第2話 女神のような彼女

なんだか全身に伝わる感覚がひんやりとして冷たい。

なんだろう。ベッドから落ちたのかな……


入院生活があまりに退屈だったから、きっとまたうたた寝をしてしまったんだろう。

ってかどのくらい寝たんだろう?そろそろ母さんが迎えに来てくれたかな……


おれはゴロンと寝返りを打って仰向けになり、ゆっくりと目を開けた。

最初におれの目に映ったのは、何も無い真っ白の空間だった。

起き上って周囲を見回すと、俺がいる場所は天井の崩れ落ちたとても広い空間だと分かった。


綺麗な柱やアーチで形造られ、大きなステンドグラスがキラキラと輝くこの場所は、所々崩れ落ちていたが何とも言えない神秘的な雰囲気を放っている。

広い空間の先には十数段の階段があり、大きな祭壇が設けられていた。

その祭壇の中央部に、青白い光を放つ大きな剣が刺さっているのが見える。


---おぉ~。なかなか夢のある夢だ。魔王に殺される夢よりよっぽどいい---


おれは一息ついて、再度祭壇の中央で青白い光を放つ大剣を見つめた。

よし、まずはあの剣を抜いてみよう!


この状況である。

誰だって剣を抜いてみるよね!ちょっと伝説の勇者気分味わってみるよね!!


広い空間を歩き祭壇に上ると、そこには更に非現実的な光景が広がっていた。


祭壇のタイルに描かれた、青白く光る何かしらの文字や模様。

それらがまるで魔法陣のように何重もの円を描いている。

その円の中心には、まだ幼さの残る13~14歳位の少年が横たわっていた。

少年の胸には先ほど見た大剣が刺さっており、その傷口からは血ではなくキラキラと光る何かが流れ出ている。


凄い状況だ。この剣を抜いたら、少年が復活とかするんだろうか。

そしたら俺は、少年と一緒に世界を救ったりするんだろうか。


俺はワクワクしながら、剣の柄を両手で掴んで思い切り引き抜こうとした。

その瞬間。


バチバチィッ……!!!

と剣の周囲に電気が走ったような音がした。

これはヤバい……と思った瞬間、激しい閃光とともに思いっきり吹き飛ばされた。

そのまま数メートルくらい転がって、壁にぶつかりようやく止まった。


「って抜けないんかい!!」

夢なのに夢が無い……!!っていうか痛っ!体中が痛い!!

痛い上にやたら五感もリアルなんだけど!どういう事なの!!


痛みで悶絶していると、俺の近くをキラキラと輝く何かが流れているのに気がついた。

輝きの元を目で追ってみると、近くの柱の陰に人影らしきものがある。


……よし、ここは注意深くいこう。夢だと思って侮ると、さっきみたいに痛い目を見てしまう。

安全第一の姿勢‐ほふく前進‐で這い寄ってみると、そこには柱に寄りかかるようにして眠っている綺麗な女の人の姿があった。


ウェーブがかった長いシルバーブルーの髪に、高い位置で纏められたポニーテール。

閉じられた眼からのぞくまつ毛は驚くほどふさふさで長い。

抱え持った杖からはキラキラと輝く光が放出されており、その光に照らされた彼女はとても神秘的に見えた。


---まるで女神様みたいだ---


俺はしばらく彼女と、魔法陣が紡ぎ出す非現実的な光景に見惚れていた。

彼女の杖から放出された光が魔法陣に吸い寄せられ、その輝きに同調していく。

そして魔法陣の中心には剣を突き立てられ、傷口から同じような光を流し続ける少年が横たわっている……


そこで、脳裏にある考えが浮かんだ。

少年の傷口から流れ続けるあの光は、少年の生命力のようなものなんじゃないか?と。

彼女の杖から放出され続ける光も、もしかしたら……


何の根拠もないけど。

……でも、そうだとしたら止めた方が良い気がする。

止めないと、少年だけじゃなく彼女も死んでしまうような気がした。


「……ハ……ル……」


ふと、声が聞こえた。

擦れて弱々しい、でも暖かみのある……何か懐かしい声。


「ハルト……」


声は、目を閉じて眠ったままの彼女から聞こえた。


「……ご…めん…ね……」


何故か、心臓を鷲掴みにされたみたいに苦しくなった。

気がつけば俺は、彼女から杖を取り上げていた。

理屈とか何も無くて、もうこれ以上彼女に杖を使わせてはいけない、と直感的にそう思った。

そして彼女を揺さぶりながら、必死で声をかけていた。


「ねえ起きて!目を開けてよ!!」


その時抱えていた杖が眩く光り、おれの視界は一瞬にして光で埋まった。


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眩い光が収まり、まだチカチカとする目をそっと開けると……

そこは見たことも無い森の中だった。

木々の間から木漏れ日が差し込み、心地良い鳥の鳴き声が響いている。


「…ぅ……ん……」


ハッとして声がした方向に振り向くと、そこにはさっきの彼女がいた。

倒れた状態から辛そうに上半身を起こして、すぐ近くにいたおれと目線が絡む。


シルバーブルーの髪が揺れて、かきあげた前髪の間から大きなエメラルドグリーンの瞳が覗いた。

やっぱり、びっくりするくらい綺麗な人だ。


「キミは……?ボクは、どうしてここに……?」

「おれは、鷹野遥人たかのはると。おれのこと、知っているんじゃないんですか?さっきおれの名前を呼んでたみたいですけど……」


その瞬間、彼女の大きな瞳が更に大きく見開かれた。


「ハルト……ボクが、キミを呼んだ……?」


彼女の表情が切なさと苦しさを秘めた、なんともやりきれない表情に変わっていく。


なんだろう。さっきから何か、胸騒ぎがする。よく分からないけど、何か良くない事が起こり始めている気がする。


おれは心の中で「大丈夫、夢だから。これは夢だから」と言い聞かせるように繰り返していた。

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