第3話 メイドの少女
「ロイさまっ!よ、よろしくおねがいちますっ!」
ペコという擬音がよく似合う紺色の髪の幼女に『様』を付けられ、恭しくお辞儀されるというのは元の世界であれば警察沙汰かもしれないが、よく考えてほしい。俺は4歳だ。見た目的にこの子も俺と同い年くらいだろうからなんら犯罪性などないのだ。
母さん達が帰ってきた時に何故か一緒にいたこの幼女はメイド服を着ていた。母さんの服の裏からひょっこりと顔を出した時は絶世の美女だと思ったよ。4歳基準で。
まぁ、そんな子が今現在俺の前で頭を下げているんだ。状況がわからず、混乱しても誰が怒るというのだろう。
「ロイ、この子が今日からこの屋敷に従えることになったロイ専用のメイドだ」
「はっ、はいっ!よろしくおねがいしますっ!」
い、言えたぁ……。と安堵する様子が可愛らしい。俺はロリコンではないが、4歳という目線で考えるとどうしても年下して見る、と言うよりは同年代の異性として見てしまうのだ。その目線で見てみると彼女はかなり可愛かった。俺はロリコンじゃないが。
緩いウェーブがかかった紺色の髪をふわふわと弾ませながら幼女は緊張した面持ちで俺の顔を伺っている。
「ロイ?挨拶は?」
母さんに促され我に返る。
しまった、これでは俺がこの幼女に見とれていたみたいではないか。
断じてそんなことはないのだが、幼女とは言えど体感では小学校のクラスメイト以来の異性だ。緊張するのは仕方ないだろう。
「ロ、ロイ・バーリス……ですっ。よ、よろしくおねがいします」
綺麗に言えた気がする。自分で自分を褒めてやりたい。後で秘蔵のお菓子を食べよう。
「この子ったら少し緊張してるのね。ごめんね?クロトちゃん」
「いっ、いえっ……!私もきんちょうしてますから…………!」
いつまでもこんな場所にいるのは、ということで父さんは俺達二人を俺の部屋へと連れていった。後は若い2人に……とでも言いたげな使用人たちの笑顔が脳裏から離れない。
よく見ればベッドが2つ用意されてるし、机も2つある。まさかこれは2人用の部屋へと改造されているのか……!?
「ロイさま!あらためて自己紹介をさせていただきますっ」
幼女はメイド服のスカートの端を摘み器用にお辞儀をする。少々慣れない感じだが、そのあどけなさが逆に可愛さを際立たせる。
「クロト・ドールラウス、と言いますっ!今後私が死ぬまでごっ、ご奉仕させていただきますっ!」
クロトと名乗った幼女は顔を羞恥で真っ赤に染めながらもう一度恭しくお辞儀をした。
死ぬまでとかいうなんか怖い単語が聞こえたのは忘れることにした。
その後部屋の中に気まずい空気が流れてきたので俺は隠してあったお気に入りのお菓子をクロトと食べることにした。
「いいんですかっ!?そんな……私なんかに」
「そんな遠慮しないで食べようよ?同じ部屋にいるのに俺だけ食べてるってのもなんか嫌だしさ」
うぅ……。と己の葛藤と戦っていたので隙を見て口の中へとお菓子を詰め込んだ。
少しびっくりした表情になったが、お菓子の味が分かったのか、少しずつ頬が緩み、ここに来てから初めてのクロトの笑顔を拝むことができた。
「おいしいです!こんなおいしいの初めて食べましたよっ!」
なんだか懐かしい反応だ。俺もこのお菓子を見つけて食べた頃はこんな感じだったな。
前世でも俺が好きだった某お菓子を彷彿とさせるような味だ。いや、それ以上か。
一回食べたことにより、自制が効かなくなったのかクロトは俺の分まで平らげてしまった。が、幸せそうな笑顔を見ているとそんなことどうでも良くなってしまう。
「あっ……!ごめんなさいっ!!」
ふと我に返り、自分がしてしまったことに気がついたようで慌てて頭を下げてきた。
涙目になりながら必死に謝り続けるクロトの頭に手を置いてやる。柔らかな感触だ。
「いいよ、お菓子くらいいくらでもあるからね。それよりさ、話をしようよ」
慰めるつもりで言ったはずが逆にクロトを泣かせることになってしまった。
腰が抜けたのか、立ち上がれなくなったクロトの肩を担いでベッドまで運んであげる。この辺の体の使い方は前世での動かし方が生きており、4歳の体でも割と簡単だ。
クロトが落ち着くまで隣に座って背中をさすってあげる。泣き止んだクロトは顔を赤らめ、枕で顔を覆い隠した。
「見苦しい姿を……」
「可愛い」
いや、そんなことないよ。
「えっ!あっ、いっ、ぁう……」
しまった思っていたことと口に出したことが逆だ。やばいな、これでは幼女を口説く気持ち悪い人になってしまう……!
