第2話 リスタート

 俺が俺として自我を持ち始めたのは2歳になってからだ。

 俺はロイ・バーリスという名前になっていた。

 ロイとして生活していくつか分かったことがある。

 まず、ここが代々から続く名家の騎士の家系であること。

 そこの長男が俺であるということ。

 かなり大きめの屋敷に住んでいるということ。

 他にも色んなことが分かった。

 例えば――――


「坊ちゃん!今までどこに出かけておられたんですかっ!?」


 俺は屋敷の庭を歩いていただけなのだが、使用人たちが異常なまでに過保護に育てるのだ。

 まぁ、まだ2歳児だ。心配になる気持ちも分かるがそこまで深刻なことなのだろうか。

 でも、こんな風に心配してもらえるというのは初めての経験だったから嬉しくも思えた。


「ロイ!まだ外に出てはダメよ!」


 使用人たちよりも過保護に――――いや束縛的に俺を外に出そうとしないのは母さんだった。

 シエラ・バーリス。実年齢は分からないが、真紅に輝く髪、若々しく、20代前半と言ってもなんら驚かれないような人だ。

 母さんは俺を頑なに屋敷の外に出そうとしない。

 しかし、俺は使用人の目を盗み、母の目を盗み、庭へと出ていくことが多い。

 せっかくの異世界なんだ、楽しまなければ損だ。子供の頃から自我があるのは恐らく転生によるものなんだろう。であればその恩恵をフルに活用しなければ意味が無い。

 とまぁ、こんな言い訳じみたことを口の中で転がしながらも母さんには嫌われたくないため素直に従う。


「ごめんなさい。外の様子が気になっちゃって」


 子供らしく謝ったことが母さんに響いたのか母さんは俺を抱きしめ、そのまま屋敷の中へと連行された。

 屋敷の中での生活は『退屈』なんて言葉からかけ離れたものだった。

 かつて俺があの薄暗い陰気な部屋で夢見た異世界だ。『退屈』なはずがないだろう。

 見るもの、聞くもの、すること全てが新鮮で楽しいのだ。

 この世界には魔法という概念が存在した。母さんが言うには俺の歳ではまだ魔力が目覚めていないとか何とかで知識だけ教えてもらう形だったが、それでも俺のいた現実から離れた場所にある現実が楽しくて仕方なかった。


 俺が4歳になったある日。長らく屋敷を留守にしていた父さんが帰ってきた。

 俺にしてみれば初の対面だ。母さんから父さんのことは聞いてはいたが俺として実際に会うのは今日が初めてなのだ。

 聞けば父さんは名家の騎士らしく、王直属の騎士団の副団長という立場にあるらしい。

 今回屋敷を空けたのはその騎士団で遠くの土地にいるという野蛮な部族の鎮圧に赴いていたそうだ。


「ロイか!大きくなったじゃないか!」


 屋敷に入り、母さんの横に並んだ俺を見て父さんは疲れきっていた表情を吹き飛ばし笑顔になった。

 こんな笑顔を向けられたのはいつぶりだろうか。俺の中で何かが満たされるのがわかった。

 父さんは俺をひとしきり抱きしめたあと、屋敷にある大広間――――いつも食事をしているリビングの方が言いやすい――――へ俺を抱えたまま入っていった。


「ヘリウス、それで……決まったの?」


 ヘリウスと呼ばれたのは俺の父さんだ。俺と同じ黒髪をオールバックのようにして髪は短く揃えてある。先程から抱き抱えられている腕の感触から、信じられないほどの筋肉が付いていることがわかる。副団長の名はダテじゃない。

 俺を隣の椅子へと下ろし、父さんは少し神妙な面持ちに切り替わり、両膝に肘を当て、口元を隠すように座り込んだ。


「あぁ、決まった。後はお前が頷いてくれるかどうかだ」


「そう、決まったのね。なら明日にでもその子の元へ出向きましょう」


 何の話をしているのだろうか。

 両親は実の息子を置き去りにして話を進める。時折、母さんが心配そうにこちらを見ていたが、何のことだか分からない俺は微笑むことくらいしかできなかった。


 翌日、母さんは昨日言っていた通り父さんを連れてどこかへと出かけて行った。いつもよりも綺麗な衣装に身を包んでいたから恐らくは何かのパーティとかだろう。

 それとなく使用人に聞いてみても「帰ってくればわかる」の一点張りだ。諦めよう。


 4歳になり、母さんがいなくとも少しは文字が読めるようになってきた俺は書斎にある簡単な魔術書を手に取り読むことにした。

 そこで分かったのだが、あの頃母や使用人が頑なに俺を外に出そうとしなかったのは魔術の材料にされることを恐れたからだ。

 無垢な子供というのは魔術を行う上で貴重らしく、錬金術の成功率を高めるそうだ。等価交換というやつだろう。

 悪質な魔術師による人攫いは年々増加傾向にあるため母は俺を危険な外に出したくなかったのだ。

 文字が読めるのと同時期に俺は魔力というものに覚醒したそうだ。

『そうだ』というのは体には何の変化もなく、実感もないからだ。

 そこで俺は母さんの目を盗んでは魔術書で魔法の練習をしているのだが――――


火弾ファイアショットッ!!」


 ボッ


 掛け声の力強さとは正反対に出てきたのは小さな炎。しかもすぐに消える。

『ショット』なんて言うもんだからもっと勢いのある魔法だと思っていたんだけどな。

 少しガッカリした。

 ペラペラとページを捲ると氷突アイスランスという魔法が目に入った。


「よし、次はこれだな」


 目を閉じて自分の魔力を意識して唱える。


氷突アイスランスッッ!!!!」


 ………………。

 何も出ない。いや正確には何かよくわからん小さな氷柱は出てきたんだけど、これは違う。本物を見たことがない俺でもわかる。こんな魔法じゃない、と。

 ここで俺は一つの可能性に思い当たった。


「才能……」


 前世ではまるで縁がなかった言葉。この世界でも縁がないのか、と酷く落胆した。俺が殺されたと知った時にもこんな気持ちにはならなかったというのに。

 やはり俺は死んでも俺なのだ。馬鹿は死んでも治らないというのは本当だったんだな。


「もうやめだ。図鑑でも見てよーっと」


 魔術書を本棚にしまい溶けて床のシミに変わった俺の氷突は小さすぎて見つかる心配もないので偽装工作をしなくていい、という点ではある種の才能を感じた。

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