9‐2.居場所を失いました。
スウによって命を落としたはずのウリエルが、息を吹き返して再び俺たちの前に姿を現した。
天使たちの会話を聞けば、ウリエルは蘇生の実験台として利用されていたらしい。
天国と地獄、天使と悪魔は、そもそもの価値観が大きく違う。
悪魔は悪に関するものを扱っていたため、蘇生に関する研究は行われていた。
ベルさんによれば、地獄における死者蘇生は、ソネイロンさんの能力を含め数件の事例があったらしい。俺が生き返ったのも、前代未聞の対処というわけではなかった。
一方で天使は、善人に幸福をもたらすことを目的としていた。死者はしっかり成仏し眠らせてやる、というのが原則だ。
そのため死者蘇生についての事例はゼロに等しく、蘇生させた者は激しく非難されたという。
しかしそれは時代とともに変わっていき、ミカエルが天使長の座に就いたときには、技術の発展に伴って死者蘇生実験も行われた。
おそらく、ウリエルはそのときからの被験者だ。その結果、今のような寡黙な少年になってしまったのかもしれない。
だがそれに同情したところで、後ろに迫る火の塊が消えることはない。
床に広がっていた大樹の根は、すでに跡形もなく燃え尽きていた。
炎をまとって猛スピードで突撃してくるウリエルを躱しながら、部屋の中を駆け回る。
「逃げてるだけじゃ埒が明かねぇ。やり返すぞ」
メタトロンは足を止めて後ろを向き、ウリエルの突進を受け止める体勢を取る。一人では無理だと、サンダルフォンも立ち止まった。
「やつは人間界に向かったと思われます。追いかけてください。ウリエルは私たちが相手をします」
見れば、部屋にミカエルの姿はなく、壁に開いた穴の向こうにあった。
「すまない、頼んだ」
考えている時間も惜しい。
サンダルフォンとメタトロンを残し、すぐに穴の外に身を乗り出して光の降り注ぐ天国を進んだ。
一度、臨時拠点とUD本部のメンバーに招集をかけ、聡明寮へと転移する。
いったい、いつぶりの人間界だろうか。ここが自分の生まれた場所のはずなのに、どこか違和感があり、変な感じだ。
「スウは無事か」
「はい、この通り」
寮に再集合した面々の中に、顔色のすっかりよくなったスウもいた。くるりと回って黒いマントをなびかせる。
「ソネイロン、治療ごくろうだった。他のみんなも大丈夫そうだな」
食堂で全員の顔を見回し、無事を確認する。暗い顔の人も、見たところいない。
「さて、感動の再会はそこまでにして。安心するのはまだ早いわよ。ミカエルを探さないといけないわ」
ラファエルの言う通りだ。一刻も早く探し出さないと、今度はこの人間界が危うい。
「グレシル、何か見えないか」
「見てみる」
目を閉じて意識を集中させていく。未来予知でミカエルが現れる場所が分かれば、そこに向かえばいい。
「私たちも見るの」
「見るのー」
水色のスモッグを着た幼稚園児二人、ヴィアンとオリヴァーもいよいよ能力を使い始めた。ベルさんが止めに入ったが、二人もみんなの役に立ちたいと聞かずに事件を探し続ける。
他も負けじと、テレビや携帯で情報収集をし始める。
今は平日の朝。大学であれば一限の時間だろう。
それにちょうど、俺たちが取っている一限の講義がある日でもある。英記の身に何も起こらなければいいが。
しかしどういうわけか、噂をすればなんとやら、というものは依然力を発揮する。
「天道大学で火災」
「ちょうど今、三階のあたりが爆発したの! 大学生がいっぱい出てきたの!」
未来予知で見たグレシルが報告し、その直後、
ラファエルがミカエルの仕業と言ったが、そんなことは全員が分かりきっていることだ。
「四階が爆発。五階、六階も誘爆。なおも被害拡大中」
双子とグレシル、そこに森定さんも加わり、次々と被害状況が入ってくる。
それと同時に、俺の携帯に着信が入った。
『ユッキー、お前今どこだ!? 大学ヤバいぞ! 爆発して燃えてる!』
英記は無事なようだ。だが電話越しの声が、明らか乱れて混乱しているのが分かる。
「待て、ヒデ。いったん落ち着け。今からそっちに行くから、駅にいろ。いいな!」
床にはすでに転移の魔法陣が敷かれている。
執行部隊は大学に向かうことになり、英記の対応をしながらアイコンタクトで確認し合う。
「すいません、駅に一度行ってもらえますか」
「もちろんだ。グレシルも一緒に行け」
「了解」
そしてまた、何回考えたかも分からない、何回目かの転移を終えて天道大学前駅に到着する。