「あ、ありがとうございますぅ……」
「は、ハハハ」
笑って誤魔化そう。俺みたいなやつに言われても嬉しくはないだろう。申し訳ないことしたな。今後は少し気をつけるか。
「と、ところで話は変わるが……クロトの話を聞かせてくれない?」
そう言うとクロトは少しだけ暗い顔をしたがすぐに調子を取り戻し、「つまらないですよ?」と前置きをして語り出した。
「私の家は代々続くメイドの家系なんです。私はそこの三女として生まれました。姉様はすごくりっぱで、私なんかとは比べ物にはなりません。何をするにも姉様たちと比べられ、両親からは期待もされず……」
この世界は若しかしたら子供にとって生きづらい世界なのかもしれない。
才能が全てを決める。それを持ってるかどうかだけで生まれてから数年で合否の判定をされるのだ。
たまたま俺には比べられる兄弟がいなかっただけで、もしかしたら俺よりも優秀な兄弟がいれば俺は前世と同じ道を辿っていたのだろう。
「私は姉様たちとはちがう。そう思いました……。ですが!私をメイドとして雇いたいと言ってくれる人たちがいたんです!」
弱々しく、重かった口が力強く希望に満ちたような口調へと変わる。
話に出てきた二人は母さんと父さんのことだろう。二人は俺のために専属のメイドを探していたのだ。
「その話を聞かされたとき、母様と父様は私を喜んでメイドとして……売りました。そのときはすごくショックで……」
クロトからすれば両親から売られるというのは酷く傷つく出来事だろう。
前世での俺と似たような経路だ。
だが、決定的に違うのはその年齢だろう。
俺はある程度成長し、自分がどんな人間でどんな価値がある人間なのかを判断できるようになっていた。
だから俺は殺されたという事実を素直に受け入れることが出来たし、何よりも母と兄貴を恨むことすらなかったのだ。
捨てられて当然、殺されても文句は言えない。そう思っていたからこそ受け入れられた事実だろう。
クロトは違う。
クロトはまだ子供だ。しかも俺の元いた世界ならばまだまだ両親に甘え、愛され、笑顔で育てられるべき歳だ。
少し世界が変わるというだけで人の価値というのも大きく上下するのだろうか。
「ですが、シエラ様とヘリウス様に雇われ、私はこの屋敷に来てよかったと思います……!」
笑顔を俺へと向けて目尻に浮かんだ涙を拭う。
4歳とはまるで思えないほどだが、この世界がクロトを――子供を変えたのだろう。
「クロト、困ったことがあったら言えよ?俺がなんとかしてやるからな!」
力も何も無い子供が何を言うのか。
俺には何も無い。前世での知識も偏ったものだ。
魔術に関しても才能はないだろう。
才能が全てだというのなら、その全てを覆してやろう。
前世では何も出来ず、何もしないままに無駄で生産性のない人生を歩んだ。
ならば、奇跡の上に成り立つこの二度目の世界では前世と同じ二の轍を踏む訳にはいかない。
俺が変わらなくては。
「ロイさま?どうかされました?」
「いや、なんでもないよ。さっ、もう寝よう?」
子供の体に夜更かしというのはかなりきついものだ。
一日中起きていても何ともなかったのが不思議でたまらない。
ベッドに潜った頃、時計は21時を指していた。
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