アナザータイム -未来の黄昏ー

ももすけ

第1話 プロローグ

天高くそびえる禍々しい城。

月夜に照らされ、その城は一層の不気味さを醸し出していた。


ここは魔族が集う魔の城----通称魔王城。


その一画、今は誰もいない玉座の間の空間が突如ぐにゃりと歪む。


そこから2人の男が勢いよく飛び出し、気配を消しつつも注意深く辺りを窺った。


「こっちだ!」

剣を携えた金髪の青年が、一直線に走りだした。続いて黒髪の少年が杖を抱え持ちながら青年の後ろについて走る。


周囲に魔族の姿は無い。2人は脇目も振らず、目的とする男が居る場所まで一気に駆けた。


階段を駆け上がり細い廊下を抜けた先の、見晴らしの良い広いテラス。

2人の視線が、月明かりに照らされ佇むその男を捉えた。


その瞬間……

身の毛もよだつ様な悪寒が全身を襲った。

死への恐怖が、激しく胸の底で蠕動する。


頭部から龍のような2本の角を生やしたその男は、無表情のまま2人を眺め一言二言何かを問いかけた。


「うわあああああああぁぁぁぁっ!!」

前にいた金髪の青年が、剣を振りぬき一気にその男に切りかかった。


その直後。

全身にドロッとした生温かい何かを浴び、視界が赤く染まる。

完全にパニックを起こした頭が事態を把握する前に、目の前の青年が胸に風穴を開けて崩れ落ちていった。


そして。

もはや恐怖で動けない少年を冷めた目で見下ろしながら、その男は手を振り抜いた。


……痛みや苦しみは感じなかった。

意識が暗く沈んで、全身の感覚が無くなっていく。冷たくて暗いどこかに、強引に引きずり込まれていくような感覚。


------ああ、俺、死ぬんだな------


そう思ったのを最後に、完全に意識が暗闇に落ちた。


---


「いや魔王強すぎんだろ!どうやって勝つんだこれえぇ!!!」


俺は腹に力を入れて力の限り叫びながら飛び起きた。

だって瞬殺じゃん?ドラ○エ的にレベル差30はあったよ今の。


荒ぶる呼吸を整えて周りを見回すと、隣のベッドで採血をしていた看護師さんが目を丸くしてこちらを見ていた。

採血されていた隣の患者は、哀れな何かを見る目で俺を見ている。


薬品と何かの混ざり合ったような独特な臭い。忙しそうにカートを引き、手際よく仕事をこなす白衣の天使達。カーテンで仕切ることが可能な野郎だらけの4人部屋。

ここは病院だ。


……おれ、入院してたんだった。


「遥人くん?魔王に負ける夢見たの?大丈夫?」

若干引きつつも笑顔で聞いてきてくれたのは、2年目の癒し系看護師井上さんだ。

長い栗色の髪を綺麗にまとめて、いつも優しい笑みを浮かべる彼女は俺の心のオアシスだ。


鷹野遥人たかのはると 17歳。高校2年生。

そんな井上さんに大丈夫かと聞かれたら、例え瀕死の状態でも大丈夫と言える自信があるね俺は!


「すいません。寝ぼけてました……」

井上さんと会話が出来て若干テンションが上がった脳内を抑えつつ、おれは神妙に謝った。


井上さんはいつも通りのほやんとした癒しの笑みで

「ふふ。こんなに元気になってくれて本当~によかったよ。

午前中にはお母さんが迎えに来るからね。もうあんな事にならないよう気をつけるんだよ。」

と優しく諭すように言った。


あんな事、というのは……

2週間ほど前、バイト終りに愛車のバイクで家への慣れた帰路を飛ばしていた時のこと。

おれは突如道路に飛び出してきた狸を避けようとして、対向車線に思いっきりはみ出してしまった。

そこへ運悪く軽トラックが走ってきて、正面衝突したということらしい。

(つまり、狸が急に飛び出す田舎死ね!!って話だ。)


体にダメージはさほどなかったものの頭を強く打っており、緊急オペ後も脳が腫れたとか何とかで絶望的状況だったようだ。


仮に助かっても意識は戻らないだろうと考えられていた所、次の日には脳の腫れはすっかり治り、2日後には意識を取り戻すという奇跡が起きたらしいのだ。

もちろん後遺症も無い。


正確には手術跡も無くなって、まるで事故になど遭っていなかったようにかすり傷一つ無い状態になっていたらしい。

余裕で世界仰天ニュースとかに出られそうな案件だ。


そんな感じなので元気になったから即退院と言うわけにもいかず、検査やらなんやらで今まで2週間ほど入院していたのだ。

幸い検査結果に何の問題も無く、今日ようやく退院出来るという訳だ。

なのに……


---母さん遅っ……早く来いよ~……---

ちらっと時計を見れば時刻はもう11時。母さんは昔っから時間にルーズなんだよな。

テキパキと動く白衣の天使達を見ているのもいいけれど、やっぱり早く自分の家でくつろぎたい。


---ああそうだ。帰ったらバイト先に挨拶行かないとな~……

尚也なおや美香みかのとこにも顔出さねえと。今回は心配かけちゃったしな……手土産はケーキで良いか---

---つか、もうすぐ期末テストじゃん!やっべ2週間なにも勉強してねえ……!!---


ベッドに仰向けになりながらそんな事を考えていたら、おれはある違和感に気付いた。


空気が、いつもと何か違う。

張り詰めているというか、ピリピリしているというか……周囲から物音が何一つしなくて、耳鳴りがしそうだ。


そうだ、音がしない。

静かだとかそういうレベルじゃなくて……

人の声はもちろんエアコンや時計といった機械音も人の息遣いも、何も聞こえない。


聞こえるのは、おれの心臓の音だけ。


どんどんと大きくなっていく心臓の音を聞きながら、おれは周囲をゆっくりと見回した。


さっきまであわただしく動いていた看護師さん達はもちろん、病室の患者も風で揺れていたカーテンも窓の外の景色も。


おれ以外の物が、時間が止まったようにピクリとも動かなくなっていた。


「え……いや、何これ……?」


思考が追い付かず茫然としていると、今度は視界全体がグニャリと歪んだ。


歪みは、人も物も原形を留めないほど酷くなっていく。

真っ白になった頭でふと自分を見ると、自分もグニャグニャと歪み始めていた。


全身の感覚が薄れ、意識が強制的に闇に引き摺り込まれていく。


---あぁ……これ、さっきの夢と同じだ---


じゃあこれは夢だ。

また変な寝言言わないようにしないと。今度こそ井上さんにドン引きされちゃう……


意識が途絶える直前、どこかで聞き覚えのある声が自分の名前を読んでいる気がした。

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