「私たちは先に大学へ向かっている。二人もあとから来い」
「了解」
転移方陣は俺とグレシルを除き、スウとラファエルも加えた五人を転移させて消えた。
物影に転移したせいなのか、逃げる人の波に紛れているのか、英記の姿はすぐには見つからない。電話をかけようにも、電波が悪くてつながらず。
そうこうしているうちに後ろに気配がし、慌ててナイフを取り出して構える。
「ユッキー、と、グレシルか? そうなのか?」
ミカエルじゃないか、という疑念もあったが、影から出てきたのはまさに探していた英記だった。
電話で感じた通り、ふらつくこともないしっかりした足取りだ。
「ヒデ、良かった、大丈夫か」
「ああ、とりあえずはな。さっきちょうど、一限に出ようとしてたところだったんだよ」
たしかに一限の時間ではあるが、開始時間はとっくに過ぎている。
「実は今日寝坊してさ。遅刻だったんだよ。それで着いたら目の前で爆発してよ」
「今回に関しては、遅刻は運が良かったな」
今朝の寝坊と遅刻は、本当に運が良かったとしか言いようがない。
「ところで、二人は何でそんな格好してんだよ。ていうか、何日もどこ行ってたんだよ」
「それはあとで話す。今は逃げろ。ここは危ない」
背中を押して英記を急かす。
英記は大切な友人であり、それ以前に何も関係のない一般人だ。命の危険に晒すわけにはいかない。
「え、お前らは逃げないのか!?」
「それも含めて、全部終わったら話すから。それまでは自分のことだけ考えろ」
肩を掴んで諭すことで英記を守る。今はそれしかできない。
「ユキナガ、急いで」
「ああ。そういうことだから、俺のことは気にしないで早く行け」
これ以上言ったところで、無駄に時間がかかるだけだ。だから俺は、英記を信じて手を離した。
「ユッキー、お前変わったな」
それだけ告げて、英記は人の波に乗って走っていった。
「そうだよ、変わったんだよ。俺も、俺の日常も」
友人に軽蔑されたか、その悲痛な思いを空に逃がし、グレシルのあと追って大学へと向かった。
「さっきまで一号館だけだったのに、もう全部に火が付いてる」
「俺たちの大学が……」
キャンパスの外側は全焼。しかし中はまだ完全には燃えていない。ショッピングモールのときと同じ燃え方だ。
『ユキナガ、グレシル、今どこだ』
『一号館のエントランスです』
『よし、今からそちらへ向かう。合流するぞ』
『了解』
その数秒後、ベルさんと他四人が来て再集合するも、その顔は晴れていない。
「まさか、ウリエル、ですか?」
この焼き方はウリエルのもので間違いないが、彼は天国でサンダルフォンとメタトロンが食い止めているはずだ。
「私たちでこのあたり一帯を捜索したが、ウリエルどころか、ミカエルも天使の一人もいなかった」
「他の場所にすでに移動してるかもしれないわね。探しましょう」
焼いてすぐに移動したとなれば、かなり時間が経ってしまっている。これ以上被害を広げるわけにはいかない。
「グレシルとヴィアン、オリヴァーの三人は捜索を続けろ。何としても探し出すぞ」
「了解」
『了解なの』
かと言って、手当たり次第では埒が明かない。ミカエルが現れるだろう場所を推測する必要がある。
「ショッピングモールは別として、最初に天道大学を襲撃したのは偶然じゃない。おそらくはUDに関連する施設か」
「よし、その線でいこう」
大学周辺を移動しながら考えること数分。リンさんの推測をベースに、天道学園が運営する幼稚園や学校を手分けして当たっていく。
しかし幸いというべきか、残念というべきか、襲撃された形跡はなくミカエルの姿はなかった。
「すまない、見当違いだった」
これで振り出しに戻ってしまった――と思われたが、そこにフォローを入れたのはグレシルだった。
「いや、リヴァイアサンの推測はあながち間違いじゃない。次に襲撃されるのは、聡明寮」
彼女が見た未来が正しければ、寮で待機しているメンバーたちが危険だ。
全員の血が騒ぎ、緊張が走る。
『敵襲っ! 大至急、寮からUD本部へ避難!』
ベルさんの指示は、今まで暮らしてきた聡明寮を捨てるのと同義。その苦しみは、テレパシーの声でもひしひしと伝わってきた。
『……了解っ!!』
一瞬静まったあと、全員の精一杯の、胸の締め付けを吹き飛ばさんとする心の底からの「了解」。
故郷を捨て、俺たちUDメンバーは本部へと転移した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます