第4話 魔術

 翌日、目が覚めた俺とクロトは書斎に入り、ちょっと難しい魔術書に目を通していた。


「すごいです……。ロイさまはこんな本がよめるんですか?」


 クロトが俺に尊敬の眼差しを向けてくる。

 ここは男として格好つけたい場面だが、読めないものは読めない。正直に言うべきか。


「いや、俺もわかんないや。クロトは何か魔法はつかえないの?」


 わからない、と言われたクロトは少し戸惑ったように笑い、魔法に関して聞くと少しだけなら出来るとのこと。

 ならば見せてもらおうじゃないか。


「じゃ、じゃあ火弾ファイアショットでいいでしょうか……?」


 火弾はあのボッとちっちゃい炎が出てくるしょぼい技だ。あれじゃ火弾と言うより蝋燭だ。攻撃力の欠片も感じられない。

 俺のイメージしていたのはもっとこう、火の玉が相手へと飛んでいくようなイメージだったのだが、もしかしたら俺の出したあれが本当の火弾なのかもしれないという淡い期待にも似た感情はクロトの出した火弾に掻き消された。

 手のひらサイズの火の球体が開いた窓に向けて一直線に飛んでいった。

 俺の出したのとはまるで違った。


「す、すげぇ……。クロト、俺に火弾を教えてください」


 俺が頭を下げるとは思っていなかったのだろう、クロトは誰が見ても分かるように動揺した。

 クロトに魔法の基礎知識を教えて貰った。

 まず魔法は基礎となる四元素、火、水、土、雷、を決めるところから始まるそうだ。

 クロトが選んだのは一番単純で覚えるのが簡単な火。


 火弾には、いや魔法というのには明確なイメージが必要なのだそうだ。どんな魔法として発現させるのかというのが最も大切なこと。一般的に普及している火弾というのは火の球体を作り出し相手へと飛ばす攻撃魔法だ。

 この際一番大切なのはイメージする火の玉の大きさ。

 これが大きすぎると自分の魔力では制御しきれず、暴走が始まる。

 逆にイメージが小さすぎると発現した瞬間に消えてしまうそうだ。

 だからまずは何度も練習を重ね、自分に最適な大きさを見つけることが大切だそうだ。


「……っ、なかなかむずかしいね」


「はじめのうちは魔力がじょうずに使えなくて球体にできないんです」


「なるほど、だから俺のはあんなんなのか……」


 自分の出した火弾を思い浮かべる。

 確かにあれは火の玉ではなかった。ゆらゆらと揺れているだけで、すぐに消えてしまった。

 まずは球体を作れるようにならなくては。


「ロイさまならすぐに出来るようになりますよっ」


「だといいんだけどね……」


 ※ ※ ※ ※ ※


「火弾ッッ!!!!」


 木の幹に括り付けた円状の的へと一直線に手のひらよりも大きめのサイズの火弾が飛んでいった。

 的に当たると同時に的は燃え尽き、朽ち果てた。


「やった!クロト!この大きさの火弾は初めて出来たよっ!!」


「凄いです!ロイ様!」


 クロトが来てから3年の歳月が過ぎていた。

 俺とクロトはもう7歳。今年の秋には騎士養成学校初等部の入学がある。

 クロトと俺はその入学に向けて日々魔法や剣術の練習をしていた。


 3年の歳月の中で変わったことと言えば、クロトも俺も背が伸び、少しだけ体が動かしやすくなったことだ。

 それ以上に変わったことは――――


「おにぃさまぁ〜」


 ガシッという擬音が適切かとも思われるほど下半身を締め付ける。

 顔をしたに向けると今年で3歳になる妹が花のような笑顔で俺を見上げていた。自然と笑顔になり、妹の頭を撫でてやる。母さんに似た赤い髪が乱れないよう気をつけながら。


「ノーラ、魔法の練習中に近づいてきちゃダメだと言っただろ?」


「ノーラ様、危ないんですから、気をつけてくださいよ」


 ノーラは俺とクロトに同時に注意されたことを受け、しかめっ面へと変わるが抱っこしてあげると簡単に機嫌を直し、再び笑顔へと戻った。

 魔法の練習、剣の練習の際にノーラが俺に抱きついてくることは多々あり、危ないので先日も注意したばかりなのだが、この歳の子供に対して言うのも難しいことか、と納得する。


