹿な息子を笑い、ロイのでこへとデコピンを食らわして部屋から出ていったシエラ。
彼女はこの事態をさして深くは考えていなかったのかもしれない。
いつかはやるだろう。そんな風に考えていたのだろう。
「ロイ様ぁ……」
※ ※ ※ ※ ※
目が覚めたのは早朝、5時だ。
「っ……頭が痛い…………」
なんだ?何があった?
確か書斎に入って本を読んで――――――あっ、1級魔法か!!
この様子だと失敗……したんだよな。
ぁあ、クソっ、いけると思ったんだけどな。まだ早かったか。
とりあえず起きないと……
「……って、クロト?おーい、そんな体勢で寝てると体が痛くなるぞ」
まるで授業中に寝る時みたいな体勢だ。
しかしながらしっかりと手を掴み、離してくれない。
とりあえず起こさないとな。
「クロト、クロト」
「んっ……ロイ……様?」
「うん、おはよう」
クロトは俺の顔を確認するなり、全身で覆いかぶさるように抱きついてきた。
目に浮かんだ涙が頭から離れなかった。
首元に強めのダイブ。中々の威力だったがなんとか受け止め泣きじゃくるクロトの背中をさする。
「大丈夫、大丈夫だから……」
「ロイ様ぁ…………!!」
泣きじゃくるクロトを落ち着かせているといつの間にか眠ってしまった。そっとベッドに寝かせ、使用人を呼んで服を変えさせそうかと考えてベッドから降りようとする。
が、手首を強めに掴まれており、なかなか離れられない。
勝手に離れて先程見たく取り乱されると少し困るので諦める。
布団の中に潜るともう一度睡魔が襲ってきた。
「ふわぁ〜」
クロトの寝顔を見ていると眠くなってきた。
まぁ、まだ5時だ。まだ寝ていても大丈夫だ。
稽古の時間になれば母さんが起こしに来てくれる…………。
※ ※ ※ ※ ※
「なんであんなことしたんですか」
ただいま7時。現在寝起きである。起きてすぐにクロトによる尋問が始まった。
理由は言わずもがな、俺が魔力切れで倒れたことである。
どうやらクロトは俺に才能が無いことを嘆いて自暴自棄になってやった事だと思っているらしい。
全くもってそんなつもりは無い。
俺としては『あっ、これかっこいい』くらいの気持ちだったのだが、クロトから見れば違ったようだ。
クロトが俺に対して怒ったのはこれが初めてだ。普段は何をしても怒らず、俺の後ろに付き従ってくれているが、今は状況が状況だ。
地面に正座させられ、クロトがベッドの上で俺を見下すという構図。傍から見たら勘違いされそう。
「答えてください」
目がマジだ。
「えっ、と……。ほら!『深紅の死騎士』なんて名前かっこよくない?だからちょっと気になって…………さ?」
冷たい、射抜くような視線で見下される。
真偽を問う目付きだ。決してそういう趣味ではない。
「はぁ……、そうですか」
納得してくれたようだ。
男子たるものかっこいいものには惹かれるのだ。これはどうしようもない。
その結果意識を失う重体となっても致し方なし。
などと言ったらどうなるんだろう。
気になるけどやめておこう。
「でも今後こういうのはやめてください。本気で心配しますから」
「ありがとな……?」
心配されるなんて言うこと少し前までなら信じられなかったし、されることすらなかった。
それが今ではごく当然のように心配されるのだ。
もう少し考えてから実行すべきだった。
母さんの方は怒った様子はなく、いつかやると思ってました。ってな感じだ。
苦笑いで「やっぱりね……」とまで言われた。母親というのはこういうものなんだろうか。
息子のことを何よりもわかっている。
それからと言うもの、俺が魔法の練習をする時は必ずクロトが付き添うようになった。
6級魔法の練習の合間に趣味のように1級魔法も練習する、というのが日課になった。
1級魔法に関してはクロトの監視があるので練習と言っても魔法を発動させる訳ではなく、ただ、どんな魔法なのかを想像して楽しむ時間になっている。
「
手から放たれたのは小さな3匹の稲妻がほとばしる鳥。
6級魔法の
今俺が練習している技だ。しっかりこの技が使いこなせるようになれば、他の属性とも組み合わせて使えるという汎用性に優れた魔法だ。
しかし、俺が飛ばせるのは3匹まで。しかもかなり小さいサイズだ。
これでも大きくなった方なのだ。
初めは1匹すら生み出せず、鳥の形すらしていなかった。
それを毎日、この世界に関しての鳥の知識、形を調べ、イメージ力を高めた。
そしてようやくこの領域に立てたのだ。
初めて3匹に成功した時はクロトがものすごく喜んでくれた。
クロトの喜ぶ顔があるから頑張れるのかもしれない。
「おにぃさまっ!」
小さく、愛らしい妹が稽古終わりの俺の足元へと走ってくる。
転ばないかと心配になるが、ノーラは転ぶことなく俺の元まで到達した。
「おにぃさま、みてっ」
そう言ってノーラは両の手のひらを広げて水をすくうような形にする。
何も無いかと思われたその時。
バチッという音と共に現れたのは5匹の雷鳥。
しかも1匹1匹がノーラの手のひらよりも大きい。
「なっ……!ノーラ!」
驚いた俺はノーラを抱き寄せ、頭を撫でた。
母さんに似た赤い髪が乱れるのも構わず、ノーラは俺に撫でられ続けた。
「すごいじゃないか!もう俺を抜かしたのか!」
妹に魔術の才能で負けた。
その事実は不思議と悔しいものではなかった。
逆に妹が俺を超えたということが何よりも嬉しく思えたのだ。
「ノーラ様!……この歳でそのような!」
クロトも少し興奮気味だ。
それもそのはず。ノーラはまだ3歳。普通ならまだ魔力に覚醒すらしていない歳だ。
それが人よりも早くに覚醒し、なおかつ既に6級魔法を扱えている。
これは天性の才能だ。
ノーラの成長が楽しみで仕方ない。
このことを母さんに教えると最初は疑っていたのだが、ノーラが実践してみせると流石に信じたようで母さんも大喜びだった。
ただ、悔しいと言うよりかは残念なことに残り1ヶ月で俺たちはしばらくこの家を離れ、学校の寮に寝泊まりすることになる。
ノーラの成長をこの目で見ることが出来ないのだ。
「ロイが心配しなくてもノーラちゃんと育つわよ」
「うん、分かってるよ」
成長が見れないという寂しさもあるが、次に会う時にどれだけ成長しているのか、という楽しみが増えたということで納得することにしよう。
さぁ、まずは目先の事だ。
1ヶ月後の入学。どんなヤツらに会えるのだろうか。
今から楽しみでしょうがない。
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