「3人とも〜、ご飯よ〜」


 母さんが呼ぶ声が聞こえてくる。

 俺はノーラを抱き抱えたままだだっ広い食卓へと向かう。

 父さんは今、騎士団の仕事で少し離れたところにある国まで出向いているそうだ。帰ってくるのがいつになるのかはわからない。


「ロイ、クロトちゃん、魔法と剣の方は順調?」


 母さんは俺を騎士として育て上げることに決めたらしく、魔法や剣の技術者を騎士団の中から引き抜いて雇っている。

 俺としてはそれに反対する気もなく、騎士という職業に憧れを抱いていた。

 父さんと同じ場所で戦うというのは俺の夢になっている。


「はい、シエラ様順調です」


「あら?ロイは?」


「うっ…………」


 クロトは人並み以上に強くなった。同年代では中の上に位置するだろう。

 一方の俺はと言うと……


「ロ、ロイ様はまだ本気を出されていないだけで……」


 クロトは俺のためと思ってフォローを入れてくれたが、そのフォローは逆に心に刺さる。

 やめてくれ、クロト。死んでしまう。


 そう、一方の俺はと言うと、魔法は未だに7級魔法という初歩中の初歩しか使えない。

 剣術の方だって下の下、良くて下の中だろう。

 やはり俺には才能がなかったのだ。

 それでも俺は諦めなかった。諦めきれなかった。

 父さんの騎士としての姿を見て、憧れを抱いて、父さんと同じ戦場に立つという夢を。

 だから俺は努力することにした。

 その成果が実ったと言うべきなのか、今では四元素全てを扱うことが出来る。

 と言っても7級魔法しか使えないのだが。


「俺はまだまだダメだよ……」


「そうなの?」


 母さんは俺に才能が無いことは知っているだろう。おそらく父さんもそうだ。

 それでも2人とも何も言わず背中を押してくれるのは俺の努力している姿を見ているからだろうか。

 そこが前世とは違うところだ。俺は環境に恵まれているんだ。

 だからこそ、途中で投げ出すという選択肢はどこにも落ちていない。


「はい……」


「でもロイは四元素を扱えるのよ、自信を持ちなさい」


 四元素全てを扱うことが出来る魔術師というのは世界に探せば沢山いるだろう。

 けれど俺の歳で扱うことが出来るというのがすごい事なのだそうだ。

 俺の場合は前世のおかげでイメージ力が高いことにあるんだろうが。


「でも7級しか使えないよ。俺は」


 少し自嘲気味になってしまった。

 母さんは俺に何かを言うのをやめた。呆れられた訳ではない。

 俺が諦めるわけがないという信頼から何も言わないのだ。

 だったら俺はその信頼を裏切る訳に行かない。

 それに攻めて妹の前でだけでも格好いいところを見せてやりたいしな。


 昼過ぎの暖かな陽射しが書斎の窓から入り込む。開いた窓からは夏風が本のページを急かす。

 本の端を抑えてページがめくれるのを防ぎながら読む。

 今読んでいるのは1級魔術書だ。俺には到底叶うはずもないが、いつかは必ず到達する魔法――――いや、到達して見せる魔法の領域だ。

 火の魔法に関してのページをめくっていると


「『深紅の死騎士クリムゾンナイト』……?」


 目に入ったのはそんな魔法名だ。

 何となく前世から残っていた中2心というのか、それが疼いたのだ。

 なにこれかっけえ、である。

 しかし魔法のランクは1級だ。今の俺に出来る魔法ではない。

 魔力量的にも恐らく足りるものではないだろう。

 でも――――


「やってみるか」


 1級魔法に挑戦して失敗した時のリスクは大きいだろうが、やらずにはいられなかった。

 クロトにも母さんにも内緒だ。勿論、使用人やノーラにも。

 誰にも見つからないように屋敷の外にある少し開けた場所で魔法を展開させようと試みる。


「ふぅ……イメージ、イメージしろ」


 考えつくのは全てを溶かし尽くす程の炎。

 …………そんなもの簡単には思い浮かばない。

 太陽……いや無理だな。太陽だと魔力量的に生み出すことが出来ない。

 作れるのは俺が想像出来、かつ俺の魔力量に丁度いいものだ。

 何か、何かないのか……。

 前世の記憶をフルに活用する。

 ――――――――――!!


 そうだ、俺の死因。

 火事だ。俺は火に殺された。きっと火事になった家から見つかったのは真っ黒焦げになった俺の死体。

 であれば俺は記憶の奥底に肌や筋肉を焼かれ、溶かされる記憶を持っているはずだ。

 ただ、何故思い出せない?

 火事で死ぬのなら目が覚めてもよかったはず……………………。

 まさかご飯に一服盛られたのか?


「クソっ!」


 ここにきて初めて家族を恨んだ。

 もしも俺が火事の時に目覚めていれば……、いや違う。もし目覚めていれば俺はここにいなかったかも知れないんだ。

 やめだ、考えるのはやめよう。

 実践あるのみ。やるしかない。


「ふぅ……」


 息を吐き、頭を冷静に切り替える。

 身に纏う業火の鎧……


深紅の死騎士クリムゾンナイトッッッ!!!!」

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